魔法使いは廃墟で眠る

しろごはん

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第五章

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明朝、まだ人々が眠りについている時間帯。陽はまだ完全に昇り切っておらず、周囲は仄かに薄暗い。本来なら物音一つしないはずの静かな空間に空を裂く音が響いていた。
 音の正体は椿の日課である竹刀の素振り。実家に道場があり、幼少の頃から剣の道を歩んできた椿は一日たりともサボることなく己を磨き続けてきた。物心が付く前から竹刀を握り、祖父にあらゆる技術を教え込まれたものである。
とはいえ、その鍛錬に意味はない。剣道部に入り大会で活躍したいなどと考えたこともないし、自分がどれほどの実力を有しているのかなど興味ない。そもそも、他人の前で剣を振るうことは禁じられている。自分が剣を振っている姿を見たことがあるのは、家族を除いては飛鳥ぐらいだろう。
 常に死と共にあった危険な鍛錬、披露する機会など一生涯くることのない無意味な研鑽。
しかし、それを苦に感じたことは一度もなく、自分が剣を振るい続けることに疑問を抱いたことはなかった。
だからこそ、お前の剣には心がない、そう評価されたときはショックだった。
一体自分に足りなかった物はなんだったのか、心とはなんなのか、どれだけ剣を振るい続けてもその答えは見つからない。家からは答えを見つけるために人の営みを知れと追い出されることとなった。答えを見つけるまでは戻ることは許されないだろう。何より自分自身、答えを得るまで帰るつもりなど毛頭ない。
錆びついた日々。色褪せた世界。

何かが、何かが、足りない――

未だその手がかりを掴めないでいる。もしかしたら自分には一生掛かっても見つけられないかもしれない。
だが――
竹刀が乾いた空気を裂く。うっすらと汗ばんだ体に風が気持ちいい。
彼女との出会いで何かが変わるのかも知れない。
そうしてしばらく素振りを続け、そろそろ飛鳥がやってくると判断した椿はキキョウを起こすことにした。昨日、十一時まで寝ていたという彼女は朝起きるのが苦手だと思ったからだ。
キキョウの部屋は二階にある洋室である
「キキョウ起きてる?」
 声を掛けても、ドアをノックしても返事はない。
 (寝てるのかな?)
 今日、朝から出かけることは当然彼女にも告げてある。やはりまだ寝ていると考えるべきだろう。
 「入るよ?」
 少し躊躇いながらもドアノブに手を掛け、ゆっくりと開ける。
 部屋の中は電気がついていない。カーテンの隙間から差し込む陽ざしが部屋を明るくする。ほとんど私物をもっていない彼女の部屋はきちんと片づけられており、彼女が住む前の状態からまったく変化がなかった。
 目的の人物はすぐに見つかった。
 案の定、部屋に備え付けられているベッドでまだ深い眠りの中にいる。
 「キキョウ、起き――」
 そこまで口にし、噤んだ。
 まるで二度と目覚めることのないかの様な安らかな寝顔。呼吸は乱れることなく一定のリズムを刻んでいる。人形のように整った容姿。朝の清涼な空気。ただの部屋が神秘的な空間へと変わる。この隔離された空間において、不純な存在である自分如きが彼女の眠りを妨げることが赦されるのだろうか――
 「ん――」
 不意にキキョウが寝返りを打つ。ゆっくりとその眼が開かれた。
 目が合い、心臓が脈を打つ。
 ただ起こしに来ただけ、何もやらしいことなどしていないし、思ってもいない。完全に潔白でありながらなぜか罪悪感のような物に襲われる。
 「おはよう、キキョウ」
 平静を装いつつ、まだ眠気眼なキキョウに声を掛ける。
 「椿、くん?」
 「ああ、もう朝だよ」
 「ん――」
 キキョウが寝ぼけながらも立ち上がる。が、
 「へ?」
 意識が定まっていない彼女は再び瞳を閉じ、椿に向かって倒れだす。椿は何とかキキョウの体を受け止めるも、そのまま床に倒れこんでしまった。
 「椿、くん――」
 「な――」
 倒れても未だ微睡みの中にいるキキョウ。昨日椿が渡したYシャツ姿は扇情的で椿の視覚から脳へと刺激を与える。
 「むにゃ」
 朝の肌寒さからか、温もりを求める子猫のようにキキョウが肌を擦り合わせてくる。
 「キキョウ! 起きてくれ!」
 このままの状態でいたら理性が持ちそうにない。しかし、赤面させながらの嘆願が届くことはない。寧ろ、キキョウは椿を逃すまいと更に体を密着させてくる。
 (こ、これはダメだ!)
 シャツがはだけ、胸元が露わになる。大き過ぎず、かといって小さ過ぎず、程良い膨らみを持ったそれに理性が崩壊させられかける。何とかそれを防ぐことができたのは日々の鍛練で培った鉄の自制心の成せる技。
しかし、どうしたものだろうか。何とか胸から意識を逸らそうと状況を整理する。
自分はどれだけ呼んでも起きないキキョウを起こしに来た。当のキキョウは椿の胸に頬を擦り付けながら気持ちよさそうに夢の世界を旅している。全く起きる気配のない彼女に大したものだと感心してしまう。
 状況は余り芳しくはない。だが、救いはある。この家には自分とキキョウしか住んでいないということだ。誰かに目撃されようものなら絶対にあらぬ誤解を招いてしまうこの絶望的な状況において、その可能性は皆無に等しい。
 「椿くん? 今、凄い音がしましたけど大丈夫ですか?」
 不意に、ドアが開く。
 何故――などと考える暇などない。倒れこんでいる椿の視界を布のような物が覆う。
 「黒?」
 声にし、思考が回復した。瞬時に理解する。先程の声の主が誰なのかを、自分がとんでもないことをしてしまったことを。
 「お、おはよう、飛鳥さん」
 椿は飛鳥のスカートの中から顔をだし、休日の朝早くから自分のためにやって来てくれた友達に挨拶をする。
 「ふ、ふ――」
 見れば、飛鳥の顔は羞恥からか、真っ赤であった。
 「不潔です!!」
 飛鳥の悲鳴が木霊する
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