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第2章 迷当の反乱
第19話 運命
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「こやつは儂の姪でな、名を柳春(りゅうしゅん)と言うて、今年で十四になる。この娘の母が、儂の末の妹なのだ」
「大王、急な話は困ります。この蒋斌は大将軍蒋琬の次男であり、この者の婚姻の話は、蒋家でもない私の一存では決めかねまする」
「ん?何を言っておるのだ小僧。娘を娶るのは、お前だぞ」
「な、え?」
これほどまでに目を白黒させている姜維を見るのは、蒋斌にとって初めての事だった。
先ほどまで圧倒的な騎馬戦を指揮していた将軍とは似ても似つかないほどの狼狽えぶりである。
「私は、齢三十七になります。その、親子ほどの年の差では、彼女も嫌で御座いましょう」
「阿呆め。そのような歳で何故お前は未だに妻子を持たぬ、むしろ儂に感謝して然るべしであろう。どうせその生真面目で凝り固まった頭だから、戦の事しか考えてなかったのであろう」
「っ……」
「柳春よ、お主はどうだ。この姜維は気に食わぬか?」
姜維が押し黙っている間に、迷当は柳春の顔を覗き込む。
少しだけ辺りを見渡して、柳春は小さく息を吸った。
「私、実は先の戦を見ておりました。あれほどの戦の指揮が出来る御方です、それに、叔父上がこれほどまでに薦めて下さるのですから、私としては何一つ心配事はありません。幸せだと、そう思える程で御座います」
「姜維よ、女子にここまで言わせておいて、まさか嫌だとは言うまいな」
「……分かりました。柳春殿がそう仰られるなら、私とて断る理由はございません」
「よぉし、これで決まりだ!」
豪傑であるはずの迷当も、今やただの、姪の結婚を心から祝うただの爺であった。
喜んでいるのか慌てているのか、周囲には宴の用意をするように、大きな体で忙しなく指示を出している。
柳春はそんな叔父の様子が面白いのか、口元を抑えて笑っていた。
「姜維よ、これでお前は儂の義理の甥だ。本当なら、息子にしたかったところだがな。ふん、実を言えば、姜氏の援助に乗り出した理由もそれだ。お前を儂の息子として、一度全軍を率いさせてみたかったのだ」
それなのにお前は、成人したと思えば、誰に断りも入れずに間もなく蜀へ去って行ったな。
多少の皮肉を込めて、迷当は笑った。
「様子はどうだ?」
「……あっ、か、郭淮、様」
「無理に礼を取らずとも、そのままで良い。座ってくれ」
「ぎ、御意」
もう夜も大いに更けている。
しかし、この幕舎だけはまだ火が焚かれ、煌々とした明りを漏らしていた。
郭淮は夜襲を警戒した巡回中に、その幕舎を見かけ、ふらりと寄ってみたのだった。
大きな体を小さく丸め、筆を墨に浸し、黙々と紙に何かを描き続けている。
これは、地形図である。
それも目を見張る程に細かく描かれており、隣の竹簡には各所の土の様子や川の深さに至るまで詳細が記してある。
「いつ見ても素晴らしい程の地図だ。思わず時間も忘れて見入ってしまう」
「あ……っ、有難き」
男は、吃音であった。
思ったように言葉が出て来ず、いつも苦しげな表情を浮かべている。
彼は名を「鄧艾」と言い、蜀軍を抑える為、西方の魏軍の副将として郭淮の補佐に当たっていた。
長年、司馬懿の側で軍政を担い、平時では内政にて目覚ましい功績を挙げている逸材である。
実績だけを見れば優秀な文官だが、個人としての武芸も相当であった。
特にその弓術は秀でており、鋼を用いて作られた強弓を引く事が出来るのは、天下広しと言えど、この鄧艾くらいなものであろうと思われる。
吃音。ただそれだけの理由で表舞台に今まで出て来れなかった人材である。しかし、主である司馬懿が魏の実権を握った今、鄧艾はその才能を芽吹かせようとしていた。
「大王、急な話は困ります。この蒋斌は大将軍蒋琬の次男であり、この者の婚姻の話は、蒋家でもない私の一存では決めかねまする」
「ん?何を言っておるのだ小僧。娘を娶るのは、お前だぞ」
「な、え?」
これほどまでに目を白黒させている姜維を見るのは、蒋斌にとって初めての事だった。
先ほどまで圧倒的な騎馬戦を指揮していた将軍とは似ても似つかないほどの狼狽えぶりである。
「私は、齢三十七になります。その、親子ほどの年の差では、彼女も嫌で御座いましょう」
「阿呆め。そのような歳で何故お前は未だに妻子を持たぬ、むしろ儂に感謝して然るべしであろう。どうせその生真面目で凝り固まった頭だから、戦の事しか考えてなかったのであろう」
「っ……」
「柳春よ、お主はどうだ。この姜維は気に食わぬか?」
姜維が押し黙っている間に、迷当は柳春の顔を覗き込む。
少しだけ辺りを見渡して、柳春は小さく息を吸った。
「私、実は先の戦を見ておりました。あれほどの戦の指揮が出来る御方です、それに、叔父上がこれほどまでに薦めて下さるのですから、私としては何一つ心配事はありません。幸せだと、そう思える程で御座います」
「姜維よ、女子にここまで言わせておいて、まさか嫌だとは言うまいな」
「……分かりました。柳春殿がそう仰られるなら、私とて断る理由はございません」
「よぉし、これで決まりだ!」
豪傑であるはずの迷当も、今やただの、姪の結婚を心から祝うただの爺であった。
喜んでいるのか慌てているのか、周囲には宴の用意をするように、大きな体で忙しなく指示を出している。
柳春はそんな叔父の様子が面白いのか、口元を抑えて笑っていた。
「姜維よ、これでお前は儂の義理の甥だ。本当なら、息子にしたかったところだがな。ふん、実を言えば、姜氏の援助に乗り出した理由もそれだ。お前を儂の息子として、一度全軍を率いさせてみたかったのだ」
それなのにお前は、成人したと思えば、誰に断りも入れずに間もなく蜀へ去って行ったな。
多少の皮肉を込めて、迷当は笑った。
「様子はどうだ?」
「……あっ、か、郭淮、様」
「無理に礼を取らずとも、そのままで良い。座ってくれ」
「ぎ、御意」
もう夜も大いに更けている。
しかし、この幕舎だけはまだ火が焚かれ、煌々とした明りを漏らしていた。
郭淮は夜襲を警戒した巡回中に、その幕舎を見かけ、ふらりと寄ってみたのだった。
大きな体を小さく丸め、筆を墨に浸し、黙々と紙に何かを描き続けている。
これは、地形図である。
それも目を見張る程に細かく描かれており、隣の竹簡には各所の土の様子や川の深さに至るまで詳細が記してある。
「いつ見ても素晴らしい程の地図だ。思わず時間も忘れて見入ってしまう」
「あ……っ、有難き」
男は、吃音であった。
思ったように言葉が出て来ず、いつも苦しげな表情を浮かべている。
彼は名を「鄧艾」と言い、蜀軍を抑える為、西方の魏軍の副将として郭淮の補佐に当たっていた。
長年、司馬懿の側で軍政を担い、平時では内政にて目覚ましい功績を挙げている逸材である。
実績だけを見れば優秀な文官だが、個人としての武芸も相当であった。
特にその弓術は秀でており、鋼を用いて作られた強弓を引く事が出来るのは、天下広しと言えど、この鄧艾くらいなものであろうと思われる。
吃音。ただそれだけの理由で表舞台に今まで出て来れなかった人材である。しかし、主である司馬懿が魏の実権を握った今、鄧艾はその才能を芽吹かせようとしていた。
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