この幻が消えるまで

豆狸

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<残影>

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 アンリ、驚いた? アタシに会えて嬉しいでしょ。
 浮気しちゃってゴメンね?
 でもお金なかったんだもん! アンリに飽きられたのかと思ってたら、あの従者がネコババしてたんだってね。
 酷い男! あんなヤツにヤらせるんじゃなかった!

 アタシがここにいるのはね、クレール様のおかげなんだ。
 クレール様はアンリを愛しているから、本当に好きな相手と幸せになってほしいんだって。
 あーあの日は驚いたよ。ヤらなくてもアンリの手紙ひとつで金貨くれてた伯爵様が、部下と一緒に従者の死体持って殺しに来たんだもん!
 クレール様とその家臣が幻術を使って助けてくれたんだよ!

 どうしたの、アンリ。心配しなくてもいいんだよ。
 アンリとアンリの家族以外には、アタシはクレール様に見えてるから。
 大丈夫。公爵様も知ってて許してくれてるの。
 王太子妃とか緊張するけど、お金がいくらでも使えるんだよね?
 嬉しいなあ。アンリにもらったお金はたくさんだったけど、買い物したり友達に奢ったりしたらすぐ無くなっちゃったんだよね。

 今夜はいっぱいイイコトしてあげる!
 アンリが来なかった間にいろいろ覚えたんだよ。
 あ、でもクレール様のところにいた間は、貞節っていうの? 守ってたよ。
 カッコいい衛兵口説いてたら怒られちゃった、エヘ。

 ……どうしたの、アンリ。なんでそんな悲しそうな顔してんの?

★ ★ ★ ★ ★

 花嫁の姿がメプリに見えるのは、彼女が小声で教えてくれた通り私とその血縁者だけのようだ。
 ヴェールを上げた顔を見て、父である国王と母である王妃が愕然としている。
 招待席のルグラン公爵は、今にも腹を抱えて笑い出しそうな顔だ。

 メプリを始末することは出来ない。ほかの人間にはクレールに見えているのだから。
 もし殺した瞬間本当の顔に戻ったとしても、王家がクレールを始末して身代わりを立てていたのだと思われることだろう。
 いや、そもそもメプリをクレールに見せかけているこの幻術はいつまで続くのか。メプリを公務に出さなければ、娘はどうしたのだとルグラン公爵が問いただしてくるに違いない。

 ……クレールは、幻ですら私に見せてくれないのか。
 彼女の笑顔が思い出せない。
 あの日図書室の禁書庫で婚約解消が決まったと告げていたら、彼女は笑顔を見せてくれていたのだろうか。今ではもう遠い昔、私に名前を呼ばれて微笑んでくれたときと同じように。

★ ★ ★ ★ ★

 王妃様のことですか?
 ええ! ええ! とてもお可哀相な方なのです。
 魔術学園時代に浮気なさった国王陛下……当時は王太子殿下であらせられましたが……を責めたら、頭がおかしいと罵られて、それでもこの王国のため婚約解消を許されなかったのですから! 正直なところ、ルグラン公爵に見捨てられてしまったら、この王国は滅びてしまいますものね。
 ご結婚後も殿下のお心は浮気相手にあったようですわ。
 いいえ、殿下がご即位なさってもなお!

 お可哀相な王妃様は陛下を責めるのではなく、ご自分が変わろうとなさったのです。
 ご自分が浮気相手だと思い込むことで!
 私は最近お仕えし始めたばかりなので詳しくは存じませんが、ご結婚なさった当初からおかしな振る舞いがおありだったと聞きます。長年教育を受けて来られたはずなのに、少しも公務を果たせなかったとか。
 王妃様は心から陛下を愛していらっしゃったのでしょう。愛しているからこそ、陛下のお幸せのために陛下が愛している方と結ばれて欲しいとお望みになられたのでしょう。
 だからって、ご自分があんな淫売だなんて思い込まれなくても!

 え? 本当に浮気相手ではないのか? ですって?
 浮気相手の姿を幻術でクレール王妃に見せかけているのではないか? だなんて!
 随分面白いことをおっしゃいますのね。
 おふたりがご結婚なさって何年経つとお思いですの。
 そんなに長続きする幻術を使える人間がいるわけないじゃないですか。

 だれかのことを心から思えば魔術(※幻術は魔術の一種である)の威力は上がる、ですか?
 もしそうだとしたら、自由都市にあるダンジョンの浄化の水晶でも持ってくれば王妃様にかけられた幻術を解けるかもしれませんわね。おふたりがご結婚なさった年に、どなたかがドラゴンを倒して手に入れたともお聞きしておりますが……本当のところはどうなのでしょうね?
 自由都市と言えば、あちらに移転されたラクロワ商会の会頭ってお美しい方でしたわよね。ガマガエルのようだと噂されていたのはなんだったのでしょう?
 まさかあの方が呪われていて、浄化の水晶で呪いが解かれたのだったり……ふふふ、冗談ですわ。横道に逸れて申し訳ございませんでした。

 もう話はよろしいのですか?
 お可哀相と言いながら楽しそうだった、ですか?
 それは……まあ、他人の不幸は蜜の味と申しますので。
 うふふ、冗談でございますわ。
 あら、お礼だなんて。こんなに美しい宝石を戴いてよろしいのでしょうか?
 本当に美しい……なんだか瞳が吸い込まれていきそうな、妙に心がざわめくような……
 ありがとうございます、メルシエ伯爵。

★ ★ ★ ★ ★

 ──その王国は突然国王夫婦を喪った。
 まだ子どももいない若い夫婦だった。
 死因は病気ではない、事故でもない。侍女が持っていたある宝石のせいで呪われたとも言われているが、真実はわからない。

 王国は混乱に陥った。
 しかし幸いなことに、国王が即位前愛人に産ませていた庶子が見つかった。
 母親の身分が低いのが問題だったものの、ある伯爵が後ろ盾になってその子を即位させた。王家の血筋だという証拠は、国王が愛人に送った恋文だったという。

 王国に忠誠を誓っていた公爵家はその庶子の即位を認めず、爵位を返上して国を去った。
 ダンジョンのある自由都市へ移住したともいうが、その行方は定かではない。
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