悪魔を狩る者 ~ツェザリ・カレンバハの生涯~

京衛武百十

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ツェザリ・カレンバハの章

無理に笑わなくていいからな

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いずれにせよボリスは、本心からツェザリを労わろうとしていた。拭いても拭いてもボロボロと垢が出てくる痣と傷痕だらけの体に苦笑いになりながらも、無理に擦るのではなく、あくまでも『撫でる』だけという拭き方で。力尽くで拭こうとすると肌を傷付けることがあると知っていたからだ。

特に子供の皮膚は、柔らかい。乱暴には扱えない。それもボリスはわきまえていた。

こうして、結構な時間を要して、何度もイザベラに湯を交換してもらいながらツェザリの体を拭くと、明らかに肌の色合いが明るくなった。垢が溜まりすぎてくすんでいたのだ。

「よし、こんなものだろう」

ボリスも満足げに笑みを浮かべる。対してツェザリは、

「……」

礼の一つも口にはしなかったものの、ボリスにとっては慣れたものだから、気にならない。ツェザリのような境遇の子供が『愛想よく礼儀正しい』なんていうのはむしろより深刻な精神状態であることも、彼は知っていた。

それに伴う苦い経験もある。

かつて、母親を幼い頃に亡くし、父親とその父親の再婚相手である継母から虐げられていたという子供を、保護したことがある。父親と継母はその子に対して礼儀作法を徹底的に教え込むために<苛烈な躾>を行ったらしいが、その子供は、顔の形は笑っているそれなのによく見ると目は笑っていないという表情をする子供になっていた。

言葉遣いも振る舞いも丁寧で利口な印象はあるものの、それさえどこまでも上辺だけだったという。

ボリスはその子に対しても丁寧に接していたが、ある時、その子は、彼の見ている前で崖から身を投げて死んだ。

その子が最後に口にした言葉は、

「見ててね。ボリス。私、飛べるんだよ♡」

というものだった。それを、満面の笑顔で告げたのだ。告げて、飛んだ。

「待て!!」

その子を捕まえようと崖から手を伸ばしたボリスの視線の先で、嬉しそうに笑いながらその子は崖下へと落ちていった。本人は本当に飛んでいるつもりだったのかもしれない。

だからボリスにとっては、辛い境遇にあるのなら、それを読み取れるような表情をしてくれている方がありがたかったのだ。実際の内心と表情が乖離していては、どういう状態にあるのかが読み取れないこともある。

「無理に笑わなくていいからな」

ボリスは、保護した子供達が自分に気に入られようと愛想笑いをすると、そう諭すこともあった。

こうしてボリスの下で生きるためのあれこれを学んだ子供達は、彼が信頼する者達の下に養子としてもらわれていったのだった。

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