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番外編 その後の二人<アイラの理由>
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「私のロゴス国滞在期間はあと半月残っています。その間にルーカス公のお考えが変わるかもしれませんので、婚姻申込書はニキアス殿下にお預けしますわ」
ルーカスの断りの言葉を受け入れないという意思表示なのか、アイラはそう言い捨てると応接室から飛び出した。
その後を慌ててトウ国の使者の一人が追いかける。
思わぬアイラの行動にルーカスとニキアスが呆気にとられていると、残されたもう一人の使者が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ニキアス殿下、ルーカス公、お騒がせしてしまい申し訳ございません」
たしかに、使者が両国間の橋渡しの役目を担うことを考えると、アイラを御せない状態なのは憂うべき点だった。
しかし立場としては下の者があの王女を宥めようとしても難しいだろうことは想像に難くない。
「アイラ王女は…トウ国でもあのような感じなのだろうか?」
言葉を選びつつのニキアスの質問に、使者はさらに申し訳なさそうな顔をする。
「いえ、母国ではあれほどの無理を仰られることはありません。今回は…そうですね、お相手がルーカス公だったからの行動だと見受けられます」
「どういうことですか?」
ルーカスにとってはアイラに執着されるような理由は思い当たらない。
心底不思議で仕方ないため、何か事情があるのなら教えて欲しかった。
「そのことをお話しするにはルーカス公の御祖母様のことまで遡ります」
「祖母…ですか?」
ルーカスの祖母といえばその昔トウ国からイリオン国へ第二妃として輿入れした王女だ。
そして第二妃である祖母から生まれたイリオン国の第二王女がその後ロゴス国に嫁いできてルーカスの母となる。
「実はルーカス公の御母上様はロゴス国へ降嫁して以降も定期的にご自身の母である御祖母様宛に手紙やルーカス公を描いた絵を送られていました。その後先にルーカス公の御母上様がお亡くなりになり、次いで御祖母様が逝去された折に御祖母様の遺された遺品がトウ国に送られてきたのです」
母と祖母の間にそんな交流があったことをルーカスは全く知らなかった。
「元々アイラ王女殿下は王宮に飾ってある御祖母様の絵を気に入られてよく見に行っておりました。そこへルーカス公の御祖母様と御母上様のやり取りされた手紙や幼き頃からのルーカス公を描いた絵が送られてきたので、アイラ王女は夢中になったのです」
「母と祖母の手紙を見た、ということでしょうか?」
「いえ、さすがに手紙の中身は見ていないかと存じます。しかしルーカス公を描かれた絵は小さき頃から成長と共に何枚もあり、アイラ王女殿下は飽きずに眺めておりました。そして折に触れ、ルーカス公のことや御母上様、御祖母様のことを知っている者たちに話をねだったのです」
つまり、アイラはルーカスの知らぬところで勝手に見初め、思いを募らせていたということか。
思ってもみない話に言葉を失うルーカスの代わりに、ニキアスが使者に疑問を投げかける。
「それは…アイラ王女の一方的な想いでしかないということだが、誰か助言する者はいなかったのだろうか?」
「もちろん諫めてはおりました」
「それがなぜこんなことに?」
「今回、トウ国の国王陛下は何人かの王女を近隣国にそれぞれ勉学と交流のために送り出しました。アイラ王女は当然ロゴス国を希望したのですが、もちろん懸念はあったのです」
使者はそこで一旦言葉を切った。
「しかし出国前のアイラ王女は大人しく勉学に励んでおりましたし、ロゴス国に一番詳しいのはアイラ王女でした。無礼を承知で申し上げますと、黒髪黒瞳を敬遠する国に行きたがる王女は他にいなかったのです。また、アイラ王女はこちらの品をルーカス公にお届けしたいと申しておりました」
そう言って使者は持参してきた包みを机の上に置く。
「これは?」
ニキアスの質問に、使者は包みを開いてみせた。
「ルーカス公の御祖母様と御母上様のやり取りされたお手紙です。トウ国で保管しておくよりもルーカス公にお渡しした方が良いのではないかと判断し、今回アイラ王女が持参しました」
母が祖母に送った手紙。
そもそも母の記憶が薄いルーカスは、母の痕跡が残る物に触れる機会が少なかった。
母が亡くなってからすぐに父は母の住んでいた領地の別荘を整理してしまったし、ルーカスに遺された物もほとんどなかったからだ。
「これが…」
封筒の表には女性らしい流麗な文字で祖母の名前が書かれている。
母はこんな字を書いたのか。
なんとも言えない気持ちでルーカスは手紙の束を見つめた。
「ルーカス公にとって大事な品を持参していただいたこと、感謝する」
言葉の出ないルーカスに変わってニキアスが謝辞を述べる。
「いえ。だからといってアイラ王女殿下のなさりようが許されるとは思っておりません。変わってお詫び申し上げます」
そして使者の謝罪を受け取り、その場はお開きとなったのだった。
ルーカスの断りの言葉を受け入れないという意思表示なのか、アイラはそう言い捨てると応接室から飛び出した。
その後を慌ててトウ国の使者の一人が追いかける。
思わぬアイラの行動にルーカスとニキアスが呆気にとられていると、残されたもう一人の使者が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「ニキアス殿下、ルーカス公、お騒がせしてしまい申し訳ございません」
たしかに、使者が両国間の橋渡しの役目を担うことを考えると、アイラを御せない状態なのは憂うべき点だった。
しかし立場としては下の者があの王女を宥めようとしても難しいだろうことは想像に難くない。
「アイラ王女は…トウ国でもあのような感じなのだろうか?」
言葉を選びつつのニキアスの質問に、使者はさらに申し訳なさそうな顔をする。
「いえ、母国ではあれほどの無理を仰られることはありません。今回は…そうですね、お相手がルーカス公だったからの行動だと見受けられます」
「どういうことですか?」
ルーカスにとってはアイラに執着されるような理由は思い当たらない。
心底不思議で仕方ないため、何か事情があるのなら教えて欲しかった。
「そのことをお話しするにはルーカス公の御祖母様のことまで遡ります」
「祖母…ですか?」
ルーカスの祖母といえばその昔トウ国からイリオン国へ第二妃として輿入れした王女だ。
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母と祖母の間にそんな交流があったことをルーカスは全く知らなかった。
「元々アイラ王女殿下は王宮に飾ってある御祖母様の絵を気に入られてよく見に行っておりました。そこへルーカス公の御祖母様と御母上様のやり取りされた手紙や幼き頃からのルーカス公を描いた絵が送られてきたので、アイラ王女は夢中になったのです」
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「いえ、さすがに手紙の中身は見ていないかと存じます。しかしルーカス公を描かれた絵は小さき頃から成長と共に何枚もあり、アイラ王女殿下は飽きずに眺めておりました。そして折に触れ、ルーカス公のことや御母上様、御祖母様のことを知っている者たちに話をねだったのです」
つまり、アイラはルーカスの知らぬところで勝手に見初め、思いを募らせていたということか。
思ってもみない話に言葉を失うルーカスの代わりに、ニキアスが使者に疑問を投げかける。
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