夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ

文字の大きさ
34 / 93
第2章 迷当の反乱

第29話 陳泰

しおりを挟む
 かの様に見えた。


 違和感に気づいたのは、陳泰であった。
 大きく押し込まれたのではない。中央の一万が、猛進しているのだ。
 よく見れば、両翼は後退しながらも小さくまとまっていた。

 しかし、何故。
 自棄にでもなったのか。

 僅か一万の兵で、四万の魚鱗に正面から戦いを挑み、勝てるわけがない。
 中央が衝突を開始するその直前に、陳泰はようやく、姜維の意図に気づいた。
 両翼が大きく下がり、中央が突出した、まるで槍先の様な陣形。
 背筋が凍る。

「郭将軍は五千を率いて後退を!両翼を直ちに中央へ集めて下さい」
「な、どうした陳泰」
「姜維の狙いは初めから、この本陣を突き崩すことにあったのです」

 こんな馬鹿な兵法があるか。
 最後方にいた軍が、最前線に突出しているのだ。
 しかもそれは、大将である姜維自らが率いる本陣である。

 まさか全て、計算通りだったとでもいうのか。
 魏軍の両翼は完全に置き去りである。対して蜀軍は、全軍の攻撃力を、先頭の本隊に集中させている。
 魚鱗を組む本隊の四万と、猛進する蜀軍の七万。兵力でも、勢いでも、全てが圧倒されていた。
 全てを理解した郭淮は、顔を青く染めながら、僅かな手勢を率いて、逃げる様に後退した。

 四万の魚鱗を、これでもかという程に小さく固まらせる。
 絶対に抜かせてはならない。陳泰は命を捨てる覚悟をした。

 両軍が、肉薄し、衝突した。

 瞬く間に魏軍は切り裂かれ、陳泰の目前にまで蜀軍の矛先が迫っている。

「我に続け!」
 味方を鼓舞するように、自ら前に出た。

 流石に陳泰は猛将である。その鮮やかなまでに凄まじい武勇は、魏軍を大いに奮起させた。
 魏軍が踏み止まり、勢いは弱まる。
 それでも蜀軍は、前へ前へと道をこじ開けていく。陳泰がいくら奮戦しようと、この態勢は覆しようがなかった。
 四万の内の、既に三割を失っている。
 普通なら「壊滅」とも呼ぶべき損害であるが、それでも魏軍は、陳泰は退かなかった。

「将軍。退かねば、全滅で御座います。一旦、将軍だけでも撤退を」
「決して退いてはならん。一歩でも下がれば、祖国を失うと思え」

 雄叫びを上げ、矛を薙ぐ。
 五、六人の蜀兵がまとめて切り倒される。
 矛も、その持ち手の半ばから砕けて折れた。
 剣を抜く。
 更に前へ駆けた。
 陳泰一人が、数十の蜀兵に囲まれ戦う苛烈さであった。
 先ほどまで付いて来ていた副官は、いつの間にか消えていた。

 不意に、圧力が消えた気がした。
 蜀軍の突進が明らかに弱まったのだ。

 敵の右翼、廖化の率いる陣が大きく乱れていた。
 ようやく兵が陳泰に追いつく。

「何故、蜀軍は退いていく。あと少しで魏軍を瓦解させられただろう」
「鄧艾将軍です。将軍は、後方に置いていた千の騎馬隊を廖化軍に突入させ、それを楔に蜀軍全体の進撃を食い止めたのです」
「ならば、今こそ好機ではないか。追撃を仕掛ければ、敵の半数を潰せる」
「いえ、郭淮将軍より撤退の厳命が出ております。急ぎお戻りください」

 滾る血をそのままに、陳泰は配下に何故だと怒鳴りつける。このまま殺してしまいかねない程の剣幕であった。
 兵は馬より降りて、怯えながら伝言を続ける。

「り、涼州の羌族が一気に南下を開始しました。その数はおよそ五万から七万。明後日の正午には、我が軍は背後を突かれる危険が御座います。反乱軍の盟主は、羌族の王の一人、迷当です」

 一つ息を吐き、体の熱を冷ました。
 足元で怯える配下の肩に手をやり、すまなかったと陳泰は呟く。

「急ぎ戻ろう」

 傷ついた馬から降り、配下の連れて来た替えの馬に跨る。
 両翼の退陣が済んだ後、陳泰は最後尾にて最後まで蜀軍を睨み、全軍を撤退させた。

 日は既に、朱に染まっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

ソラノカケラ    ⦅Shattered Skies⦆

みにみ
歴史・時代
2026年 中華人民共和国が台湾へ軍事侵攻を開始 台湾側は地の利を生かし善戦するも 人海戦術で推してくる中国側に敗走を重ね たった3ヶ月ほどで第2作戦区以外を掌握される 背に腹を変えられなくなった台湾政府は 傭兵を雇うことを決定 世界各地から金を求めて傭兵たちが集まった これは、その中の1人 台湾空軍特務中尉Mr.MAITOKIこと 舞時景都と 台湾空軍特務中士Mr.SASENOこと 佐世野榛名のコンビによる 台湾開放戦を描いた物語である ※エースコンバットみたいな世界観で描いてます()

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。 17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。 国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。 支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。

処理中です...