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バルビエ王国の第一王子クロードは、国家動乱罪で処刑されたポエナに惑わされていた自分を恥じて王位継承権を返上した。
繰り上がりで王太子になった第二王子は言う。
「みんな勘違いしてたよね。確かに兄上は真面目で優秀だったけど、オードリー嬢には過ぎた第一王子、じゃなかったんだよ。逆に第一王子には過ぎた婚約者だったんだ。あの『ライアン』だって、オードリー嬢がいなかったら促進魔術を発見したりしてなかったんじゃないかなー? あの灰色の瞳で見つめられて微笑まれると、なんか元気が出てくるんだよね。……え? 初恋? やだなあ、そんなんじゃないよー」
なお、第一王子と第二王子は一歳違いで、三年制の魔術学園の在学期間は二年重なっているのだが、第二王子はポエナの取り巻きに加わってはいなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王位継承権を返上しても、クロードが王族であることに変わりはない。
公式の場に王太子として出席しないだけで、相変わらず公務は多かった。
多忙の合間を縫って、クロードは園芸を始めた。オードリーはもうクロードのために花を用意してはくれない。自分で栽培して飾らなければ、クロードの周辺からオードリーの面影が消えてしまう。
オードリーにもらった種から育てた花を執務室に飾ると、時間が戻ったような気分になる。
窓から忍び込んでくる風が花瓶の花を揺らすと、懐かしい彼女の香りがした。
王妃教育を終えた彼女が、扉を開けて微笑みながらクロードに呼びかけてくるのではないかと思ってしまう。
「……」
魔術学園を卒業して、そろそろ三年が過ぎていた。
先日、オードリーは『ライアン』と結婚したと公爵家から報告があった。
王都での技術供与を終えた『ライアン』は、去年から公爵領で暮らしている。彼は自身の功績で子爵位を得ていたが、領地の授与は辞退していた。オードリーの故郷でもあるし、ふたりは生涯を公爵領で過ごすことだろう。
オードリーの記憶喪失はいまだ回復していないと聞く。
しかし、失ったままの状態で新しい人間関係を築いているようだ。
少しずつ着実に関係を深めているのだろう。あの灰色の瞳で見つめられて微笑まれたら、だれもが彼女を好きになる。
(いつかきっと、彼女は記憶を取り戻す)
クロードはそう信じていた。そう信じるしかなかった。
そうとでも考えていないと、失った存在の大きさに押し潰されそうになるのだ。
オードリーは必ず記憶を取り戻す。クロードを愛していたオードリーが帰ってくる。
(『ライアン』との子どもも引き取る。オードリーの子どもなのだから、実子が生まれても分け隔てなく愛して育てて見せる)
クロードが王位継承権を返上したのは、いつか記憶を取り戻したオードリーを妻に迎えるためだった。
その日がいつ来るのか、そもそも来るのかどうかわからない。
それでもクロードは待ち望んでいた。オードリーを抱き締める日を。灰色の瞳がクロードを見つけて微笑む日を。
魔術学園在学中のクロードは、ポエナという酒に悪酔いしていたようなものだった。悪い悪い酔い方だった。
酔いが醒めた今、彼の中には元婚約者のオードリーに対する愛だけが残っていた。
ポエナを望んだのは自分、すべては自業自得だ。罰を受けるのは仕方がない。
(オードリーの記憶が戻る日を待ち望むのが、神が私に与えた罰なのだろうな……)
この罰は永遠に続くかもしれないと、クロードは気づいていた。
繰り上がりで王太子になった第二王子は言う。
「みんな勘違いしてたよね。確かに兄上は真面目で優秀だったけど、オードリー嬢には過ぎた第一王子、じゃなかったんだよ。逆に第一王子には過ぎた婚約者だったんだ。あの『ライアン』だって、オードリー嬢がいなかったら促進魔術を発見したりしてなかったんじゃないかなー? あの灰色の瞳で見つめられて微笑まれると、なんか元気が出てくるんだよね。……え? 初恋? やだなあ、そんなんじゃないよー」
なお、第一王子と第二王子は一歳違いで、三年制の魔術学園の在学期間は二年重なっているのだが、第二王子はポエナの取り巻きに加わってはいなかった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
王位継承権を返上しても、クロードが王族であることに変わりはない。
公式の場に王太子として出席しないだけで、相変わらず公務は多かった。
多忙の合間を縫って、クロードは園芸を始めた。オードリーはもうクロードのために花を用意してはくれない。自分で栽培して飾らなければ、クロードの周辺からオードリーの面影が消えてしまう。
オードリーにもらった種から育てた花を執務室に飾ると、時間が戻ったような気分になる。
窓から忍び込んでくる風が花瓶の花を揺らすと、懐かしい彼女の香りがした。
王妃教育を終えた彼女が、扉を開けて微笑みながらクロードに呼びかけてくるのではないかと思ってしまう。
「……」
魔術学園を卒業して、そろそろ三年が過ぎていた。
先日、オードリーは『ライアン』と結婚したと公爵家から報告があった。
王都での技術供与を終えた『ライアン』は、去年から公爵領で暮らしている。彼は自身の功績で子爵位を得ていたが、領地の授与は辞退していた。オードリーの故郷でもあるし、ふたりは生涯を公爵領で過ごすことだろう。
オードリーの記憶喪失はいまだ回復していないと聞く。
しかし、失ったままの状態で新しい人間関係を築いているようだ。
少しずつ着実に関係を深めているのだろう。あの灰色の瞳で見つめられて微笑まれたら、だれもが彼女を好きになる。
(いつかきっと、彼女は記憶を取り戻す)
クロードはそう信じていた。そう信じるしかなかった。
そうとでも考えていないと、失った存在の大きさに押し潰されそうになるのだ。
オードリーは必ず記憶を取り戻す。クロードを愛していたオードリーが帰ってくる。
(『ライアン』との子どもも引き取る。オードリーの子どもなのだから、実子が生まれても分け隔てなく愛して育てて見せる)
クロードが王位継承権を返上したのは、いつか記憶を取り戻したオードリーを妻に迎えるためだった。
その日がいつ来るのか、そもそも来るのかどうかわからない。
それでもクロードは待ち望んでいた。オードリーを抱き締める日を。灰色の瞳がクロードを見つけて微笑む日を。
魔術学園在学中のクロードは、ポエナという酒に悪酔いしていたようなものだった。悪い悪い酔い方だった。
酔いが醒めた今、彼の中には元婚約者のオードリーに対する愛だけが残っていた。
ポエナを望んだのは自分、すべては自業自得だ。罰を受けるのは仕方がない。
(オードリーの記憶が戻る日を待ち望むのが、神が私に与えた罰なのだろうな……)
この罰は永遠に続くかもしれないと、クロードは気づいていた。
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