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最終話 侯爵夫人の言い分
「……最初からそうなさっていれば良かったのに」
ミヒャエル元殿下とリューゲ様の顛末を思い出して、私は呟きました。
あるいは元国王陛下がおふたりに厳しく言っていれば、ご自身が神殿に破門されるなんてこともなかったでしょう。
とはいえ、人は自分の血筋に跡を継がせたいと願うものですし、自分の血筋が幸せになることを望むものです。元国王陛下のお気持ちもわからないではありません。ただ問題は、だからと言って他人を犠牲にしても良いわけではないことです。
王太子殿下の婚約者が弱い立場の女性なら、そのまま偽りの花嫁にされていたでしょう。
世の中には自分の子どもを自分が利益を得るための道具としか思っていない方もいらっしゃいますしね。私は理解のある両親で良かったです。
……まあ、ティーカップの破片で自害を仄めかしたことについては、たっぷりお小言をいただきましたけどね。
「でも王太子殿下の喉元に破片を突き付けて脅すよりは良かったですよね? そんなことをしていたら、王家と辺境貴族で全面戦争が始まっていましたわ」
私が言うと、前の席に座っていた旦那様が苦笑しました。
今日は天気が良かったので、領地のフィヒター侯爵邸の中庭でお茶を楽しんでいます。
元王太子殿下と婚約破棄をして、そろそろ三年が過ぎるでしょうか。リューゲ様のお子がご健勝にお育ちだと良いのですが。子どもに罪はありませんものね。
「私は、君が無事で良かったと心から思っているよ。もちろん、こうして結婚出来たこともね」
私の旦那様は先代フィヒター侯爵の長男で、今は爵位を継いで当主となったテオ様です。
本家の私でなく分家のモニカがハイニヒェン辺境伯家を継ぐことについては、いろいろと文句を言う人間もいたのですが、幼いころは学んでいたとはいえ、王太子の婚約者となってからは跡取り教育を受けていなかった私よりも最新の情報を学んでいた彼女のほうが当主に相応しいと思ったのです。
トビアス様も兄のテオ様に似て優秀な方ですけれど、やはり本格的に跡取り教育を受けていたのはテオ様のほうです。最終的に、妃教育で跡取り教育から離れた私と当主の補佐役としての教育を受けていたトビアス様が補佐をして、当主となったテオ様とモニカを盛り立てていくほうが良いだろうという話でまとまりました。
「まあ、今後は自分の命を人質に交渉するような真似はやめてくれると嬉しいかな」
「そうですね。今となって思うと、あのときは『考えておきます』と言って、後で妃教育のために与えられていた王宮の部屋の窓から逃げ出せば良かったのですよね。元殿下のあまりのお言葉に怒りで我を失っておりましたわ」
私の言葉に旦那様が照れくさそうに微笑みます。
「どんな形でも危険なことはしないで欲しいけれど、大暴走の元凶の暴竜の背によじ登る君の姿にひと目惚れした身としては、あまりお説教じみたことは言えないな」
「ふふふ」
ハイニヒェン辺境伯家とフィヒター侯爵家は隣り合っているので、何度か共同で魔獣の大暴走に立ち向かったことがあります。
私は婚約破棄後に縁談が来るまでテオ様を意識したことはなかったのですが、彼は前から私に好意を抱いていて、元王太子殿下との婚約話が出る前に婚約を申し込んでくださっていたのだと言います。
辺境貴族が結びついて力を増すことを恐れた元国王陛下に承認を先延ばしにされた挙句、先代聖王猊下の圧力で却下されたそうですが。
「でも今の私は、戦う君よりも美しい君を知っているからね」
優しく微笑む旦那様の姿に、私の胸に沸き上がる温かいものが真実の愛なのだと思います。
ミヒャエル元殿下とリューゲ様のおこないについては未だに怒りを覚えるときもあるのですけれど、彼らの間にあるものが本当に真実の愛だったのだというのなら、地位も身分も失ったおふたりが真実の愛で支えられていると良いと思うのです。
もちろん私と旦那様は、これからも真実の愛に支えられて生きていくと決まっています。
ミヒャエル元殿下とリューゲ様の顛末を思い出して、私は呟きました。
あるいは元国王陛下がおふたりに厳しく言っていれば、ご自身が神殿に破門されるなんてこともなかったでしょう。
とはいえ、人は自分の血筋に跡を継がせたいと願うものですし、自分の血筋が幸せになることを望むものです。元国王陛下のお気持ちもわからないではありません。ただ問題は、だからと言って他人を犠牲にしても良いわけではないことです。
王太子殿下の婚約者が弱い立場の女性なら、そのまま偽りの花嫁にされていたでしょう。
世の中には自分の子どもを自分が利益を得るための道具としか思っていない方もいらっしゃいますしね。私は理解のある両親で良かったです。
……まあ、ティーカップの破片で自害を仄めかしたことについては、たっぷりお小言をいただきましたけどね。
「でも王太子殿下の喉元に破片を突き付けて脅すよりは良かったですよね? そんなことをしていたら、王家と辺境貴族で全面戦争が始まっていましたわ」
私が言うと、前の席に座っていた旦那様が苦笑しました。
今日は天気が良かったので、領地のフィヒター侯爵邸の中庭でお茶を楽しんでいます。
元王太子殿下と婚約破棄をして、そろそろ三年が過ぎるでしょうか。リューゲ様のお子がご健勝にお育ちだと良いのですが。子どもに罪はありませんものね。
「私は、君が無事で良かったと心から思っているよ。もちろん、こうして結婚出来たこともね」
私の旦那様は先代フィヒター侯爵の長男で、今は爵位を継いで当主となったテオ様です。
本家の私でなく分家のモニカがハイニヒェン辺境伯家を継ぐことについては、いろいろと文句を言う人間もいたのですが、幼いころは学んでいたとはいえ、王太子の婚約者となってからは跡取り教育を受けていなかった私よりも最新の情報を学んでいた彼女のほうが当主に相応しいと思ったのです。
トビアス様も兄のテオ様に似て優秀な方ですけれど、やはり本格的に跡取り教育を受けていたのはテオ様のほうです。最終的に、妃教育で跡取り教育から離れた私と当主の補佐役としての教育を受けていたトビアス様が補佐をして、当主となったテオ様とモニカを盛り立てていくほうが良いだろうという話でまとまりました。
「まあ、今後は自分の命を人質に交渉するような真似はやめてくれると嬉しいかな」
「そうですね。今となって思うと、あのときは『考えておきます』と言って、後で妃教育のために与えられていた王宮の部屋の窓から逃げ出せば良かったのですよね。元殿下のあまりのお言葉に怒りで我を失っておりましたわ」
私の言葉に旦那様が照れくさそうに微笑みます。
「どんな形でも危険なことはしないで欲しいけれど、大暴走の元凶の暴竜の背によじ登る君の姿にひと目惚れした身としては、あまりお説教じみたことは言えないな」
「ふふふ」
ハイニヒェン辺境伯家とフィヒター侯爵家は隣り合っているので、何度か共同で魔獣の大暴走に立ち向かったことがあります。
私は婚約破棄後に縁談が来るまでテオ様を意識したことはなかったのですが、彼は前から私に好意を抱いていて、元王太子殿下との婚約話が出る前に婚約を申し込んでくださっていたのだと言います。
辺境貴族が結びついて力を増すことを恐れた元国王陛下に承認を先延ばしにされた挙句、先代聖王猊下の圧力で却下されたそうですが。
「でも今の私は、戦う君よりも美しい君を知っているからね」
優しく微笑む旦那様の姿に、私の胸に沸き上がる温かいものが真実の愛なのだと思います。
ミヒャエル元殿下とリューゲ様のおこないについては未だに怒りを覚えるときもあるのですけれど、彼らの間にあるものが本当に真実の愛だったのだというのなら、地位も身分も失ったおふたりが真実の愛で支えられていると良いと思うのです。
もちろん私と旦那様は、これからも真実の愛に支えられて生きていくと決まっています。
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