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第六章
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「なにか私に言うことはありますか?」
「すみませんでした」
キキョウと二人、正座をしながら謝罪の言葉を述べた。特に正座をしろと命令されたわけではないのだが、飛鳥の未だ収まることのない怒りが椿にそうさせる。ちなみにキキョウは正座をさせられながらもうつらうつらとしていた。
「まぁ、あれは事故でしたし、私も無断で家に上がってしまいました。互いに非がありますし今回の件は不問にしましょう」
飛鳥からのお許しの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「ですが、椿くん。どういうことか説明してください」
「説明?」
「ええ、そこで寝ている、先ほど椿くんに抱きついていた、うらやま――非常識な人のことです」
部屋中の視線がキキョウに集まる。やっと事態に気付いたのかキキョウはゆっくりとだが目を開ける。そして、緩慢な動作であたりを見回し、最後に椿を見て、
「おはよう、椿くん」
と、呑気に言った。
そこで椿はやっとキキョウのことを飛鳥に説明していなかったことに思い至った。友達の家に訊ねたら見知らぬ女の子がいたら戸惑うのも当たり前の反応だろう。
そして同時に気付く。思春期の男女が同じ屋根の下で、しかも二人きりで暮らすということの意味を。例え自分に下心がなくとも世間一般の人たちからどういう眼で見られるかを。
「えっと」
(どうしよう、上手い言い訳が思いつかない……)
頭をフル回転させる。何とか適当な言い訳を。
「そういえばまだ紹介してなかったね。彼女はキキョウ。僕の親戚で、今度から一緒に住むことになったんだ」
「親戚……ですか」
「ああ」
疑り深そうにジト目で飛鳥が睨んできた。嘘だとばれた時のことを考えると身震いがする。
「――椿くん」
「は、はい!?」
「昨日にやついていたのは彼女が原因ですね?」
「い、いや、そんなことないよ!?」
思わず声が上擦ってしまった。あからさまに同様した椿を見て、飛鳥の言及がさらに続く。
「親戚の子とはいえ女の子を家に連れ込むだなんて……私には全然そんなことしてくれない癖に――いつからそんな子になっちゃったんですか! 私は椿くんをそんな風に育てた覚えはありません!!」
「ち、違うんだ! これには深い事情があるんだ!」
飛鳥の目を見て、必死に訴える。
「――話してください」
こちらの真剣な思いを読み取ってくれたのか、口を尖らせながらも飛鳥は耳を傾けてくれた。
(もうこれしかない――)
これが自分に与えられた最後のチャンスだ。素早く床に額を付け、土下座の態勢に。誠心誠意、真心を込めて。
「彼女と一緒にいたくて僕が強引に誘いました!」
「なんの言い訳にもなってないじゃないですか!」
最早懺悔に近いそれは空しく一蹴された。
「椿くんはもういいです。――キキョウさんでしたっけ? あなたから何か言いたいことはありますか?」
このままでは埒が明かないと判断したのか、飛鳥の追及の手はキキョウに伸びた。
(ま、まずいぞ!)
キキョウが上手く言い訳をできるとは思えない。自分が親戚ではなく、赤の他人である女の子を家に連れ込んだとばれればどれほどのお仕置きが待っていることか。
「ないわ。椿くんが言ったことが全てよ」
「……そうですか」
(おぉ! すごいぞ、キキョウ!)
予想外にも誤解を招く発言をしなかった少女に賞賛の言葉を贈る。
が、それで終わりではなかった。
「椿くんは私を強引にこの家に連れ込んで、初めての事をたくさん教えてくれたわ」
「「!?」」
椿と飛鳥が絶句する。
「な、なにを教えてるんですか!?」
「違う! 何もやましいことなんてしてない!」
「手取り足取り教えてもらったわ」
「て、手取り足取り……」
飛鳥が再び顔を赤くする。ボンッという爆発音が聞こえてきそうだった。
「誤解を招く言い方は良くない。お箸の持ち方とかを教えただけだ」
「なんだ、お箸の持ち方ですか」
「一緒にお風呂にも入ったわ」
「一緒にお風呂!?」
「キキョウ、話が拗れるから少しだけ静かにしていてくれ」
「了解よ」
混乱しすぎて飛鳥の表情がコロコロと変わる。とりあえずこれ以上の被害が出る前に原因を止めた。
「椿くん! 一緒にお風呂ってどういうことですか!?」
「飛鳥さん、一旦落ち着こう。飛鳥さんは誤解してる」
「私だって椿くんと一緒にお風呂に入りたいのに!!」
「と、とんでもないこと言ってるよ!?」
「~~~~っ!?」
自分が物凄いことを口走ってしまったことに気付いた飛鳥が言葉に詰まる。
「も、もう椿くんのことなんて知りません! 帰ります!」
「な、ま、待ってくれ!」
立ち上がり部屋から出ようとする飛鳥の手を離すまいと必死に掴む。
「飛鳥さん、君が必要なんだ! 僕には君しかいないんだ!!」
(飛鳥さんがいないとキキョウの服を買いにいけない!)
ダメか――恐る恐る飛鳥の様子を見てみると、
「しょ、しょうがないですね。そこまで言うんでしたら考え直してあげます」
俯きながら、飛鳥がそう言った。
その顔が微妙ににやついているように見えたのは気のせいだろうか。
「と、とりあえず朝食を食べましょうか。詳しい話は後で聞きます」
キキョウの部屋から居間へ。軽く朝食をとり、三人でお茶を飲みながら飛鳥に今日の買い物の目的を説明する。
「なるほど、それで私が必要という訳ですね?」
「うん」
「わかりました。椿くんとは一度よくお話をしないといけませんね」
「な、なんで?」
「知りません」
飛鳥の機嫌は何とか戻り、冷静さも取り戻してくれた。キキョウのことに関してはあくまで親戚ということで押し通し、手違いで荷物が届かないということにしている。
苦しい言い訳ではあったが、何とか納得してもらえた。
「まぁいいです。とりあえず、キキョウさんの衣類を買うのでしたね。それなら隣町まで行きましょう。あそこなら色々と揃っていますから」
「ありがとう。助かるよ」
「椿くんにはまた後日埋め合わせをしてもらいます」
「わかった」
なんだかんだと頼りになる友人に心の内で感謝する。
と、そこで先程からずっと静かにしている人物が気になった。
「キキョウ?」
「…………」
返事はない。
「ごめん、もう喋ってもいいよ」
「……わかったわ」
律儀に椿の言いつけを守っていたキキョウがようやく口を開く。
なぜか、普段感情を表に出さないはずの彼女が少し拗ねている様に見えた気がした。
「すみませんでした」
キキョウと二人、正座をしながら謝罪の言葉を述べた。特に正座をしろと命令されたわけではないのだが、飛鳥の未だ収まることのない怒りが椿にそうさせる。ちなみにキキョウは正座をさせられながらもうつらうつらとしていた。
「まぁ、あれは事故でしたし、私も無断で家に上がってしまいました。互いに非がありますし今回の件は不問にしましょう」
飛鳥からのお許しの言葉にホッと胸を撫で下ろす。
「ですが、椿くん。どういうことか説明してください」
「説明?」
「ええ、そこで寝ている、先ほど椿くんに抱きついていた、うらやま――非常識な人のことです」
部屋中の視線がキキョウに集まる。やっと事態に気付いたのかキキョウはゆっくりとだが目を開ける。そして、緩慢な動作であたりを見回し、最後に椿を見て、
「おはよう、椿くん」
と、呑気に言った。
そこで椿はやっとキキョウのことを飛鳥に説明していなかったことに思い至った。友達の家に訊ねたら見知らぬ女の子がいたら戸惑うのも当たり前の反応だろう。
そして同時に気付く。思春期の男女が同じ屋根の下で、しかも二人きりで暮らすということの意味を。例え自分に下心がなくとも世間一般の人たちからどういう眼で見られるかを。
「えっと」
(どうしよう、上手い言い訳が思いつかない……)
頭をフル回転させる。何とか適当な言い訳を。
「そういえばまだ紹介してなかったね。彼女はキキョウ。僕の親戚で、今度から一緒に住むことになったんだ」
「親戚……ですか」
「ああ」
疑り深そうにジト目で飛鳥が睨んできた。嘘だとばれた時のことを考えると身震いがする。
「――椿くん」
「は、はい!?」
「昨日にやついていたのは彼女が原因ですね?」
「い、いや、そんなことないよ!?」
思わず声が上擦ってしまった。あからさまに同様した椿を見て、飛鳥の言及がさらに続く。
「親戚の子とはいえ女の子を家に連れ込むだなんて……私には全然そんなことしてくれない癖に――いつからそんな子になっちゃったんですか! 私は椿くんをそんな風に育てた覚えはありません!!」
「ち、違うんだ! これには深い事情があるんだ!」
飛鳥の目を見て、必死に訴える。
「――話してください」
こちらの真剣な思いを読み取ってくれたのか、口を尖らせながらも飛鳥は耳を傾けてくれた。
(もうこれしかない――)
これが自分に与えられた最後のチャンスだ。素早く床に額を付け、土下座の態勢に。誠心誠意、真心を込めて。
「彼女と一緒にいたくて僕が強引に誘いました!」
「なんの言い訳にもなってないじゃないですか!」
最早懺悔に近いそれは空しく一蹴された。
「椿くんはもういいです。――キキョウさんでしたっけ? あなたから何か言いたいことはありますか?」
このままでは埒が明かないと判断したのか、飛鳥の追及の手はキキョウに伸びた。
(ま、まずいぞ!)
キキョウが上手く言い訳をできるとは思えない。自分が親戚ではなく、赤の他人である女の子を家に連れ込んだとばれればどれほどのお仕置きが待っていることか。
「ないわ。椿くんが言ったことが全てよ」
「……そうですか」
(おぉ! すごいぞ、キキョウ!)
予想外にも誤解を招く発言をしなかった少女に賞賛の言葉を贈る。
が、それで終わりではなかった。
「椿くんは私を強引にこの家に連れ込んで、初めての事をたくさん教えてくれたわ」
「「!?」」
椿と飛鳥が絶句する。
「な、なにを教えてるんですか!?」
「違う! 何もやましいことなんてしてない!」
「手取り足取り教えてもらったわ」
「て、手取り足取り……」
飛鳥が再び顔を赤くする。ボンッという爆発音が聞こえてきそうだった。
「誤解を招く言い方は良くない。お箸の持ち方とかを教えただけだ」
「なんだ、お箸の持ち方ですか」
「一緒にお風呂にも入ったわ」
「一緒にお風呂!?」
「キキョウ、話が拗れるから少しだけ静かにしていてくれ」
「了解よ」
混乱しすぎて飛鳥の表情がコロコロと変わる。とりあえずこれ以上の被害が出る前に原因を止めた。
「椿くん! 一緒にお風呂ってどういうことですか!?」
「飛鳥さん、一旦落ち着こう。飛鳥さんは誤解してる」
「私だって椿くんと一緒にお風呂に入りたいのに!!」
「と、とんでもないこと言ってるよ!?」
「~~~~っ!?」
自分が物凄いことを口走ってしまったことに気付いた飛鳥が言葉に詰まる。
「も、もう椿くんのことなんて知りません! 帰ります!」
「な、ま、待ってくれ!」
立ち上がり部屋から出ようとする飛鳥の手を離すまいと必死に掴む。
「飛鳥さん、君が必要なんだ! 僕には君しかいないんだ!!」
(飛鳥さんがいないとキキョウの服を買いにいけない!)
ダメか――恐る恐る飛鳥の様子を見てみると、
「しょ、しょうがないですね。そこまで言うんでしたら考え直してあげます」
俯きながら、飛鳥がそう言った。
その顔が微妙ににやついているように見えたのは気のせいだろうか。
「と、とりあえず朝食を食べましょうか。詳しい話は後で聞きます」
キキョウの部屋から居間へ。軽く朝食をとり、三人でお茶を飲みながら飛鳥に今日の買い物の目的を説明する。
「なるほど、それで私が必要という訳ですね?」
「うん」
「わかりました。椿くんとは一度よくお話をしないといけませんね」
「な、なんで?」
「知りません」
飛鳥の機嫌は何とか戻り、冷静さも取り戻してくれた。キキョウのことに関してはあくまで親戚ということで押し通し、手違いで荷物が届かないということにしている。
苦しい言い訳ではあったが、何とか納得してもらえた。
「まぁいいです。とりあえず、キキョウさんの衣類を買うのでしたね。それなら隣町まで行きましょう。あそこなら色々と揃っていますから」
「ありがとう。助かるよ」
「椿くんにはまた後日埋め合わせをしてもらいます」
「わかった」
なんだかんだと頼りになる友人に心の内で感謝する。
と、そこで先程からずっと静かにしている人物が気になった。
「キキョウ?」
「…………」
返事はない。
「ごめん、もう喋ってもいいよ」
「……わかったわ」
律儀に椿の言いつけを守っていたキキョウがようやく口を開く。
なぜか、普段感情を表に出さないはずの彼女が少し拗ねている様に見えた気がした。
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