運命の出会いは突然に

おみや

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 初夏の風が心地よく感じられるようになってきた季節に、美里は大きく息を吸った。


「山の空気ってなんか、それだけで気持ちよく感じるよね~」


 キャンプ発起人のサーヤさんが、手早く荷物をワゴンから出しながらそう声を掛けてくる。


「分かります!なんか、すっごい澄んでるっていうか。山のパワーっっていうか」

「美里ちゃん、私の方が年下なんだし敬語とかいらないよ~」

「あ、うん。そうだね」



 私は今日、念願だった二泊三日のソロキャンプに来ている。
 


 SNSでソロキャンプの事を知ってからずっとやってみたかった。

 でも、女性のソロキャンプでのトラブルなんか見ると、それだけで心がくじけそうになってしまったし、そもそもキャンプなんか一度もやった事がないインドアの私が一人でキャンプなんてまさに夢のまた夢だった。


 そんな私の夢を叶えてくれたのが、SNSで知り合ったサーヤさんだった。



 キャンプの情報や、大学の話などすごくおしゃれなサーヤさんは、一人でキャンプが怖いなら、集団でソロキャンプをしようと提案してくれた。

 それぞれが100mほど離れた場所にテントをはり、基本一人で行動するが、何かあったらすぐに駆けつけてくれるといったものだった。


 その提案に乗った五人。


 発起人のサーヤさん。

 バリバリのキャリアウーマンの奈々子さん。

 自分探し中の大学生村瀬君。

 落ち着いた大人の芝さん。

 そして、大学2年生の私。



 奈々子さんは普段オフィス街で仕事をしているので、人のいない場所でリフレッシュが目的だという。

 自分探し中の村瀬君は、バックパッカーをしながらインドを横断して、いま日本の山に興味があるらしい。

 社会人の芝さんは、女性が多いこのメンバーで何かあったら困るという事で、参加している所があり。キャンプは経験者だった。



 今日初めて会った人たちだけど、べつに仲よくなる為に一緒にいるんじゃないしね。



「ソロキャンだけどさ、折角一緒こうして車があるんだから、下の温泉とか利用してもいいよね~」

「いいわね~それ。山って紫外線強いっていうし、日焼け止めとかそのままってのも気持ち悪いもの」

「あ、なら、おれ釣竿持ってるんで、体験してみたいって人、一緒に釣りとかどうっすか?釣れたら飯になるし」



 こんがり日に焼けた健康的な肌を見せる村瀬は、エアー釣りをして大物を釣っているジェスチャーをする。



「私、釣りってした事ないんだけど。そんなに簡単に釣れるものなの?」

「まあ、なきゃないで、いいんじゃないっすか?」

「この時期なら、釣れるんじゃないかな~」


 三人はそう言いながら、ポンポンとテンポの良い会話をしていく。


 すごい、話しながらでも荷物の整理とかしてる…。


「美里さんはキャンプ初めてなんですか?」


 優しそうなメガネをかけた社会人の芝が、そう言いながら美里にリュックを手渡す。


「あ、はい。そうなんです。あの、でも、なんで?」

「ああ、これ」


 そう指を指すと、リュックに商品タグがそのままついていた。


 思わず顔が赤面する。


「お恥ずかしながら、そうなんです。ずっと、憧れがあって、やってみたいって思っていて」

「そうなんですね」

「サーヤさんに誘ってもらえなかったら、まだ、ソロキャンの動画をみて脳内キャンプをしていたと思います」

「どうやら、とってもメンバーに恵まれたみたいですし、折角なら思いっきり楽しんでみるといいですよ」

「そうですね」

「一応、経験者なのでもし困った事があったら、声を掛けてくださいね」

「ありがとうございます」


 それからは、本当にその言葉通りの楽しいものだった。


 初めての釣りはビギナーズラックなのか、大きい魚が釣れ、川辺で塩焼きにした。

 夜が更ける前に下の公衆浴場で汗を流し、風呂の中では恋愛話などで盛り上がり、テントを設置してもらい一日目が終わった。



 遠くで鳥の声が聞こえる。


 携帯コンロでグツグツと湧くお湯の湯気が夜の空に溶けて消える。
 マグカップにお湯を注ぐと、コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。


「インスタントコーヒーなのに、すごい贅沢なコーヒーみたい」



 初夏と言っても夏の山は冷える。
 ダウンコートにひざ掛けをしても、冷気がひたひたと足元から上ってくるようだ。



 温かいコーヒーが体に染み渡る。



 カチッと灯りを落とすと、満点の星空が空をきらきらと彩っている。



「星ってこんなに光ってるんだ…」



 そこにあるはずなのに、いつもは見えていないもの。


 今まで、修学旅行でも電車やバスの中でも、人が居ると寝る事が出来なかった。
 どうしても、緊張してしまい、気が付くと朝。
 付き合った人と一緒に居ても、うたた寝すら出来なかった。



 一口ずつ大切にコーヒーを飲む。
 ほっーと吐く息が、夜空に上がっていく。



「思い切って来てみて良かったな」



 満点の星が輝く中、その日はぐっすりと眠る事が出来た。


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