鬼になった義理の妹とふたりきりで甘々同居生活します!

兵藤晴佳

文字の大きさ
31 / 34

女性たちの危機に、鬼たちのリーダーは……。

しおりを挟む
 先に斬りかかったのは咲耶だった。
「刃を交えるのは初めてじゃなかったかな?」
 高々と跳躍したかと思うと、鵺笛の脳天に刀を振り下ろす。
 だが、鵺笛は足元に油でも引いてあるかのように、音もなく、滑らかに退いた。
 大きな空振りに終わった刀を斜め下段に構えて、咲耶はふわりと舞い降りる。
 鮮やかなものだったが、その瞬間、鵺笛が動いたのは俺の目にも分かった。
 咲耶に危険を告げようにも、口が動かない。
 その足が着地する直前を狙って、鵺笛はさっきの咲耶よりも、なお低い姿勢で滑り込んだ。
 横薙ぎに払った手刀が、咲耶の両足を斬り飛ばすかと思われたときだ。
「なるほど、この瞬間を狙うわけだね」
 神主装束の白い服と白い袴が、空中でくるりと一回転する。
 目の前にさらされた鵺笛の背中に向かって、咲耶は逆手に持った刀の切っ先を突き立てにかかる。
 だが、鵺笛は更に、その上を行く手練れだった。
 手刀にしていた掌を突くと、反転して短剣を薙ぎ払ったのだ。
 咲耶は、落ち着き払って囁いた。
「いい手だけど、惜しかったね」
 足を垂直に伸ばしたかと思うと、全身で半月を描いて着地する。
 その背中に突き立てられようとした短剣は、咲耶が振り向きざまに突きつけた杖と牽制しあった。
 咲耶の喉元に、鉤状に曲げられた指が飛ぶ。
「ボクの勝ちだね」
 俺もここで、つぶやく咲耶の勝利を確信した。
 単純極まりない、じゃんけんだ。
 しかも、手はそれぞれ二つしかない。
 刃物と、そうでないものだ。
 いかに鵺笛の手が凶器だとはいえ、真っ向から刀を振り下ろされたら、ひとたまりもない。
 だが、その読みは甘かった。
 手首が、くいと動いただけで短剣は反対側の手へと移動する。
 咲耶が呻いて、斬りつける。
「こんな手品で!」
 降り下ろした刀は、三つ又の短剣に絡め取られた。
 手刀が、杖を叩き折る。
 それでも、咲耶は諦めない。
 髪の毛の中から抜き放った髪留めで、鵺笛の目を突きにかかる。
 そこで初めて、鵺は咆哮した。
「往生際が悪いわ、人間!」
 咲耶の手首を掴んで、軽々と空気投げを食らわせる。
 受け身を取りはしたが、立ち上がることはできなかった。
 巨大な獣が唸り声と共に、のしかかってきたからだ。
 鵺笛が、やれやれといった調子で息をついた。
「では、行け。獣たち……」

 獣たちに襲われたのは、咲耶だけではなかった。
 辛くも鬼たちに勝利を収めようとしていた退魔師たちは、大混乱に陥っていた。
 咲耶が呻く。
大口真神おおくちのまがみ……」
 つまり狼の化物が、群れを成して食らいついてきたのだ。
 どれだけ刀で斬りつけても、すぐに回復してしまう。
 何人も一斉に掛かって、足を残らず斬り飛ばしたとしても、顎だけで食らいついてくる。
 信じられないほどの敏捷さでかわしても、狼は次から次へと現れる。
 たちまちのうちに、退魔師たちは背中合わせに追い詰められる。
 刀を構えて、外向きの円陣をいくつも張る羽目になった。
 だが、事はそれだけでは済まなかった。
 退魔師たちの遥か頭上から、甲高い声を上げて急降下してくるものがあったのだ。

 咲耶は、不安げにつぶやく。
「善知鳥《うとう》……」
 それが何なのかは、咲耶が田舎からこっちへやってきてから聞いたことがある。
 能の謡《うたい》のひとつだ。

 ある旅の僧侶が、「日本の屋根」とも、また地獄にも見立てられる立山連峰にさしかかったとき、ひとりの漁師の亡霊が現れる。
 形見の品を預かって、妻と子に届けた僧侶が供養すると、現れた漁師の亡霊が地獄の辛さを物語るのだ。
 その様が、目の前に展開されていた。

 鉄の色をした翼を持つ鳥が、赤銅色の爪をぎらつかせて、退魔師の頭上から急降下する。
 人の絶叫にも似た鳴き声は、金縛りにかかった身体の奥にも、悪寒と鈍い痛みを走らせる。

 ……「うとう」「やすたか」「ウトウ」「ヤスタカ」と。

 ましてや、 狼たちに押さえつけられているとはいえ、わずかながらも自由の利く身体は、その苦痛に捩じれ、もがき、のたうち回る。
 さらにその爪は、退魔師たちの身体を情け容赦なく抉った。
 色とりどりの神主装束は引き裂かれ、真っ赤な血の色で一様に染まる。
 形勢は、一気に逆転した。
 今まで、息も絶え絶えになりながら戦っていた鬼たちは、俄然、勢いづいた。
 こういうとき、抑えつけられていた者の怒りや憎しみというのは、抑えつけていた者のなかで最も弱い者へと向けられる。
 しかも、この場合は、鬼たちの中に本能として潜む、そして当然の宿命として課されたものが指し示す相手が、すぐ目の前にいた。
 うずくまる羅羽を牽制する、女たちだ。
 むせかえるような色香を放つ、全裸の……。

 鬼たちが雄叫びを挙げて、退魔師の女たちに殺到した。
 女たちは羅羽を背にして囲むと、手に手に武器を持って構える。
 もともとは長い黒髪の中に隠していた簪や針、鎖分銅が、鬼たちへと放たれた。
 だが、逆上し、興奮に身を任せた鬼たちはもう、そんなものは通用しない。
 女たちの武器は、唸りを上げる刃の前に、ひとつ残らず弾き飛ばされた。
 勝ち誇った鬼たちは、自分たちの武器をも投げ出す。
 田舎の神社で見た狒狒神たちのように猛り狂って、女たちへと飛びかかった。
 たちまちのうちに、白く瑞々しい身体は、禍々しく隆起した鬼たちの肉体の下に組み伏せられる。
 最初のうちは歯を食いしばって抵抗していた女たちだったが、とうとう、ひとりが耐え切れずに微かな声を立てた。
「いや……」
 それがきっかけとなって、はりつめた意図が切れたかのように、次から次へと悲鳴が上がっていく。
「やめて!」
「離して!」
 女たちの包囲から解放された羅羽はというと、その場にうずくまったまま、仲間のすることを呆然と見ていた。
 
 その鬼たちを制止したのは、以外にも、鵺笛だった。
「やめろ! 女たちに手を出すな!」
 だが、鬼たちは聞く耳を持たない。
 鵺笛はなおも、鬼たちの大義を説き続ける。
「確かに、人間の女をさらって子を成すのは、鬼が鬼であるためには当たり前のことだ。だが、これは我らの世界を守るための戦いだ!」
 鬼たちの腕力に、女たちはぐったりとして、なすがままにされている。
 鵺笛の口から、唸り声と共に牙が覗いた。
「いかに同胞とはいえ、鬼の誇りを忘れた者に容赦はせん」
 そう言い捨てると、いちばん手前の鬼の首元を掴み上げて、女の身体から引き剥がす。
 双方の顔に浮かんだ恐怖の色など知らないという顔で、鵺笛はきっぱりと告げる。
「掟に従ってもらうぞ」
 本当に、仲間でさえも殺してしまいかねない勢いだった。
 その手には、さっき咲耶に向けて振るった短剣が輝いている。
 鵺笛は、退魔師の女にも告げた。
「おぬしたちは、鬼の世界にここまで足を踏み込んだ。その報いは、受けてもらう」
 狼たちの咆哮と、善知鳥たちの叫喚が響き渡った。

 抵抗する退魔師たちは、ひとり、またひとりと力尽きていく。
 咲耶もまた、大きな狼の足の下に押さえ込まれている。
 鬼たちの狼藉は止んだが、鵺笛の前に、人間は男も女もない。
 目の前でたくさんの人が死へと向かっているというのに、俺はどうすることもできない。
 それが、たまらなく悔しく、忌々しかった。
 身動きもできないまま、そんなことを考えていると、俺の頭の中に浮かび上がった顔があった。

 ……母さんだ。

 だが、絶体絶命の俺を見るその目は、厳しくはあっても優しくはなかった。
 むしろ、叱りつけられているような気さえした。

 ……もうだめだなんて、言い訳しないで。あなたが正しいと思うことをしなさい。

 それは分かっている。
 何かしようと思っても、俺にはできない事情があるのだ。
 そう言いたい俺の気持ちを見透かしたように、母さんは言った。

 ……できない理由よりも、できると信じて行動を起こす根拠よ、大事なのは。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

職業ガチャで外れ職引いたけど、ダンジョン主に拾われて成り上がります

チャビューヘ
ファンタジー
いいね、ブックマークで応援いつもありがとうございます! ある日突然、クラス全員が異世界に召喚された。 この世界では「職業ガチャ」で与えられた職業がすべてを決める。勇者、魔法使い、騎士――次々と強職を引き当てるクラスメイトたち。だが俺、蒼井拓海が引いたのは「情報分析官」。幼馴染の白石美咲は「清掃員」。 戦闘力ゼロ。 「お前らは足手まといだ」「誰もお荷物を抱えたくない」 親友にすら見捨てられ、パーティ編成から弾かれた俺たちは、たった二人で最低難易度ダンジョンに挑むしかなかった。案の定、モンスターに追われ、逃げ惑い――挙句、偶然遭遇したクラスメイトには囮として利用された。 「感謝するぜ、囮として」 嘲笑と共に去っていく彼ら。絶望の中、俺たちは偶然ダンジョンの最深部へ転落する。 そこで出会ったのは、銀髪の美少女ダンジョン主・リリア。 「あなたたち……私のダンジョンで働かない?」 情報分析でダンジョン構造を最適化し、清掃で魔力循環を改善する。気づけば生産効率は30%向上し、俺たちは魔王軍の特別顧問にまで成り上がっていた。 かつて俺たちを見下したクラスメイトたちは、ダンジョン攻略で消耗し、苦しんでいる。 見ろ、これが「外れ職」の本当の力だ――逆転と成り上がり、そして痛快なざまぁ劇が、今始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...