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5 幼少期のユーグの記憶
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「父上、お久しぶりです」
金飾りのカーテン、細やかに彫られた装飾のある机。男はきちっと仕立てられた服を着ている。
ここはどこだろう?
もしかしてユーグ師匠の記憶なのかな。
「……ひと月ぶりか。最近は王妃も私も忙しかったからな。私の言いつけを守り、朝から寝る間際までしっかりと勉強しておるのだな。教師からは毎日報告を受けている」
「はい」
「ユーグ、お前はこの国の未来を背負うために生まれたのだ。民の声を聞き、私利私欲に囚われず、この国の王になるため日々精進しなさい」
「はい、父上」
ユーグ師匠は一礼し、部屋を去った。そのとき、壁に付けられていた鏡に一瞬、寂しげな男の子の姿が映った。
『父上』と呼ばれたその男は、どこかユーグ師匠の面影が重なって見えた。
やっぱり私は師匠の記憶を見ているんだ。
師匠はまだ十代前半の少年の姿だ。
ユーグ師匠の父の部屋から出て自室へ戻ろうとしたとき、誰かの声が聞こえた。
「ユーグ様っ! ユーグ様ったら」
振り返ると、やや明るめの赤茶けた髪の女の子が、駆け寄ってきた。
ふんわりとした薄いピンク色のドレスを着た女の子はとても気が強そうな顔をしている。
「ああ、君はレーシェル嬢。僕に何か用かな」
「ユーグ様、私は婚約者でしょう? たまには一緒にお茶をしたいわ。ユーグ様はいつも勉強ばかりで私はつまらない。それに、勉強ばっかりだと体に毒だわ」
「……すまない。これからまた教師がくるんだ」
「もうっ。つまんない!」
レーシェル嬢は頬を膨らませて不満を表したが、師匠はそれ以上何も言うつもりはないようだ。
するとユーグ師匠に似た男の子が、護衛たちを連れてやってきた。
「兄さん、先生たちが待っていたよ。急いで。レーシェル嬢、僕で良かったら一緒にお茶に付き合うよ」
「シュティル様、本当ですか!? 私、中庭でお茶したいわ」
「構わないよ」
レーシェル嬢はシュティル様を見ると先ほどの不満顔は一変し、はにかみながら喜んでいる。
私はその様子を見ていてとても心が痛んだ。
……レーシェル嬢はシュティル様が好きなんだ。
シュティル様はエスコートするようにレーシェル嬢と手をつなぎ、去っていく。
「レーシェル嬢、ではまたね」
ユーグ師匠は去っていく二人にそう話し、部屋に戻った。
ユーグ師匠の部屋は勉強だけにあるかのように、飾り気のない部屋だった。
「ユーグ殿下、お待ちしておりました」
教師がそう言いながら机の横に立っている。
ユーグ師匠はそこから教師に教えを乞い、勉強を始めた。
なんだか私が先生たちに教わっているみたい。
私は師匠に拾われてから勉強を始めたし、魔法のことばかりだったから知識の片寄りは否めない。ちゃんと聞いておこう。
ユーグ師匠は黙々と勉強している。とても真面目で私には考えられないほどだ。
ユーグ師匠が何年も過ごした王宮での出来事は走馬灯のように過ぎ去っていく。
師匠は勉強と公務ばかりで全く遊んでいなかった。それに引き換え、婚約者のレーシェル嬢は師匠の弟であるシュティル様と遊んでばかりいて私の目から見ても嫌な女だった。
もっと自分のことばかりじゃなくてユーグ師匠のことを見てほしい。
こんなに頑張っているのに……。
きっと師匠は弟と婚約者の仲良くする姿を見て傷ついていたはずだ。
私は初恋以前に人同士の交流なんてほとんどなかった。嫌なことをいっぱいされて辛かったけれど、“人間は全て敵だ”なんて思わなかったのは師匠のおかげだろう。
そしてこうやって師匠が生きてきた足跡を追っているおかげで自分が生きてきた以外の人生もあることを知ることができた。
今のところ師匠は何が好みなのかとか、どんなことがやりたいとか全く見えてこない。
勤勉だし、公務も真面目にしている。
ただ、人間味がないというかなんというか、難しい。
師匠が十八歳になり、学院の卒業を間近に控えたある日。
「ユーグ様、少し良いかしら」
「どうしたんだい?」
王宮の執務室でユーグ師匠が執務をしているとレーシェル嬢が部屋に入ってきた。師匠は手を止めて話を聞く態勢になっている。
レーシェル令嬢は殿下の向かいにあるソファへ座り、従者にお茶を淹れるように指示をしている。
「ユーグ様、私、シュティル様をお慕いしております」
「うん」
「お願いがあるのです」
「なにかな?」
「シュティル様に婚約者の変更をしたいのです」
「どうしてかな? 君との婚約は王家との契約だから私に言われても変更はできないと知っているよね」
「ええ、それも知っております。ユーグ様に先に話をしておこうと思いましたの」
「そうか。君の気持ちは理解した」
「ユーグ様ならそう言うと思いましたわ」
レーシェル嬢はあからさまにユーグ師匠を軽んじているような態度で、あまり良い態度ではない。
反対にユーグ師匠は慣れているのか気にする素振りも見せていない。
その姿がレーシェル嬢をさらに苛立たせていたのかもしれない。
ずっとユーグ師匠を見てきた私には言いたいことが山ほどあるけれど、ただ見ているしかできない。
「私が今日伝えたいことはそれだけですわ。ではごきげんよう」
レーシェル嬢はそう言って立ち上がり、振り向くことなく部屋を出ていった。
彼女は国王陛下に謁見を求め、婚約者の変更を願い出たようだ。
金飾りのカーテン、細やかに彫られた装飾のある机。男はきちっと仕立てられた服を着ている。
ここはどこだろう?
もしかしてユーグ師匠の記憶なのかな。
「……ひと月ぶりか。最近は王妃も私も忙しかったからな。私の言いつけを守り、朝から寝る間際までしっかりと勉強しておるのだな。教師からは毎日報告を受けている」
「はい」
「ユーグ、お前はこの国の未来を背負うために生まれたのだ。民の声を聞き、私利私欲に囚われず、この国の王になるため日々精進しなさい」
「はい、父上」
ユーグ師匠は一礼し、部屋を去った。そのとき、壁に付けられていた鏡に一瞬、寂しげな男の子の姿が映った。
『父上』と呼ばれたその男は、どこかユーグ師匠の面影が重なって見えた。
やっぱり私は師匠の記憶を見ているんだ。
師匠はまだ十代前半の少年の姿だ。
ユーグ師匠の父の部屋から出て自室へ戻ろうとしたとき、誰かの声が聞こえた。
「ユーグ様っ! ユーグ様ったら」
振り返ると、やや明るめの赤茶けた髪の女の子が、駆け寄ってきた。
ふんわりとした薄いピンク色のドレスを着た女の子はとても気が強そうな顔をしている。
「ああ、君はレーシェル嬢。僕に何か用かな」
「ユーグ様、私は婚約者でしょう? たまには一緒にお茶をしたいわ。ユーグ様はいつも勉強ばかりで私はつまらない。それに、勉強ばっかりだと体に毒だわ」
「……すまない。これからまた教師がくるんだ」
「もうっ。つまんない!」
レーシェル嬢は頬を膨らませて不満を表したが、師匠はそれ以上何も言うつもりはないようだ。
するとユーグ師匠に似た男の子が、護衛たちを連れてやってきた。
「兄さん、先生たちが待っていたよ。急いで。レーシェル嬢、僕で良かったら一緒にお茶に付き合うよ」
「シュティル様、本当ですか!? 私、中庭でお茶したいわ」
「構わないよ」
レーシェル嬢はシュティル様を見ると先ほどの不満顔は一変し、はにかみながら喜んでいる。
私はその様子を見ていてとても心が痛んだ。
……レーシェル嬢はシュティル様が好きなんだ。
シュティル様はエスコートするようにレーシェル嬢と手をつなぎ、去っていく。
「レーシェル嬢、ではまたね」
ユーグ師匠は去っていく二人にそう話し、部屋に戻った。
ユーグ師匠の部屋は勉強だけにあるかのように、飾り気のない部屋だった。
「ユーグ殿下、お待ちしておりました」
教師がそう言いながら机の横に立っている。
ユーグ師匠はそこから教師に教えを乞い、勉強を始めた。
なんだか私が先生たちに教わっているみたい。
私は師匠に拾われてから勉強を始めたし、魔法のことばかりだったから知識の片寄りは否めない。ちゃんと聞いておこう。
ユーグ師匠は黙々と勉強している。とても真面目で私には考えられないほどだ。
ユーグ師匠が何年も過ごした王宮での出来事は走馬灯のように過ぎ去っていく。
師匠は勉強と公務ばかりで全く遊んでいなかった。それに引き換え、婚約者のレーシェル嬢は師匠の弟であるシュティル様と遊んでばかりいて私の目から見ても嫌な女だった。
もっと自分のことばかりじゃなくてユーグ師匠のことを見てほしい。
こんなに頑張っているのに……。
きっと師匠は弟と婚約者の仲良くする姿を見て傷ついていたはずだ。
私は初恋以前に人同士の交流なんてほとんどなかった。嫌なことをいっぱいされて辛かったけれど、“人間は全て敵だ”なんて思わなかったのは師匠のおかげだろう。
そしてこうやって師匠が生きてきた足跡を追っているおかげで自分が生きてきた以外の人生もあることを知ることができた。
今のところ師匠は何が好みなのかとか、どんなことがやりたいとか全く見えてこない。
勤勉だし、公務も真面目にしている。
ただ、人間味がないというかなんというか、難しい。
師匠が十八歳になり、学院の卒業を間近に控えたある日。
「ユーグ様、少し良いかしら」
「どうしたんだい?」
王宮の執務室でユーグ師匠が執務をしているとレーシェル嬢が部屋に入ってきた。師匠は手を止めて話を聞く態勢になっている。
レーシェル令嬢は殿下の向かいにあるソファへ座り、従者にお茶を淹れるように指示をしている。
「ユーグ様、私、シュティル様をお慕いしております」
「うん」
「お願いがあるのです」
「なにかな?」
「シュティル様に婚約者の変更をしたいのです」
「どうしてかな? 君との婚約は王家との契約だから私に言われても変更はできないと知っているよね」
「ええ、それも知っております。ユーグ様に先に話をしておこうと思いましたの」
「そうか。君の気持ちは理解した」
「ユーグ様ならそう言うと思いましたわ」
レーシェル嬢はあからさまにユーグ師匠を軽んじているような態度で、あまり良い態度ではない。
反対にユーグ師匠は慣れているのか気にする素振りも見せていない。
その姿がレーシェル嬢をさらに苛立たせていたのかもしれない。
ずっとユーグ師匠を見てきた私には言いたいことが山ほどあるけれど、ただ見ているしかできない。
「私が今日伝えたいことはそれだけですわ。ではごきげんよう」
レーシェル嬢はそう言って立ち上がり、振り向くことなく部屋を出ていった。
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