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<蛇足>
弟が、久しぶりに王立魔道技術院から帰ってきた。
「友人が一緒なんだ。お茶の用意をするから、それまで庭を案内してあげてて。薔薇が咲く季節だって言ってただろ」
お茶会に行く以外は暇なので別邸の庭を弄ったりしているのだが、
「今はまだ咲いてなくて蕾ばっかりよ。それよりあなた、お茶は侍女に……」
言いたいことだけ言って弟は去り、後には私と客人が残された。
「突然お邪魔してすみません。……技術院では貴族でも自分でお茶を淹れるので」
苦笑する顔に元夫の面影を見て、私の胸は締めつけられた。
★ ★ ★ ★ ★
「五年前はありがとうございました。侯爵閣下が魔獣を倒された後で私の傷を治療してくださいましたよね。弟の同僚だとは知りませんでしたわ」
彼女が僕を覚えていてくれたことに胸が弾む。
口元が緩まないよう気をつけながら、僕は答えた。
「僕は分家ですし、従兄と違って攻撃系の魔力は持っていなかったので、魔道具の研究をするために王立魔道技術院へ入ったんです。……あなたのお言葉もありましたし」
「私の?」
澄んだ瞳が僕を映す。
まるであのときみたいだ。
「従兄のように魔獣を倒せないことを悲しむ僕に、あなたは言ってくれたんです。人を癒す魔力も大切なものなのだと」
「……伯爵家は魔道具の開発に長けた家です。攻撃系の魔力を使う方々は、結局ご自分の力次第ですから、魔道具の優劣に重きを置いてくださいません。高位のお宅は王家に授かった神具をお持ちですしね。ですがそれ以外、特に回復の魔力を持つ方々は魔道具を必要なものだと認めてくださっていますから」
「はい。弟君の研究をお手伝いさせていただくようになってから、僕はこれまで以上に魔道具の必要性と自分の力の価値を認識しました。侯爵家では僕なんて役立たずのゴミ扱いだったんですよ」
「回復は大切なものです!」
彼女は少しむきになる。
きっと弟君が従兄のために魔道具を作るときにもそう言って、傷を癒す付与効果をつけ加えさせたのだろう。
あの従兄がいつもそれに感謝していたことなんて、絶対伝えはしないけど。
「ありがとうございます。蕾ばかりでもかまいませんので、よろしければ庭を案内していただけませんか?」
「はい。……弟がちゃんとご来訪を教えてくれていたら、合わせて庭を整えておきましたのに」
侯爵なんて身分は名ばかり。
大して税収のない領地を与えられ、食い扶持が欲しければ魔獣を退治しろと命じられる傭兵擬きに過ぎない。
王家や貴族たちに魔獣退治の依頼を受けて国中を飛び回っていた従兄の荒んだ心は、彼女によって整えられた庭の美しさによって癒されたと聞いている。もちろんそれも伝える気はない。
歩きながら、僕たちはいろいろな話をした。
ほとんどは僕が夢中で話していた。だって話したいことがたくさんあるんだ。
男爵家への突撃を咎められて、あの女が王都に入るのを禁じられたこと。ついに分家も家臣も従兄に愛想を尽かして、当主の座を奪うべく動き始めたこと。
……なんてね。
侯爵家の醜聞は話せないから、僕は王立魔道技術院での弟君との日常を語った。
あの色ボケ侯爵の従弟の僕と隔てなくつき合ってくれた伯爵家のご令息に感謝だよ。気づいてない、ってことはないよね?
白い薔薇の前で彼女は足を止めた。
彼女と従兄が白い結婚だったことを僕は知っている。
亡くなった先代侯爵を慕い、母親ほども年齢の違う女の言うなりになっている愚かな従兄に見切りをつけた使用人たちが教えてくれたんだ。従兄が彼女の寝室へ行くと、必ずあの女が邪魔しに行くと。
まあ、そうだろうねえ。
夫の男爵が死んで、息子には絶縁されたんだ。
若い愛人にまで捨てられたんじゃ行くところがない。実家? とっくの昔に見捨てられてるよ。
「あの……侯爵閣下はお元気ですか?」
彼女があの従兄を愛していることを僕は知っている。
「ええ、とても」
だから彼女が嫁いでからは本家へは行かなかった。
「そうですか。……そうですよね、あの方の側にはいつも『真実の愛』があるのですから」
……五年前のあのとき、従兄が彼女にひと目惚れしたことも僕は知っている。
すぐ隣にいたんだ。従兄が僕と同じ瞳で彼女を見ていることに気づかないはずがない。
子どもが母親を求める気持ちなんて、いくつになっても変わらない。
十五歳という年齢で押し殺していた気持ちを性欲に書き換えられて、あの女の奴隷になることを選んだのは従兄本人だ。
自分の妻を家庭教師として送り込んだ先代男爵の思惑はわからない。
侯爵家に恨みがあって復讐を企んだのか、金になればなんでも良かったのか、単にあの女が淫乱で男とみれば股を開いていただけなのか。
先代男爵が妻を愛していなかったことは知っている。先代侯爵からの慰謝料で、嬉々として愛人を囲い始めたんだからね。
歪んだ欲望で首輪をつけられていても人は運命に出会うことができる。
首輪を外さなかったのは自分の勝手だ。
自分で選んだのだから従兄にとっての『真実の愛』はあの女。穢れた手で、自分が捨てた運命を求めることなど許されない。僕が許さない。
魔道具の価値、魔道具作成者の地位は、今どんどん上がっている。
従兄が早過ぎる隠居をさせられた後の侯爵の座に座るのは、僕かもしれない。
それが無理だとしても王立魔道技術院での頑張りは認められている。結婚相手に不自由させることはないだろう。
というか従兄はひとりっ子だし、僕以外に破たん寸前の侯爵家を建て直せる人材は分家にもいないんだよね。
「蕾が膨らんでますね。もうすぐ咲くんじゃないですか?」
「ええ、もうすぐ咲くと思います。……きっと、きっと……」
彼女が初恋の呪縛から解き放たれても、僕は嘘をつき続ける。
従兄の『真実の愛』はあの女なのだと。
この嘘が永遠に暴かれませんように──
「友人が一緒なんだ。お茶の用意をするから、それまで庭を案内してあげてて。薔薇が咲く季節だって言ってただろ」
お茶会に行く以外は暇なので別邸の庭を弄ったりしているのだが、
「今はまだ咲いてなくて蕾ばっかりよ。それよりあなた、お茶は侍女に……」
言いたいことだけ言って弟は去り、後には私と客人が残された。
「突然お邪魔してすみません。……技術院では貴族でも自分でお茶を淹れるので」
苦笑する顔に元夫の面影を見て、私の胸は締めつけられた。
★ ★ ★ ★ ★
「五年前はありがとうございました。侯爵閣下が魔獣を倒された後で私の傷を治療してくださいましたよね。弟の同僚だとは知りませんでしたわ」
彼女が僕を覚えていてくれたことに胸が弾む。
口元が緩まないよう気をつけながら、僕は答えた。
「僕は分家ですし、従兄と違って攻撃系の魔力は持っていなかったので、魔道具の研究をするために王立魔道技術院へ入ったんです。……あなたのお言葉もありましたし」
「私の?」
澄んだ瞳が僕を映す。
まるであのときみたいだ。
「従兄のように魔獣を倒せないことを悲しむ僕に、あなたは言ってくれたんです。人を癒す魔力も大切なものなのだと」
「……伯爵家は魔道具の開発に長けた家です。攻撃系の魔力を使う方々は、結局ご自分の力次第ですから、魔道具の優劣に重きを置いてくださいません。高位のお宅は王家に授かった神具をお持ちですしね。ですがそれ以外、特に回復の魔力を持つ方々は魔道具を必要なものだと認めてくださっていますから」
「はい。弟君の研究をお手伝いさせていただくようになってから、僕はこれまで以上に魔道具の必要性と自分の力の価値を認識しました。侯爵家では僕なんて役立たずのゴミ扱いだったんですよ」
「回復は大切なものです!」
彼女は少しむきになる。
きっと弟君が従兄のために魔道具を作るときにもそう言って、傷を癒す付与効果をつけ加えさせたのだろう。
あの従兄がいつもそれに感謝していたことなんて、絶対伝えはしないけど。
「ありがとうございます。蕾ばかりでもかまいませんので、よろしければ庭を案内していただけませんか?」
「はい。……弟がちゃんとご来訪を教えてくれていたら、合わせて庭を整えておきましたのに」
侯爵なんて身分は名ばかり。
大して税収のない領地を与えられ、食い扶持が欲しければ魔獣を退治しろと命じられる傭兵擬きに過ぎない。
王家や貴族たちに魔獣退治の依頼を受けて国中を飛び回っていた従兄の荒んだ心は、彼女によって整えられた庭の美しさによって癒されたと聞いている。もちろんそれも伝える気はない。
歩きながら、僕たちはいろいろな話をした。
ほとんどは僕が夢中で話していた。だって話したいことがたくさんあるんだ。
男爵家への突撃を咎められて、あの女が王都に入るのを禁じられたこと。ついに分家も家臣も従兄に愛想を尽かして、当主の座を奪うべく動き始めたこと。
……なんてね。
侯爵家の醜聞は話せないから、僕は王立魔道技術院での弟君との日常を語った。
あの色ボケ侯爵の従弟の僕と隔てなくつき合ってくれた伯爵家のご令息に感謝だよ。気づいてない、ってことはないよね?
白い薔薇の前で彼女は足を止めた。
彼女と従兄が白い結婚だったことを僕は知っている。
亡くなった先代侯爵を慕い、母親ほども年齢の違う女の言うなりになっている愚かな従兄に見切りをつけた使用人たちが教えてくれたんだ。従兄が彼女の寝室へ行くと、必ずあの女が邪魔しに行くと。
まあ、そうだろうねえ。
夫の男爵が死んで、息子には絶縁されたんだ。
若い愛人にまで捨てられたんじゃ行くところがない。実家? とっくの昔に見捨てられてるよ。
「あの……侯爵閣下はお元気ですか?」
彼女があの従兄を愛していることを僕は知っている。
「ええ、とても」
だから彼女が嫁いでからは本家へは行かなかった。
「そうですか。……そうですよね、あの方の側にはいつも『真実の愛』があるのですから」
……五年前のあのとき、従兄が彼女にひと目惚れしたことも僕は知っている。
すぐ隣にいたんだ。従兄が僕と同じ瞳で彼女を見ていることに気づかないはずがない。
子どもが母親を求める気持ちなんて、いくつになっても変わらない。
十五歳という年齢で押し殺していた気持ちを性欲に書き換えられて、あの女の奴隷になることを選んだのは従兄本人だ。
自分の妻を家庭教師として送り込んだ先代男爵の思惑はわからない。
侯爵家に恨みがあって復讐を企んだのか、金になればなんでも良かったのか、単にあの女が淫乱で男とみれば股を開いていただけなのか。
先代男爵が妻を愛していなかったことは知っている。先代侯爵からの慰謝料で、嬉々として愛人を囲い始めたんだからね。
歪んだ欲望で首輪をつけられていても人は運命に出会うことができる。
首輪を外さなかったのは自分の勝手だ。
自分で選んだのだから従兄にとっての『真実の愛』はあの女。穢れた手で、自分が捨てた運命を求めることなど許されない。僕が許さない。
魔道具の価値、魔道具作成者の地位は、今どんどん上がっている。
従兄が早過ぎる隠居をさせられた後の侯爵の座に座るのは、僕かもしれない。
それが無理だとしても王立魔道技術院での頑張りは認められている。結婚相手に不自由させることはないだろう。
というか従兄はひとりっ子だし、僕以外に破たん寸前の侯爵家を建て直せる人材は分家にもいないんだよね。
「蕾が膨らんでますね。もうすぐ咲くんじゃないですか?」
「ええ、もうすぐ咲くと思います。……きっと、きっと……」
彼女が初恋の呪縛から解き放たれても、僕は嘘をつき続ける。
従兄の『真実の愛』はあの女なのだと。
この嘘が永遠に暴かれませんように──
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