最果ての僕ら

雲沢 あしか

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1班

No.16 飛針 鷹道

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 「飛針!…起きろって!飛針!!」
 ルームメイトに何度も名前を呼ばれ、飛針はようやく思い瞼をあげる。寝起きでぼんやりとした視界の先には、灰色がかった髪後ろで一本に括った小柄な少年がいた。デスク付きのロフトベッドの梯子に捕まり、上半身だけ覗かせている。細い眉をひそめ、苛立ちを隠せずきつく口を結んでいた。
 「んだよ…ネズミ…」
 飛針は憎々しげに少年を睨み、寝起きのガサガサした声を吐きだす。そして再び枕に顔を埋めようとした。ネズミと呼ばれた少年は、慌てて枕を取り上げる。
 「ダメだよ!何回起こしたと思ってんだ!もう起きないとまた遅刻だぞ!」
 「…わぁーったよ」
 片手で枕を抱きしめてプンプン怒っているネズミを眺め、飛針は大欠伸をしながら答えた。ゆっくりと身体を起こし、自身の銀髪がグシャグシャになる事も気にせず頭をかく。ネズミはため息混じりに枕を戻し、梯子から飛び降りた。辺りを軽く見回し、改めて呆れたようにため息をつく。床に散乱している飛針の洋服を集め、先ほどよりも声を張り上げた。
 「何でこんなにそこら中散らかせるんだよ。脱皮するならちゃんと洗え!片せ!今日は俺がランドリーに出してから教室行くから次から自分でやってくれよ。顔洗って着替えてさっさと向かう事。わかった?」
 キャンキャン小言を言うネズミに、飛針は頭をガクガク縦に振って意思表示をする。次からと言いつつも、毎回ネズミの仕事と化しているのだが、そこには今は触れない。小柄な少年は「…ったく」と小さく声を漏らし、自分の鞄と飛針の洗濯物を抱えて部屋を出て行った。バタンと扉の閉まる音が聞こえた瞬間、飛針は起こしていた身体を倒す。そしていそいそと布団をかけ、小さな声で呟いた。
 「…寝よ」
 彼がまた授業をサボってしまった事は言うまでもない。
  しかしながら、飛針鷹道は最果学園十期生の中ではかなり優秀な戦闘員だ。自らの身体の使い方も超能力の使い方もよく理解していて、ナレノハテを駆除している数を数えれば上位である。実力がある為三期生一班の班長にも選ばれているが、班長らしからぬ適当さ、素行の悪さからかなり目立つ生徒でもあった。今のところ超能力者達のなかでも、彼ほど分かりやすく攻撃に特化した者はいない。
 「だからって授業をサボりがちなのは良くないわよ。飛針君」
 突然聞こえた女性の声に、微睡んでいた青年はハッと目を覚ました。ベッドの柵を掴み下を見ると、小柄な女性が腰に手を当て立っている。薄桃色のブラウスに膝丈のベージュのスカート、さらにその上に白衣を着た女性は、飛針に向かって「降りて着なさい」と言った。飛針は眉間にしわを寄せ女性をじろりと睨む。
 「…ここ男子寮だぞ」
 「それ以前に!今は授業中なの!!また貴方が教室に来てないって猫間君から連絡が来たから迎えに来たのよ!」
 「あんのクソ猫…!」
 飛針の不在を密告したクラスメイトに悪態をつきながら、彼はようやくベッドから降りた。ブスッと顔を歪めながら渋々準備を始める少年の様子を見ながら、女性は眉を下げて笑った。そして、飛針とネズミのロフトベッドの間にある窓をあけ、空気を入れ替えて振り返る。穏やかな風が部屋に入り込み、彼女の短い茶髪をふわっと揺らした。
 「ほら、いい天気なんだからもっとしゃっきりしなさいよ。飛針君はやれば出来るんだから」
 「おいあんた、潮風入るだろしめろ」
 一応この女性も保険医という立場にあるのだが、飛針は一切見もしないでそう返した。流石の彼女も目の下をピクピクっと動かし、口角を歪めて無理やり笑みを作る。ここで怒って声を張り上げたところで、飛針に効果がないことくらいはわかっていた。
 「…飛針君。私も一応先生なんだから、八代先生って呼びなさい。あと敬語を使いなさい」
 八代の言葉に、飛針はフンッと鼻で笑った。
 「知らねーよそんなこと」
 飛針はそう言うと、着ていた黒いTシャツを脱ぎ、自分のクローゼットから取り出したYシャツを着た。文句は言いつつ、彼の服装が寝巻きから学園の制服に変わっていく。これ以上面倒臭くなること自体が嫌なのだろう。
 「…あのね」
 八代はフゥッと息を吐き出してから、飛針に向けて言葉を紡ぐ。
 「飛針君はサボりがちだから言うけどね、授業って大切なの。勉強はしておいて損なことなんて絶対にないのよ。生きていく中で必ず」
 「生きていく中で?」
 八代の声を遮り、飛針はピタリと動きを止めた。赤みがかった瞳が彼女を捉えジロリと睨みながら、呆れたように笑う。
 「俺たちの寿命なんてたかが知れてんだろ」
 「…何年生きれるかは個人差がある。生きると仮定して、将来のために備蓄しなくちゃいけないわ。勝手に諦めないで」
 「諦めてるわけじゃねぇ」
 「諦めてるわよ。それで拗ねてる。小さい子どもみたいね」
 飛針はチッと舌打ちをすると、乱暴に鞄を掴んだ。教科書などのチェックはしていない。いつも同じものが入りっぱなしなのだろうか。八代に背を向け振り返らず、そのまま勢いよく扉を閉めて出て行った。バタン!という大きな音に、八代は少し肩を震わせる。しかし、彼が自身に暴力を振るったりしないことはわかっていた。不良のような容姿をしている上に気も強いが、それでも根本のところは仲間思いで優しい学生、八代は飛針のことをそう思っていた。ただ、まだ子どもの彼に言いすぎてしまった自覚はある。
  一方飛針は、日々自分に構ってくる八代に対し、苛立ちを隠せないままだった。八千代は自分たち超能力者とは違う、なんの変哲も無い一般人だ。超能力者に偏見を向けない数少ない人間でありながら、それでも彼女にその一線を超えたものの気持ちなどわからないだろう。飛針はずんずんと大股で廊下を歩いていたが、ふと立ち止まった。廊下の窓からは青い空と柔らかそうな白い雲、穏やかで当たり前の世界が広がっているように見える。飛針に眉間にしわを寄せ、その赤い瞳を細めた。何を言われようと、結局のところ全てが気に入らないのだ。十期生達はまだ十五、十六歳の子どもだ。大人になれ、前を向いて全てに取り組めと言うことの方が無理がある。




 「仕事だって」
 結局その日授業に出なかった飛針に、ネズミは何も言わなかった。飛針が授業に関してやる気を見せないが、自分たちの仕事はきちんとこなす、それは分かっていたから、これ以上言うのはやめようと思っていた。
 「ナレノハテどんくらいいる?」
 「今回は一人」
 ネズミはそう答えると飛針は「そうか」と呟く。その時飛針がどこでもない遠くを見ているような気がして、若干の不安が小柄な少年の脳裏をよぎった。
 「姫宮はもういんのか?」
 姫宮とは、ニ班に所属する超能力者だ。彼女の能力はあらゆる場所から場所へ転移する力、いわゆる瞬間移動である。所属は二班だが、戦闘には参加しないことを条件に、各班の送迎役を務めている。ネズミは灰色がかった髪を揺らして頷いた。
 「うん」
 ネズミの言葉通り、姫宮は男子寮と女子寮の境目となるロビーに立っていた。姫宮は金髪のツインテールを揺らし二人に近づき、晴天のような美しい青い瞳を釣り上げる。
 「もう芽吹達は先に送ったから!行くわよ!」
 声を張り上げそう言うと、飛針とネズミの腕を乱暴に掴んだ。飛針は戦闘服にもなっている制服のシワを、空いている方の手で伸ばす。彼らの制服は、いつ何時でもナレノハテとの戦闘に向かえるように整えられた特注品だ。防火防水防塵防寒…動きやすさや耐久性にも特化した特攻服でもある。
 一方ネズミは、緊張気味にキュッと口を結んだ。姫宮はスゥッと大きく息を吸い、脳内で行きたい場所を思い浮かべる。これだけだ、彼女のすることは。次の瞬間にはもう目的についているのだから、本当に不思議である。若干ビリビリと肌を貫く感覚が襲うが、それ以外に身体に変化もない。
 「じゃあ、終わったら連絡して」
 姫宮はそれだけ言うと、再びスッと姿を消した。
 飛針達が付いたその場所は、彼らの住む場所と同じく田舎のようだった。田んぼや畑もあるのどかな町であり、住宅が密集している。平和そうに見えるが、ざわざわと木々や鳥が騒ぎ、落ち着かない空気が流れている。飛針、ネズミ以外の1班メンバーである青沙芽吹、海月夢羽、蛭間朝陽も、もうこの場所にいるはずだ。
 「あれ…?青沙達もナレノハテもどこに…」
 ネズミがキョロキョロと辺りを見回し一歩踏み出した瞬間、飛針はハッと目を見開き、ネズミの制服からはみ出ているグレーのフードを引っ張った。少し首がしまり、引っ張られた彼の喉から「ぐっ」と小さな音が漏れる。
 「なにす…!」
 ネズミが言いたかったのは「何するんだ!」と言う言葉だったのだろう。しかし、その言葉は途中で遮られてしまった。彼が話し出すのとほぼ同時に、ドゴッという鈍い音が響き、進もうとしていたアスファルトの道路に穴が空いたのだ。側に生えていた背の高い杉の木の上から降ってきた何かが、あまりにも簡単に道路を貫いていた。あのままネズミが歩いていたら、無事では済まなかったはずだ。もちろん、ネズミ自身の能力があれば解決はするのだが、痛い思いをする事に変わりはない。あまりに大きな力にネズミは少し血の気の引いた顔で「嘘だろ…」と呟いた。
 全身黒々とした人間だったそれは、独特の異臭を放ちゆらりと立ち上がった。身体は2m程だが肥大化した腕の先には、巨大かつ鋭い爪が伸びる。むき出しの目玉がぎょろりと二人を見た。人間だった面影が多少残っているのが、また不気味さを引き立てた。先に向かったはずの一班の仲間の姿はどこにもない。
 「チッ」
 飛針は舌打ちを漏らすが、動揺せずに瞬時に両腕に力を込めた。その瞬間、ゴォッと激しい音を立てて彼の両手のひらから炎があがる。激しく燃え盛る赤い炎を携え、飛針は激しく地面を蹴った。
 「飛針!!」
 ネズミの制止など聞こえているはずもなく、飛針の両手のひらから溢れる炎は勢いを増す。
 「オラアァァアア!!!」
 凄まじい怒声とともに、飛針の拳はナレノハテの頬に当たる部分にぶち込まれた。ガンッという強い衝撃と強烈な炎の熱に、ナレノハテの身体は大きく後ろに仰け反る。しかし、吹き飛ばされることはなかった。足に力を込め倒れることを防ぎ、「グオオォォオ!!」と獣のような咆哮する。ネズミは「な…」と焦ったような声を漏らした。
 飛針の能力に明確な名前はない。強いていうならば、「身体の好きな部位から炎を吹き出しその部分が鈍器のように重く固まる」能力だ。最果学園はまだ歴が浅く前例のない能力が生まれることが多々あり学生自身が能力の名称を決めることが多いのだが、飛針がその手のことに一ミリも興味がないのだ。炎の量も熱の温度も調節でき、硬化した際の拳は鉄のように固くなるため、物理的な攻撃において彼の戦闘力は非常に高かった。いくら相手がナレノハテであろうとも、そこにかかる負荷は大きい。しかし、今回の相手にはそうもいかなかったようだ。
 「やっぱり海月がいないと…!」
 ネズミはそう言葉を漏らしつつ、飛針を追うように地面を蹴った。激昂したナレノハテが飛針に向けて巨大な腕とその先に伸びる鋭い爪を振り下ろすと同時に、ネズミの強烈な体当たりが彼の身体を突き飛ばした。ザシュッと切られるような嫌な音が漏れ、ネズミの裂かれたネズミの身体から真っ赤な液体が吹き出す。「…っ!!」ネズミはパックリと開いた傷口を手で押さえ、眉を寄せて呻いた。
 「ネズミ!!下がってろ馬鹿!いちいち庇うなって言ってんだろ!」
 飛針はお礼も言わずにそう叫ぶと、ネズミは傷口を押さえながら何かに呆れたように眉を下げて笑う。
 「これくらいしかできないからなぁ」
 呟いた彼の傷口はみるみる塞がり、先ほどあった巨大な切れ目は見事になくなっていった。
 飛針はフラッと立ち上がったネズミの腕を引っ張りあげると、ナレノハテに向けて右手をかざす。
  「打撃で無理なら燃やしゃいいんだ」
 顔を歪め苦々しく呟いた飛針の右手の平を覆うように、ゴウッと音を立てて赤い炎の渦が噴き出した。コントロールが難しい上に炎の消費が激しいため、あまり使いたくはないが、ほぼ確実に相手を焼き殺すことが可能となる。しかし、先ほど伝えたようにコントロールが難しいのだ。ナレノハテは身体の大きさに比例しない素早い動きで渦を避ける。ネズミは飛針の服を引っ張りながら「やめろって他の物の方が燃えてるよ!!」止めようとしたが、ヤケになっている飛針は左手も追加し「止まれやゴラああ!!」と全く聞く耳を持たない。このままでは余計な被害が出てまた国からも学園からも怒られる…!と、ネズミが困り果てたその時だった。ドスンと大きな音とともに突然ナレノハテが見えない何かにより地面に押し付けられたのだ。ナレノハテ自身も状況が分からず、ぎょろりとした大きな目を見開く。焦ったような表情が見えたと同時に、飛針によって放たれた炎の渦の餌食となった。「グオオォォオオオオォォ」と凄まじい叫び声とともに、炎に飲み込まれたナレノハテの動きは徐々に止まり、だんだんと静かになる。頃合いを見て手を下ろした飛針の視線の先には、黒焦げで少し小さくなったナレノハテの死骸が転がっていた。その無残な姿に、ネズミは眉をひそめる。そしてナレノハテの死骸は少しずつ、溶けて黒い液体となっていった。
 「海月」
 飛針が視線をやった先でガサッと木々をかき分ける音がして、住宅の陰から少女が姿を現した。ふわふわの薄紫の長い髪に、大きなラベンダー色の瞳。夏だというのに長袖のシャツを着た、色白で小柄な今にも消えてしまいそう、そんな印象を与える少女だ。先程ナレノハテの身体を押さえつけたのは海月の能力だった。
 「…ごめん。遅くなった」
 少女は小さく口を開きポツリと言葉を発した。鈴のなるような綺麗で可愛らしい声だ。
 「大丈夫だよ。むしろ無事で良かった!青沙と蛙間は?」
 「…逃げ遅れた住人が数名いて芽吹ちゃんたちは避難所まで彼らを護衛しながら連れて行ってる。ナレノハテは共鳴して増えることがあるから、二人がかりで」
 ネズミの言葉に、海月はまた小さな声で答えた。「だからいなかったのか…」と呆れたように返す。こちらは命がけで戦わなくてはならないのに、子どもの避難遅れが発生するなんて論外だ。
 「ネズミ、報告書まとめとけよ。俺は帰る」
 飛針は炎を吐き出していた手首をヒラヒラとふり、だるそうに呟いた。ネズミは「え!」と声を漏らす。
 「青沙待たないの?」
 「お前らが待てばいいだろ」
  ネズミは「でも…」と言いかけたが、海月がフルフルと首を振って制した。
 「…わかった。じゃあまた後で」
 「ああ」
 飛針はそれだけ返すと、二人に背を向けて歩き出した。瞬間移動できたものの、ここは見覚えのある場所だった。最果学園までは電車で4駅くらいだったはずだ。今日はそこまで疲れていない。超能力を使った後は、なんとなく一人になりたくなる。脳裏には、先ほど自分が殺したナレノハテの最期の姿が染み付いていた。残っていた人間だった時の面影、それでもナレノハテは化け物でしかない。ああなれば元には戻れない。殺すしかないのだ。何も間違ってはいないはずなのだ。わかっているつもりでも、まだ子どもだ、心のどこかで引っ掛かっている。
 「歩くか…」
 飛針は小さく呟いた。
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