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「王太子殿下、少し落ち着いてください」
「そんなに男爵令嬢に入れ込んで、愛妾にでもなさるおつもりですか?」
「王家と言えども公爵家に逆らうのは無謀だと思いますがね」
婚約者であるオードリーを放置してポエナと行動するクロードに、周囲は注意を促した。
古代の禁忌である魅了で心を操られているのでは? と言われたこともある。
けれどもクロードはバルビエ王家に伝わる精神魔術耐性の効果がある護符を身に着けていた。ほかの取り巻き達も高位貴族なのだから護符の装着は当然のことだ。
自分達が正しいのに周囲から非難されていると感じた彼らは、ますますポエナに執着していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──そして魔術学園の卒業パーティ。
クロードは婚約者であるオードリーにドレスもアクセサリーも贈らず、王都の公爵邸までエスコートに向かうこともなく、ポエナと出席した。
彼女に栄えある卒業パーティのパートナーとして選ばれたことが誇らしかった。
バルビエ王国では十八歳で飲酒が許される。パーティで酒を飲んで酩酊したクロードは、心配するオードリーを突き飛ばして婚約破棄を宣言した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
クロードが魔術学園を卒業して、半年が過ぎた。
ポエナは国家動乱罪で処刑されている。
彼女は男爵領で発掘された古代の魔道具で取り巻き達を惑わしていたのだ。その古代魔道具が対象者に与えるのは『魅了』ではなく『酩酊』だった。
魔術学においては『酩酊』も状態異常の一種とされている。
だが『酩酊』を防ぐ護符はなかった。
『酩酊』は『魅了』よりも威力が弱いし自然に回復する。なによりそれがなければ酒宴がつまらなくなる。古代魔道具の制作者は、体調不良が原因で医師に禁酒を命じられた自分のためにこれを作ったらしい。
クロード達は『酩酊』──ほろ酔い気分でポエナと接して舞い上がったのだ。酒場で気が大きくなって、全財産はたいてほかの客に奢るようなものである。
彼女自身に悪意はなく、チヤホヤされるのが楽しかっただけだろう。
しかし、王太子であるクロードのみならず、取り巻きの高位貴族のほとんどが卒業パーティで婚約者達に破棄を告げていた。ポエナの歓心を買うためにクロードを真似たのだ。
貴族子女の婚約は政略的なものだ。
一方的に破られたのでは戦争になってもおかしくはない。ポエナの罪は重かった。
むしろ彼女の裏に伝説の魔王や周辺国の陰謀がなかったことで、バルビエ王国の上層部は胸を撫で下ろしていた。
ちなみに『泥酔』、いわゆる二日酔いを伴うような悪酔いを防ぐ護符はある。
「……オードリー……」
そして今、クロードは公爵邸の前に立っていた。
オードリーは卒業パーティでの婚約破棄による衝撃で記憶を失ったと聞いている。
彼だけでなく、自分に関わったすべての人間のことを忘れてしまったのだと。
(本当だろうか。いや、本当でも嘘でも悪いのは私だ)
魔術学園を卒業して公務や私事での飲酒が日常化して、クロードと取り巻き達はポエナと一緒にいるときの感覚が酩酊しているときと同じだと気づいた。
ポエナといるときの一時的な高揚よりも、元の婚約者と過ごすときの穏やかで優しい時間のほうが自分に必要なのだと気づいた。
元婚約者が別の人間と婚約、結婚するなどして手遅れになっていた人間もいた。
けれど、オードリーは違った。
国王夫妻に散々叱責され、床に額を擦り付けるようにして公爵に謝罪して、今日クロードは公爵邸にやって来た。
手には小さな花束を持っている。
以前オードリーにもらった種を育てたものだ。
(オードリーは許してくれるだろうか。……許してくれなくてもいい。今は一目だけでも顔が見たい)
黒い髪に灰色の瞳の公爵令嬢。
彼女は光を浴びて輝くクロードの金髪が好きだと言ったが、クロードは自分を見つめる彼女の瞳が好きだった。
暗い灰色の中には、すべての色が内包されて揺らめいていた。
クロードは公爵邸の玄関を開けた。
「そんなに男爵令嬢に入れ込んで、愛妾にでもなさるおつもりですか?」
「王家と言えども公爵家に逆らうのは無謀だと思いますがね」
婚約者であるオードリーを放置してポエナと行動するクロードに、周囲は注意を促した。
古代の禁忌である魅了で心を操られているのでは? と言われたこともある。
けれどもクロードはバルビエ王家に伝わる精神魔術耐性の効果がある護符を身に着けていた。ほかの取り巻き達も高位貴族なのだから護符の装着は当然のことだ。
自分達が正しいのに周囲から非難されていると感じた彼らは、ますますポエナに執着していった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──そして魔術学園の卒業パーティ。
クロードは婚約者であるオードリーにドレスもアクセサリーも贈らず、王都の公爵邸までエスコートに向かうこともなく、ポエナと出席した。
彼女に栄えある卒業パーティのパートナーとして選ばれたことが誇らしかった。
バルビエ王国では十八歳で飲酒が許される。パーティで酒を飲んで酩酊したクロードは、心配するオードリーを突き飛ばして婚約破棄を宣言した。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
クロードが魔術学園を卒業して、半年が過ぎた。
ポエナは国家動乱罪で処刑されている。
彼女は男爵領で発掘された古代の魔道具で取り巻き達を惑わしていたのだ。その古代魔道具が対象者に与えるのは『魅了』ではなく『酩酊』だった。
魔術学においては『酩酊』も状態異常の一種とされている。
だが『酩酊』を防ぐ護符はなかった。
『酩酊』は『魅了』よりも威力が弱いし自然に回復する。なによりそれがなければ酒宴がつまらなくなる。古代魔道具の制作者は、体調不良が原因で医師に禁酒を命じられた自分のためにこれを作ったらしい。
クロード達は『酩酊』──ほろ酔い気分でポエナと接して舞い上がったのだ。酒場で気が大きくなって、全財産はたいてほかの客に奢るようなものである。
彼女自身に悪意はなく、チヤホヤされるのが楽しかっただけだろう。
しかし、王太子であるクロードのみならず、取り巻きの高位貴族のほとんどが卒業パーティで婚約者達に破棄を告げていた。ポエナの歓心を買うためにクロードを真似たのだ。
貴族子女の婚約は政略的なものだ。
一方的に破られたのでは戦争になってもおかしくはない。ポエナの罪は重かった。
むしろ彼女の裏に伝説の魔王や周辺国の陰謀がなかったことで、バルビエ王国の上層部は胸を撫で下ろしていた。
ちなみに『泥酔』、いわゆる二日酔いを伴うような悪酔いを防ぐ護符はある。
「……オードリー……」
そして今、クロードは公爵邸の前に立っていた。
オードリーは卒業パーティでの婚約破棄による衝撃で記憶を失ったと聞いている。
彼だけでなく、自分に関わったすべての人間のことを忘れてしまったのだと。
(本当だろうか。いや、本当でも嘘でも悪いのは私だ)
魔術学園を卒業して公務や私事での飲酒が日常化して、クロードと取り巻き達はポエナと一緒にいるときの感覚が酩酊しているときと同じだと気づいた。
ポエナといるときの一時的な高揚よりも、元の婚約者と過ごすときの穏やかで優しい時間のほうが自分に必要なのだと気づいた。
元婚約者が別の人間と婚約、結婚するなどして手遅れになっていた人間もいた。
けれど、オードリーは違った。
国王夫妻に散々叱責され、床に額を擦り付けるようにして公爵に謝罪して、今日クロードは公爵邸にやって来た。
手には小さな花束を持っている。
以前オードリーにもらった種を育てたものだ。
(オードリーは許してくれるだろうか。……許してくれなくてもいい。今は一目だけでも顔が見たい)
黒い髪に灰色の瞳の公爵令嬢。
彼女は光を浴びて輝くクロードの金髪が好きだと言ったが、クロードは自分を見つめる彼女の瞳が好きだった。
暗い灰色の中には、すべての色が内包されて揺らめいていた。
クロードは公爵邸の玄関を開けた。
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