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6ユーグの記憶と目覚め
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夜になり、ユーグ師匠は父である陛下から王族の居住区の中にあるサロンに呼ばれた。
「父上、お呼びでしょうか」
部屋に入ると、既に両親と弟たちが席についていた。
サロンはくつろげるように毛足の長い絨毯が敷かれ、座り心地の良いソファが置かれていた。
「ユーグ、待っていた。そこに座りなさい」
王妃は扇子を握りしめ、とても怒っているようだ。
「ユーグ、レーシェルから聞いたわ。母は許さないわ」
師匠は言われるままにソファへと腰を下ろすと、王妃が口を開いた。
「クリスティア、まず、ユーグの話を聞こうではないか。ユーグ、お前はどうしたい?」
「私は、レーシェル嬢がそう望むのなら、婚約者を変更していただいて構いません」
「……兄さんは本当にそれでいいの? 公爵がシュティル兄さんに付けば王太子の地位を手放す可能性も出てくるってことだよ?」
末弟のマーシュ様は持っていたカップをゆっくりとテーブルに置き、心配そうに会話に加わった。
彼はユーグ師匠をじっと見つめている。
マーシュ様が一番ユーグ師匠を心配しているのかもしれない。
レーシェル嬢の家は複数の鉱山を所有し、財力を盾にここ最近は特に発言力も強まっている。
弟の話から推測すると、彼女が誰に付くかで将来の王が決まる可能性があるようだ。それだけ公爵家の力は強いのだろう。
「ああ、私は構わない。王太子という身分にもこだわりはないからね」
「……ユーグ兄さん……」
マーシュ様は困惑した表情で言葉を詰まらせている。
それを見た陛下は、ゆっくりと息を吐き、思案する。
「ユーグよ、王太子にならなくてもいいのか? お前はずっと頑張ってきただろう?」「レーシェル嬢がシュティルを望んでいるのに無理に私の婚約者に留めるのは彼女にとって不幸でしかないでしょう。彼女がそう望んでいるのなら私は問題ないです」
彼は顔色一つ変えることなく言っている。
ずっと両親の言いつけに従い、勉強や公務に明け暮れてきたのに。
自分から望むということを今まで一つもしたことがないんじゃないのかな。
師匠がこうなってしまったのは周りの大人たちのせい。きっとそうだ。
私はとても腹が立った。
こんなに師匠は頑張っているのに誰も師匠を褒めない、できるのは当たり前だと思っている。
悔しい、歯がゆい。
なんで? ずっと努力してきたのに。
酷い。
私がそう叫んでも誰も気づきはしない。
「駄目よ。王太子の座を退いてしまったら、ユーグは臣下になるということなのよ?」
「母上、私は構いませんよ。私は王を目指していたわけではありません」
「もし婚約者を替えるなら、公爵たち貴族はユーグに問題があるとしてシュティルを王に推すだろう。ユーグはそれでもいいのか?」
「私は悪く言われても構いません」
「ならユーグは公爵ということだな。ユーグには一番良いマルフィート領を与えよう」
「父上待ってよ。そこは僕が貰うって約束だったよね? 絶対に譲らないからねっ」
三番目の弟カイザー様は立ち上がり、大声で主張している。その姿を見た陛下はカイザー様をなだめようとしているのが見えた。
「父上」
陛下の言葉を遮るようにユーグ師匠は声を掛ける。
「ユーグ、なんだ?」
「マルフィート領はカイザーに渡すつもりだと言っていた土地です。カイザーはこれから良き領主となるための勉強を真面目にしていた。そこを取り上げるのは心苦しい」
「ではユーグ、お前はどうしたいのだ?」
「……私は、爵位も領地も興味がありません。そうですね……。今まで生きてきた中で自分が望み、やりたいことなどを考えたこともありませんでした。騎士になるには技量が足りない。ですが、王族特有の豊富な魔力を持っている。魔法使いになってみてもいいかもしれません」
―――
……ここで目が覚めた。
胸が痛み、悔しくて涙が止まらなかった。
涙が止まるまで何度も腕で涙を拭った後、柔らかい布団の温もりに寂しさを覚えながらゆっくりと立ち上がり、ガチャリと窓を開ける。
外は小鳥が囀る時間で少し肌寒かった。
師匠は感情の起伏なく育った。
それは周りの人たちのせいだ。思い出すだけでやるせない思いになる。
私は気持ちを切り替えるように食事の支度を始めた。
両親は忙しく、ずっと勉強ばかりしていたため、師匠は一人で過ごすことが多く、人間味が薄くなったのかな。
私は両親の温かみを辛うじて覚えているけれど、忌み嫌われ、長い時間を一人で過ごしてきた。両親の愛情を受けずに育った師匠はある意味で私と似ているのかもしれない。
食事を終えた私は日課である薬草の手入れを始めた。
師匠からもらったこの家と周辺の森は不思議な魔法がかけられており、一年を通して温暖な気候で害獣も出てこない。
たまに人間たちが魔法使いを目当てにやってくることがある。
「雑草の成長が早いな」
薬草畑に生える雑草を抜き、成長した薬草も芽かきや摘心を一つ一つ丁寧にしていく。
面倒だけどこればっかりは手作業でしている。丁寧な作業ほど植物はちゃんと返してくれるからだ。
薬草の手入れが終わったら次は治療薬の作成に入る。
これは一週間に一度、近くの村の薬師ギルドの者が取りに来る。
もちろん品物を買いに行くときは、念のために帽子を深く被り、髪色も明るい色へと変えていく。
朝までに見た師匠の記憶はしっかりと定着し、私の知識の一部となっている。
文字は最低限だけど師匠に拾われた時に教えてもらったけれど、難しい言葉や自分が住んでいる国以外の話や教養などたくさん知ることが出来たのは感謝しかない。
私は晩御飯を食べた後、また薬を飲み、眠りについた。
「父上、お呼びでしょうか」
部屋に入ると、既に両親と弟たちが席についていた。
サロンはくつろげるように毛足の長い絨毯が敷かれ、座り心地の良いソファが置かれていた。
「ユーグ、待っていた。そこに座りなさい」
王妃は扇子を握りしめ、とても怒っているようだ。
「ユーグ、レーシェルから聞いたわ。母は許さないわ」
師匠は言われるままにソファへと腰を下ろすと、王妃が口を開いた。
「クリスティア、まず、ユーグの話を聞こうではないか。ユーグ、お前はどうしたい?」
「私は、レーシェル嬢がそう望むのなら、婚約者を変更していただいて構いません」
「……兄さんは本当にそれでいいの? 公爵がシュティル兄さんに付けば王太子の地位を手放す可能性も出てくるってことだよ?」
末弟のマーシュ様は持っていたカップをゆっくりとテーブルに置き、心配そうに会話に加わった。
彼はユーグ師匠をじっと見つめている。
マーシュ様が一番ユーグ師匠を心配しているのかもしれない。
レーシェル嬢の家は複数の鉱山を所有し、財力を盾にここ最近は特に発言力も強まっている。
弟の話から推測すると、彼女が誰に付くかで将来の王が決まる可能性があるようだ。それだけ公爵家の力は強いのだろう。
「ああ、私は構わない。王太子という身分にもこだわりはないからね」
「……ユーグ兄さん……」
マーシュ様は困惑した表情で言葉を詰まらせている。
それを見た陛下は、ゆっくりと息を吐き、思案する。
「ユーグよ、王太子にならなくてもいいのか? お前はずっと頑張ってきただろう?」「レーシェル嬢がシュティルを望んでいるのに無理に私の婚約者に留めるのは彼女にとって不幸でしかないでしょう。彼女がそう望んでいるのなら私は問題ないです」
彼は顔色一つ変えることなく言っている。
ずっと両親の言いつけに従い、勉強や公務に明け暮れてきたのに。
自分から望むということを今まで一つもしたことがないんじゃないのかな。
師匠がこうなってしまったのは周りの大人たちのせい。きっとそうだ。
私はとても腹が立った。
こんなに師匠は頑張っているのに誰も師匠を褒めない、できるのは当たり前だと思っている。
悔しい、歯がゆい。
なんで? ずっと努力してきたのに。
酷い。
私がそう叫んでも誰も気づきはしない。
「駄目よ。王太子の座を退いてしまったら、ユーグは臣下になるということなのよ?」
「母上、私は構いませんよ。私は王を目指していたわけではありません」
「もし婚約者を替えるなら、公爵たち貴族はユーグに問題があるとしてシュティルを王に推すだろう。ユーグはそれでもいいのか?」
「私は悪く言われても構いません」
「ならユーグは公爵ということだな。ユーグには一番良いマルフィート領を与えよう」
「父上待ってよ。そこは僕が貰うって約束だったよね? 絶対に譲らないからねっ」
三番目の弟カイザー様は立ち上がり、大声で主張している。その姿を見た陛下はカイザー様をなだめようとしているのが見えた。
「父上」
陛下の言葉を遮るようにユーグ師匠は声を掛ける。
「ユーグ、なんだ?」
「マルフィート領はカイザーに渡すつもりだと言っていた土地です。カイザーはこれから良き領主となるための勉強を真面目にしていた。そこを取り上げるのは心苦しい」
「ではユーグ、お前はどうしたいのだ?」
「……私は、爵位も領地も興味がありません。そうですね……。今まで生きてきた中で自分が望み、やりたいことなどを考えたこともありませんでした。騎士になるには技量が足りない。ですが、王族特有の豊富な魔力を持っている。魔法使いになってみてもいいかもしれません」
―――
……ここで目が覚めた。
胸が痛み、悔しくて涙が止まらなかった。
涙が止まるまで何度も腕で涙を拭った後、柔らかい布団の温もりに寂しさを覚えながらゆっくりと立ち上がり、ガチャリと窓を開ける。
外は小鳥が囀る時間で少し肌寒かった。
師匠は感情の起伏なく育った。
それは周りの人たちのせいだ。思い出すだけでやるせない思いになる。
私は気持ちを切り替えるように食事の支度を始めた。
両親は忙しく、ずっと勉強ばかりしていたため、師匠は一人で過ごすことが多く、人間味が薄くなったのかな。
私は両親の温かみを辛うじて覚えているけれど、忌み嫌われ、長い時間を一人で過ごしてきた。両親の愛情を受けずに育った師匠はある意味で私と似ているのかもしれない。
食事を終えた私は日課である薬草の手入れを始めた。
師匠からもらったこの家と周辺の森は不思議な魔法がかけられており、一年を通して温暖な気候で害獣も出てこない。
たまに人間たちが魔法使いを目当てにやってくることがある。
「雑草の成長が早いな」
薬草畑に生える雑草を抜き、成長した薬草も芽かきや摘心を一つ一つ丁寧にしていく。
面倒だけどこればっかりは手作業でしている。丁寧な作業ほど植物はちゃんと返してくれるからだ。
薬草の手入れが終わったら次は治療薬の作成に入る。
これは一週間に一度、近くの村の薬師ギルドの者が取りに来る。
もちろん品物を買いに行くときは、念のために帽子を深く被り、髪色も明るい色へと変えていく。
朝までに見た師匠の記憶はしっかりと定着し、私の知識の一部となっている。
文字は最低限だけど師匠に拾われた時に教えてもらったけれど、難しい言葉や自分が住んでいる国以外の話や教養などたくさん知ることが出来たのは感謝しかない。
私は晩御飯を食べた後、また薬を飲み、眠りについた。
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