夢の終わり ~蜀漢の滅亡~

久保カズヤ

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第3章 高平陵の変

第14話 政権の行方

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「蜀軍が、これほど山岳戦に長け、激しく抵抗をするとは思わなかった」
「この漢中の山岳の地形は、蜀の機密事項でありましたからな。今までどれほど密偵を放ったとて、地形を調べる事すら出来なかった」

 目の下を黒くさせ、酷くやつれた曹爽の傍で話に乗っていたのは、夏侯玄である。
 曹爽と同じく皇室を代表する人材であり、その名声にふさわしい豪胆さと賢智を備えた人物であった。

「私は、どうすべきだ」
 夏侯玄は、答える事が出来ない。

 彼もまた曹爽と同じ立場であり、撤退しようが壊滅しようが、最終的に待っている結末は同じであるからだ。
 司馬氏が権力を独占した時、間違いなく皇室を代表するこの二人は、良くて追放、最悪の場合は親族もろとも皆殺しの憂き目に遭う。

「このまま全兵力でもって、一気に突破する事だけが、生き残る道で御座いましょう。されど、それとて敵いますまい。勝ち目の薄い総攻撃に命運をかけるのは、我々だけですから」
「……司馬懿は儒家だ、話せば分かる。私は若き頃から彼を、父の如く慕っていた。その性格もよく知っている。決して国家に背くような男ではない。されど、次が分からん」
「次、とは」
「その子、師と昭だ。その才覚は父に劣らず、上手く隠してはいるが、野心も持っている。その時、我ら皇室の者が力を持っていなければ、間違いなく魏は滅ぶ」

 鬼気迫る顔で唸る曹爽だが、その危惧が夏侯玄には少し意外であった。
 司馬懿憎しとばかりに感情が動いていると思っていたが、その実、曹爽はどこかで司馬懿を信頼してもいると言う。

 確かに、司馬師は油断ならない人物と夏侯玄も見ていたが、昭にはあまりそういう警戒心は無い。酒や女が好きで、軍人とも良く交わる、明快で表裏の無い人物と見ていたからだ。
 だからこそ自分の副将として、此度の戦に連れるのも許した。

 その話の途中、幕舎の外より衛兵が声を上げる。

「郭淮将軍が、お目通りを願っておられますが、如何いたしましょう」
「前線の将が何故……構わん、とりあえず通せ」
「はっ」

 泥や血に汚れ、浅い傷を残した鎧を着たまま、郭淮は幕舎へと入ってくる。
 普段は穏やかな文官といった印象だが、いざ戦場に出れば、その顔つきは軍人そのものであった。

「昨晩にフ城より、姜維率いる蜀軍の精鋭三万が戦線に到着した模様です」
「それは知っている。王平の二万だけでも崩しきれてないというのに、精鋭が三万。将軍から見てどうだ、あと十日で、崩せるか」
「……姜維をまだ見ていません」
「それが、どうかしたのか?」
「我らが雍州軍のみで防衛を崩すのは難しいですが、全軍で十日間昼夜休まず攻め掛かれば、きっと興勢山を抜けましょう。されど、どうしても、姜維の動きが気になります。姜の旗印ですら、見た者が居ないのは不自然なのです」

 確かに、妙である。
 その意図が全く分からない。
 姜維といえば攻めに攻め立てる武将であり、防衛を良しとする性格ではないことは、魏軍の間でも有名な話である。
 だからこそ到着と同時に、攻囲のどこかを破りにかかるとばかり思っていた。

 しかし、姿を消した。どこを攻めることも無く、姜維だけが綺麗に消えてしまったように見える。
 攻勢に転じる気配もなかった。兵を増し、王平はますますその防備を堅固に構築するばかりだ。

「王平との指揮系統が重なってしまうのを遠慮して、身を引いたのだろうか」
「奴はそのような男ではございません。戦になれば極めて苛烈になる男です。指揮を譲ることなど決して御座いません」
「だが、居ない者の陰に怯えても仕方あるまい」

 それでも、郭淮の顔は曇ったままである。
 先の北伐で、姜維の攻勢によって命の危険を体験している。用心になりすぎるのも当然の反応だといえる。


「前線から本陣に来てまで伝えに来たのは、姜維の件だけではあるまい。前線は今、どうなっている」
 そう言ったのは夏侯玄である。
 姜維の件よりも、郭淮が本陣に来たことの方が、どちらかといえば問題なのだ。

「申し訳ございません。以前として、膠着しております。現在は代理として、『夏侯覇(かこうは)』に指揮権を委ねてきました」

 名将「夏侯淵(かこうえん)」の実子であり、皇族の一人、そして陳泰と互角に渡り合う程の武勇の腕も持っている猛将である。
 勤皇の志が非常に篤いせいか、最近は司馬氏派の人間をことごとく嫌っている節があった。
 郭淮もまた、司馬氏寄りの人間である。二人の相性は、元来の性格の不一致も相まって、現時点で最悪であった。

「それで、話は何だ」

「恐れ多くも、撤退の旨を、進言しに参りました」

 そう言って、郭淮は平身低頭の姿勢を示した。
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