21 / 95
ギャナンの章
ボリス・カレンバハ
しおりを挟む
『もしかして、お前の名前か……?』
問い掛けられて、ギャナンは頷いた。するとボリスは、
「そうか……」
何かを察したように応えただけで、黙ってしまう。
けれど、しばらく黙って馬車に揺られた後、不意に、
「お前、このままどこかに行きたいのか?」
改めて問い掛けられたが、
「……」
ギャナンは黙ったまま答えない。そこでボリスが、
「親のところから逃げたいのか?」
そう問い直すと、
「……」
やはり黙ったままだったが、ギャナンは静かに首を横に振った。それを見てボリスは、
「……まあ、まだ子供だもんな……」
納得したように呟く。しかしその上で、敢えて念を押すように、
「その頭の傷も、親にやられたんだろ? それでもやっぱり帰りたいか……?」
と問い、これにも、ギャナンは小さく頷いた。
あれほどの目に遭わされてもなお親の下に帰りたいとか、『おかしい』と言う者もいるかもしれない。しかし十歳にも満たない子供にとって親は、それほどまでに大きな存在だということなのだろう。これがもう少し成長して視野が広がってくれば自身の親の異常さにも気付いてくるのだとしても、幼い子供にとっては自身の親が世界のすべてに等しかったりもするのだ。
ボリスもそんなギャナンに対して、
『それはおかしい』
とは言わなかった。言ったところで理解できないであろうことは分かっていたからだ。
でもその上で、
「<スカーフェイスのボリス>と言やあちょっとは知られた名でよ。少なくとも市場や駅馬車の御者に訊いたらだいたい通じることがあると思う。もし、困ったことがあったら俺の名前を出せ。案内してくれると思うぜ」
と告げた。
「……」
ギャナンは応えなかったが、ボリスも心得たもので、それ以上はしつこくしなかった。
彼にとっては珍しいことでもなかったのだろう。
こうして日暮れ前には街に到着したが、そこは幸か不幸かあのパン屋がある街だった。しかも、何の因果かそのパン屋へと続く路地のところまで差し掛かり、ギャナンは突然、馬車から飛び降りた。
「!」
ボリスはハッとなったが、ギャナンが路地へと駆け込んでいくのを見て、
「そうか…家に帰るのか……」
呟いただけで、止まることもなかった。
「縁がありゃ、また会うこともあるだろうさ……」
そう、自分に言い聞かせて。
一方、パン屋に帰り着いたギャナンを、
「お前、どこに行ってたんだ!?」
パン屋の男が迎えた。
「心配してたんだぞ!? 例の誘拐魔にでも攫われたんじゃないかと思って!」
とは口にしたが、
「……」
俯く彼を見て、
「まあいい、とにかくうちに入って体を拭け。それからパンを食え」
それ以上は責めなかったのだった。
問い掛けられて、ギャナンは頷いた。するとボリスは、
「そうか……」
何かを察したように応えただけで、黙ってしまう。
けれど、しばらく黙って馬車に揺られた後、不意に、
「お前、このままどこかに行きたいのか?」
改めて問い掛けられたが、
「……」
ギャナンは黙ったまま答えない。そこでボリスが、
「親のところから逃げたいのか?」
そう問い直すと、
「……」
やはり黙ったままだったが、ギャナンは静かに首を横に振った。それを見てボリスは、
「……まあ、まだ子供だもんな……」
納得したように呟く。しかしその上で、敢えて念を押すように、
「その頭の傷も、親にやられたんだろ? それでもやっぱり帰りたいか……?」
と問い、これにも、ギャナンは小さく頷いた。
あれほどの目に遭わされてもなお親の下に帰りたいとか、『おかしい』と言う者もいるかもしれない。しかし十歳にも満たない子供にとって親は、それほどまでに大きな存在だということなのだろう。これがもう少し成長して視野が広がってくれば自身の親の異常さにも気付いてくるのだとしても、幼い子供にとっては自身の親が世界のすべてに等しかったりもするのだ。
ボリスもそんなギャナンに対して、
『それはおかしい』
とは言わなかった。言ったところで理解できないであろうことは分かっていたからだ。
でもその上で、
「<スカーフェイスのボリス>と言やあちょっとは知られた名でよ。少なくとも市場や駅馬車の御者に訊いたらだいたい通じることがあると思う。もし、困ったことがあったら俺の名前を出せ。案内してくれると思うぜ」
と告げた。
「……」
ギャナンは応えなかったが、ボリスも心得たもので、それ以上はしつこくしなかった。
彼にとっては珍しいことでもなかったのだろう。
こうして日暮れ前には街に到着したが、そこは幸か不幸かあのパン屋がある街だった。しかも、何の因果かそのパン屋へと続く路地のところまで差し掛かり、ギャナンは突然、馬車から飛び降りた。
「!」
ボリスはハッとなったが、ギャナンが路地へと駆け込んでいくのを見て、
「そうか…家に帰るのか……」
呟いただけで、止まることもなかった。
「縁がありゃ、また会うこともあるだろうさ……」
そう、自分に言い聞かせて。
一方、パン屋に帰り着いたギャナンを、
「お前、どこに行ってたんだ!?」
パン屋の男が迎えた。
「心配してたんだぞ!? 例の誘拐魔にでも攫われたんじゃないかと思って!」
とは口にしたが、
「……」
俯く彼を見て、
「まあいい、とにかくうちに入って体を拭け。それからパンを食え」
それ以上は責めなかったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる