夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ

文字の大きさ
14 / 93
第2章 迷当の反乱

第9話 伝統

しおりを挟む
 早速その晩、姜維は王平の屋敷を訪ねた。広めの屋敷には王平が一人のみで、従者は雇っていなかった。屋敷の外は、屈強な兵士達が厳重な警備を行っている。まさに、王平の性格がそのまま表れていた。

「思えば、五丈原以来か」
「月日の流れは早いものです。将軍の漢中での活躍は、成都にまで轟いておりました」
「そうか」

 興味なさげに、王平は頷く。別に気分が悪い訳でもなく、本当に、何とも思ってないのだろう。
 また姜維も、あまり無駄話を好む方ではない。早速、軍内の配置や兵の割り振りなど、北伐軍の細部まで二人で語り、一つ一つを決めていく。

 やはりどこか気が急いている姜維と、慎重が過ぎる王平。一見噛み合わなそうな二人だが、軍内における話は、意外に早くまとまった。何より意外だったのは、最前線で少数の兵を率いて国境沿いを侵したいという姜維の希望がすんなりと通ったことだった。

「てっきり、王平将軍は反対されるとばかり思っておりました」

 現に、北伐軍の複数の将軍から既に反対されていたことなのだ。
 仮にも姜維は軍の中枢であり、危険を冒す必要は全く無い。そういった戦は廖化将軍や張翼将軍などの、経験豊富な将に任せるべきだと、皆は口を揃えて言った。

「何故、蜀軍は今まで戦において強大な魏と渡り合ってこれたのか、分かるか?」
「……いえ」

「単純に、強かったからだ。特に先帝の率いられる直属の軍は、一兵卒に至るまで歴戦の猛者揃い。その調練も苛烈を極めていた。特に張飛将軍の調練では、幾人もの兵が死んでいたほどだ。ただ、そのおかげで、戦で死ぬ兵はほとんどいなかった」
「魏軍も精強でありますが、先帝の率いていた軍はそれ以上であったと。何だか、実感の湧かぬ話でございます」

 しかし、拠点となる地盤も持たず、後ろ盾も無く、各地を転戦しながら乱世を生き抜いてきたのが、劉備軍だった。王平の話は決して誇張されてるわけではない、それはかつての戦歴を見れば分かる。

「儂が蜀へ降った頃、最初はただの部隊長として軍に加えられ、それこそ張飛将軍の下で何度も、死ぬ一歩手前の様な調練を受けた。魏に居た頃には、考えられない苛烈さだった」
「将軍でさえ、それほどまで」

「ただ、いざ戦に出ると分かったのだ。今まで受けた調練には一つも無駄なところが無かったと。戦で最もやってはいけないのが、仲間の足を引っ張りながら死ぬ事だ。蜀軍には、どんな混乱でもそれが無かった。だから、蜀軍は強かった。かつて、張飛将軍が行っていたその苛烈な調練の伝統は、趙雲将軍に引き継がれ、その後は魏延将軍が継いだ。本来なら、儂や呉懿将軍が継ぐべきなのだが、かつての百戦錬磨の将軍達ほど、儂らは苛烈になりきれなんだ。今、それを継げるのは、お前をおいて他に居るまい」

「だから、私を前線へ?」
「小競り合いは新兵にやらせろ。自分のせいで仲間が死ぬ経験を一度積ませておいた方が良い。兵の死が、軍を強くする。お前はそれを見極めろ、決して無駄死にだけはさせるな」

 少し疲れたように息を吐く。姜維も随分、脳に疲労が固まっていた。
 もう改めて話すことも無い。そして、王平の屋敷を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。 17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。 国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。 支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...