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第二十三計(後) 遠交近攻《えんこうきんこう》…遠くの相手と手を結んで、近くにいる敵を攻めます

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  騎士団からリンド護衛要員が選抜されるということは、待機という名目で城内のディリアを守っている控えの騎士を確保しなければならないということだ。
  すると当然のことながら、ダンジョンの警備は手薄になる。
 既に制圧した層が、攻め上ってくるモンスターたちに再び奪い返されでもしたらと思うと気が気でなかった。
 ダンジョン警備を交代するために城を出ていく騎士たちの馬の尻に乗せてもらって様子を見に行くと、騎士たちの意気軒高なことときたら、連れて帰るのがたいへんなくらいだった。 いちばん下に陣取っているドワーフのドウニも、ハンマーを抱えたまま苦笑いした。
「俺だって好きで地面の底にいるわけじゃあねえってのに……ご苦労なこった」

 ややこしいのが城の中だった。
 帰りの騎士たちと一緒に帰ってみると、城の中庭では、騎士たちが近衛兵たちと睨み合っていた。
 どうやら、城に待機している後詰めの騎士が、武装したまま城内をうろうろしていたらしい。
 それが近衛兵たちの癇に障ったようだった。
 子どもの頃からおよそ仲裁なんてものはやったことがなかったが、それができるのは、この世界の住人ではない僕しかいないようだった。
「騎士団の皆さん、あなた方は待機を命じられているのです。武装を解きなさい!」
 越権行為の指摘が裏切りだの何だのと非難される前に、僕は近衛兵にも言い放つ。
「あなた方も、よくお考えなさい! 誰に忠誠を誓っているのか!」
 こっちへの指摘は、職務怠慢だ。
 近衛兵たちも騎士団も、すごすごとと引き下がった。
 うまくいった。
 『韓非子』で言う、「侵官之害」(官を侵すの害)というヤツだ。
 居眠りしている王様の冠を正した衣の係の越権行為と、それを黙って見ていた冠の係の職務怠慢は、共に罰せられて当然だという理屈である。
 自分で言うのも何だが、国語教師の面目躍如といったところか。

 これがどういう経緯で誰の耳に入ったのか知らないが、この城の居候にすぎない僕に、何だかんだと情報が寄せられるようになった原因であるのは疑いない。
 まず、廊下ですれ違った廷臣のひとりが耳打ちしたのは、こんなことだ。
「リンド殿からディリア様に」
 指の間に押し込まれたのは、小さな板切れだった。
 結構、痛い。
 僕は異世界の文字が読めないので、これはディリアと顔を合わせられる朝礼の後で見せるしかない。
 次の日、ディリアは顔をしかめながら、板切れの上の小さな字を目で追っていたが、やがて、溜息と共に言った。
「オズワルは、しばらく戻ってきません」
 聞けば、リンドが西北の国に帰ったところで、他の国々の野盗たちがリントス王国の国境近くで略奪を始めたのだという。
 その知らせを聞いたオズワルは騎士たちを率いて、国境警備の兵士たちの支援に行ったというのだ。
 だが、僕はおかしな話だと思った。
「そんな大事な報告が、なぜリンド殿を通してディリア様に伝わったのでしょうか?」
 オズワルが直に報告をよこすべきなのだ。
 うんざりしたような顔で、ディリアが答えた。
「オズワルは、ちゃんと伝令を走らせたことでしょう。たぶん、城に着く前に、誰かに邪魔をされたのです」
 もちろん、それは宰相リカルドのことだ。
 リンドも、こうなることを見抜いて使者をよこしたのだろう。
 
 さらに情報をよこしたのは、アンガだった。
 ふらりと中庭に出たとき、声をかけてきた園丁がそれだった。
「オズワル殿からだ」
 聞けば、野盗たちが横行する中で、なぜか安全に他国との間を行き来できる者たちがいるのだという。
 それがどういう連中かは、すぐに見当がついた。
「リカルドの使者だね」
 暗殺者で密偵のアンガは、自嘲気味につぶやいた。
「証拠はない」
 分かった、という曖昧な返事をしておいたが、どういう意味か問いただされることはなかった。
 たぶん、アンガにも分かっているのだ。
 ディリアには知らせないほうがいいということに。
 下手に伝えてしまうと、証拠もないのにリカルドを問い詰めて、逆に面子を潰されかねない。
 でも、知らん顔はできなかった。
 アンガが報告をよこした相手がディリア本人ではなく、僕だということを考えれば、できることはひとつしかなかった。
 僕はその日の夜、屋敷というよりは小屋と言ったほうがいい、リカルドの住まいを訪ねた。
 追及はせずに聞いた話だけを伝えたが、言わんとすることは伝わったらしい。
 こんな一言が返ってきた。
「日ごろから諸国と連絡を取り合っていれば、リンド殿もダンジョンにさらわれたりはしなかったでしょう」
 さらには、悪びれた様子もなく付け加える。
「面倒なことは、このリカルドが引き受けます。ディリア様は君主として、悠然と構えていらっしゃればよいのです」

 それでもこの牽制が効いたのか、国境での野盗たちはぴたりと鳴りを潜めた。
 オズワルも帰ってくることができて騎士団も落ち着いたが、そこはリカルドのやることだから、転んでもタダでは起きなかった。
 国境が安全になった分、周辺の諸国からの使節の往来は増えたが、それには護衛の騎士を同行させなければならない。
 ダンジョン警備の騎士たちはどんどん足りなくなり、しまいには2日も3日も泊まり込みをしなくてはならなくなったのだった。
 当然、そこには事故も起こる。
 疲れ切った騎士たちがつい眠り込んでしまった隙に、ダンジョンに盗掘者が入り込んだのだった。
 朝礼で伝令の騎士からその報告を聞いたオズワルは激昂した。
「おのれリカルド!」
 リカルドの狙いは、騎士団の信用の失墜だったのだ。
 騎士団が捕らえた盗掘者の自供によれば、このダンジョンのあちこちでは貴重な宝石や工芸品、貴金属が発見されるのだという。
 より深い階層の制圧しか考えていなかった僕たちには思いも及ばなかったことだった。
 ただ、ようやく納得できたのは、ドワーフのドウニが自ら最下層の警備を引き受けた理由だ。
「これだったか……」
 フェアリーのポーシャとレプラホーンのハクウは、ほとんど同時にため息をついたものだったが、事はそれでは済まなかった。
 その日の夕方には、地上まで上がってきたドウニは、僕たちの報告に逆上することになる。
「認めん! 絶対に認めんぞ! 他国からの探索など! 騎士団が眠りたいなら寝かせてやれ、このダンジョンはワシが守る!」
 ただ、ひとつだけ、不思議なことがあった。
 なぜ、盗掘者の食指が動くような宝物を、ドウニは懐に入れなかったのかということだ。
 
 宝物の存在が分かった途端、リカルドはそれと引き換えに、他国による探索を認めるよう求めた。
 休養を名目に騎士団をダンジョン警備から遠ざけ、発見された宝物の一部は国庫……つまり、リカルドが自由にできる資金に繰り入れるつもりなのだ。
 本当なら、僕たちも黙って見ているわけにはいかないのだが、敢えて何もしないことにした。
 
 これも三十六計、その「二十三」だ。
 遠交近攻えんこうきんこう…遠くの相手と手を結んで、近くにいる敵を攻める。

 やがて、西北の国のリンドから連絡が届いた。
 これを朝礼でディリアが読み上げると、その場の一同は苦笑した。
 そこには、こう記してあったのだ。
「呪いのかかった宝物が、周辺諸国で出回っている」
 リントス王国を囲む八つの方角のうち、西北を除く国々の経済は大混乱に陥っていた。
 ダンジョンから発掘した宝物のうち、宝石や工芸品は人から人へ渡るうちに、争いごとの種となっていった。
 更には金銀の取引が元で心の病に犯される者が後を絶たず、人々の不和で何事もたちゆかなくなった。
 売り買いされた宝物をめぐる詐欺の訴えは増加し、貴金属の価値が信用を失っていけば、当然、物価は暴騰する。
 リカルドへの警戒を怠らなかった西北の国だけが、高見の見物を決め込むことができたわけだ。
 ディリアと気脈を通じていたリンドの株は、さぞかし上がった事だろう。

 やがて、周辺諸国の探索者はダンジョンから姿を消した。
 リカルドが招いていた使節たちも、国内が混乱していては応じることができない。
 騎士団も護衛の必要がなくなり、再びダンジョンの警備に戻ってきた。
 第22層では、ドウニがにやにや笑っていた。
「この下は、お前さんひとりで降りるがいいや。今度ばかりは、どうも自信がないんでな」
 その言葉の意味は、第23層に下りてみて分かった。
 洞窟を埋め尽くしていたのは、目も眩むばかりの宝物の山だったのだ。
 もともと、そんなものは欲しくもないから、僕はカンテラの灯を照り返す宝物の光を頼りに、洞窟をどこまでもどこまでも進んでいく。
 だが、その終わりにたどり着いたとき、辺りは真っ暗になっていた。
 宝物の輝きは、全て偽物だったのだ。

 後で魔法使いのレシアスと僧侶のロレンに聞いてみたところ、意見は一致していた。
 第23層のモンスターは、呪いのかかった宝物そのものだったのだ。
 ロレンは言った。
「呪いはおそらく、闇エルフのエドマによるものでしょうね」
 レシアスは冷ややかに、ドウニの言葉を解き明かしてみせる。
「宝物の呪いは、第23層から来ていたのだろう。あのドワーフは、それに気付いていたのだ。他の階では呪いに知らん顔ができたが、第23層の呪いには逆らえんと思ったのだろう。食えんドワーフだな」

 第23層の呪いが解けたおかげか、他の国々の騒ぎも収まった。
 ダンジョンから出た宝物は残らずガラクタに変わったが、すでに取引するものはなくなっていたため、実害はなかったらしい。
 それに一役買ったのは、リンドが「リントス王国から」という名目で西北の国からいち早く流した危険情報だったという。
 見かけは幼いが、たいした策士だと言うよりほかはない。
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