声劇・セリフ集

一人用セリフ

男 「手を伸ばせ」

　何かを手に入れようともがいたことがあった。
　ただ必死に走って、手を伸ばして、がむしゃらに、無我夢中になって追いかけたことが。
　だけど。
　どれだけ走っても、どれだけ求めても。
　遠くにあるものに羨望の眼差しを向け続けたそれが、手に入ることはなかった。
　今までやってきたことがどれほど無駄であったのか。それからはそんなことしか考えられなくなって、自分の爪先を見つめるような生活を続けた。
　全てを諦めて、背を向けて、別の道を歩んでいた俺が、つい最近そのことを思い出した。
　若い子供たちが経験するなら、まだ青春という都合のいい言葉で美化できるだろう。
　しかし、それをいい年まで長引かせた人間のそんな話は、もはや美談ではない。
　ただの醜態だ。
　正しく現実を見ることもなく、遥か遠くに光る宝石にばかり目を奪われて、体を張って止める人間の横をすり抜けながら。
　そして、やはり叶うこともなく、ただただ情けない姿を晒しただけに終わった。
　なんて虚しい時間だったんだ。
　もっと早くに現実を見ておけばよかったものを。
　掴んだと思い込んだものを抱え込んで、それが偽物だとわかっていて大事にするような。
　そう思いたいんだと泣き叫んでさえいるような。
　そんな、どうしようもなく情けない姿を、今でも晒しているんだ。