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53.祝福の光

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私はお兄様の前にすばやく進み出て、その場にひざまずいた。
祝福すれば済む話なんだから、ちゃっちゃと祈ってちゃっちゃと終わらせればいいじゃないか。

「マリア!」
お兄様が制止するように私の名を呼んだが、私はそのままうつむき、祈りの形に手を組んだ。

そして、いつものように神へ祈りを捧げようとしたのだが、

「―――あれ?」

私は手を組んだまま、首をかしげた。
何かがおかしい。

祈ろうとすると、体の奥で思考を弾かれるというか、力と祈りが調和しない。
胸の内からわき出るような、神力の流れが感じられないのだ。

これは、つまり!

「お兄様!」
私は振り返り、お兄様に叫んだ。

「聖女の力が使えません!」
「……なぜ嬉しそうなのだ?」

憮然とするお兄様に、私は慌てて表情を引き締めた。

だがしかし!
聖女の力が使えないということは!
ここで私の偽聖女設定が終わったということでは!?

ちょうどその時、通路の向こう側から王妃様に付き従って、リリアや他の侍女達がやって来るのが見えた。
なんというドンピシャのタイミング!
ここですね、ここでリリアが聖女として目覚めるんですね!

そうか、と私は心の中で頷いた。
親友の私が悪役ゼーゼマンに苛められてるのを見て、リリアが聖女として覚醒するという流れか。
真の聖女が覚醒すれば、私は偽聖女の役割から逃れ、ただの伯爵令嬢に戻ってフラグも消える。
そういうことなんですね!

私は立ち上がり、ゼーゼマン親子を見た。
「どうした、聖女というのは偽りか? 祝福はできぬのか?」
嘲りの言葉を受けて、私はフッと勝ち誇った笑みを浮かべた。

そうです、祝福できません!
だって私、聖女じゃないもーん!

私は振り返り、お兄様を見上げた。
お兄様も中央神殿の神官長も、私を聖女だとかふざけたことを言っていたが、今こそ、真実を明らかにさせてもらおうか!
そして、将来の血まみれ殺害エンドフラグから解放させてもらうぞ!

やっと、やっと!
この惨殺エンドフラグから解放される!
長かった……。怖かったよ! 

とにかく、良かった。助かった!
神様ありがとう!
世界のすべてにありがとうーっ!

内心で喜びを爆発させた時、

ピシッ、と何かが壊れるような音がした。

「―――え?」

なになに、まさかコルセットが壊れた?とあせっていると、

「ぅあっ」
体に電流が走ったかと思った。
すさまじい力が体の内から堰を切ったようにあふれ出し、私は思わず声を上げた。

力の奔流が背筋を駆け抜け、全身を貫く。
その勢いに耐えられずに身震いすると、その瞬間、全身からまばゆい光がほとばしった。

「えっ、ええっ!?」

手の平からだけでなく、全身から、金色がかった白光があふれている。
なんで。
これ、この光って、祝福の光?

いやでも、さっきは祝福しようとしてもできなかったのに、なんで今!?

「おお、なんと!」
さっきは単なる興味で私を見ていた貴族達の眼差しが、畏敬に満ちたものに変わっている。
「この光は、これは……」
「文献で読んだぞ、これは聖女の神力による光ではないか?」
「なんと、これが祝福の光か!」

いやそんな、待って。

視界の端に、うやうやしく私に向かって跪礼するリリアや侍女達の姿が映る。
王妃殿下さえ、貴人に対するように、私に膝を折っていた。

ウソでしょ、なんで。
聖女は、リリアのはずなのに!

混乱する私をよそに、お兄様はすっと私の前にひざまずいた。
「聖女マリア」
私の手を取り、お兄様が言った。
「……いと高きところにおわす、聖なる御方。我が命と忠誠をあなたに捧げる」
聖女への誓言とともに、お兄様が私の指先に口づける。

「な、な……」
なにしてんですかお兄様。

「誓いを受けていただけるか?」
私の指に口づけをくり返すお兄様に、私は慌てて言った。
「う、受けます受けます!」
だからちょっと、それ止めてー!

お兄様はくすりと笑うと、立ち上がって私を抱き寄せた。
「わたしの聖女」
耳元でささやかれ、顔に血が上る。

いや、人前、人前だから!
王妃殿下もいらっしゃるから、その辺で!

「……おや、ゼーゼマン侯爵、まだいらしたのか」
お兄様は振り返り、片眉を上げて言った。

ゼーゼマン侯爵は青い顔で、お兄様と私を睨んでいる。
ロッテンマイヤーさんは、胸を押さえ、苦しそうな表情をしていた。

「聖女の祝福をご覧になりたいと、そう仰せでしたな。……それで? 実際にご覧になって、なにか仰りたいことは?」
いや、お兄様……、そういう相手を嬲るような物言いはやめましょうよ……。

「……調子に乗りおって。これで済むと思うな」
憎々しげにゼーゼマン侯爵は吐き捨て、踵を返した。
「ロッテンマイヤー、何をしている! 早く来い!」
侯爵に怒鳴られ、ロッテンマイヤーさんがよろよろと後をついて行く。
なんか明らかに具合悪そうだけど、大丈夫なのかあれは。

「……あの、お兄様、ロッテンマイヤー様は」
「禁術の反動だ」
お兄様が顔をしかめて言った。

「あれは闇の禁術を使っていた。間違いない」
「えっ」
私は驚いてお兄様を見た。

いや、闇の魔術の使い手は、いま現在、王都ではお兄様以外、王宮所属の魔術師しかいないのでは。

「この話は後だ。……確証が得られるまで、誰にも言うな」
私はこくこくと頷いた。
こういうめんどくさそうな陰謀案件は、私はまったくの不得手である。お兄様に丸投げでお願いします!
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