52 / 60
幕間 竜王の白日夢①
しおりを挟む
竜人族の番は必ず見つかるというものではない。
ニコラオスの両親である竜王夫婦も番ではなかった。
だからこそニコラオスが巨竜化出来るとわかったとき、ふたりはとても喜んだのだという。番でない上に巨竜化出来る子どもを授かれなかったら、たちまち父のもとへ側室が送りつけられていたに違いない。
巨竜化は暴走を引き起こすと恐れられているが、竜人族の頂点に立つ竜王が巨竜化出来ないと、それはそれで問題になる。
どんなに勇ましい竜人族の兵士でも、カサヴェテス竜王国で飽きることなく繰り返される魔物の大暴走に立ち向かうとき、主君である竜王が巨竜化出来ないとあっては不安になってしまう。
巨竜化出来る竜王がいるからこそ、自分が生き延びられなくても竜王が大暴走を収めて故郷の大切な人々を守ってくれると信じられるのだ。他国へ出稼ぎに行く傭兵はさらにその意識が強い。仕事で余所を守っている間に、祖国が焼け野原と化していたのでは笑えもしない。
ニコラオスが巨竜化出来たことは、本人以外には幸運なことだった。
いや、いざというとき暴走した従兄に止めを刺すという使命を背負わされた大公家長男のソティリオスにとっても、あまり幸運なことではなかったかもしれない。
かといってニコラオスが巨竜化出来なければ、巨竜化出来て王家の傍系であるソティリオスが竜王となる。それも彼には不幸なことだっただろう。正当な血筋の従兄を差し置いて竜王になるなんて、野心のない男にとっては災難でしかない。
両親が喜んでくれるのは嬉しかったが、ニコラオスは巨竜化することが恐ろしくてならなかった。
暴走して自分が自分でなくなって、大切な愛する民を手にかけ、守るべきカサヴェテス竜王国を焼け野原にしてしまう──そんな悪夢を何度も見た。
カサヴェテス竜王国では他国よりも高い頻度で大暴走が発生する。前の大暴走で疲れた父の代わりに収束に飛び立つたび、ニコラオスの心には恐怖が降り積もっていった。いつか悪夢が現実になるような気がした。
やがて父が暴走し、その父に止めを刺した母が自害して、ニコラオスは竜王に即位した。
即位の式に訪れて祝福をしてくれた精霊王に、ニコラオスは助けを求めたかった。
だが、なにも言えなかった。言えるはずがない。
……怖い。暴走するのが怖い。
巨竜化したくない。だけど竜王として大暴走を収めるためには巨竜化しなくてはならない。
竜王になどなりたくない。
そんなこと言えるはずがない。
ニコラオスの背後に控えるソティリオスだって、暴走の恐怖と戦いながらも主君である自分のために巨竜化してくれているのだ。
従弟は自分より酷い状況だった。暴走したニコラオスに止めを刺す役目を持つ彼は、自分が暴走したときに止めを刺してくれる存在がいない。暴走してもソティリオスがいてくれると思えるニコラオスと違って、彼は絶対に暴走出来ないのだ。
……番と会いたい。
ニコラオスは即位を祝いに来てくれた精霊王に、助けの代わりに願いを告げた。番さえいれば暴走することはないと思ったからだ。
精霊王の中の番という存在は、竜人族が思うほど神秘的な運命の相手ではない。愛し愛され結ばれた相手が番だった。
黒い巨狼が人間のように苦笑しながら、ニコラオスが番と会えるよう祈っておこう、と言ってくれて一年後、ニコラオスはメンダシウム男爵領で発生した大暴走の収束の援軍に向かい、サギニと会った。
ニコラオスの両親である竜王夫婦も番ではなかった。
だからこそニコラオスが巨竜化出来るとわかったとき、ふたりはとても喜んだのだという。番でない上に巨竜化出来る子どもを授かれなかったら、たちまち父のもとへ側室が送りつけられていたに違いない。
巨竜化は暴走を引き起こすと恐れられているが、竜人族の頂点に立つ竜王が巨竜化出来ないと、それはそれで問題になる。
どんなに勇ましい竜人族の兵士でも、カサヴェテス竜王国で飽きることなく繰り返される魔物の大暴走に立ち向かうとき、主君である竜王が巨竜化出来ないとあっては不安になってしまう。
巨竜化出来る竜王がいるからこそ、自分が生き延びられなくても竜王が大暴走を収めて故郷の大切な人々を守ってくれると信じられるのだ。他国へ出稼ぎに行く傭兵はさらにその意識が強い。仕事で余所を守っている間に、祖国が焼け野原と化していたのでは笑えもしない。
ニコラオスが巨竜化出来たことは、本人以外には幸運なことだった。
いや、いざというとき暴走した従兄に止めを刺すという使命を背負わされた大公家長男のソティリオスにとっても、あまり幸運なことではなかったかもしれない。
かといってニコラオスが巨竜化出来なければ、巨竜化出来て王家の傍系であるソティリオスが竜王となる。それも彼には不幸なことだっただろう。正当な血筋の従兄を差し置いて竜王になるなんて、野心のない男にとっては災難でしかない。
両親が喜んでくれるのは嬉しかったが、ニコラオスは巨竜化することが恐ろしくてならなかった。
暴走して自分が自分でなくなって、大切な愛する民を手にかけ、守るべきカサヴェテス竜王国を焼け野原にしてしまう──そんな悪夢を何度も見た。
カサヴェテス竜王国では他国よりも高い頻度で大暴走が発生する。前の大暴走で疲れた父の代わりに収束に飛び立つたび、ニコラオスの心には恐怖が降り積もっていった。いつか悪夢が現実になるような気がした。
やがて父が暴走し、その父に止めを刺した母が自害して、ニコラオスは竜王に即位した。
即位の式に訪れて祝福をしてくれた精霊王に、ニコラオスは助けを求めたかった。
だが、なにも言えなかった。言えるはずがない。
……怖い。暴走するのが怖い。
巨竜化したくない。だけど竜王として大暴走を収めるためには巨竜化しなくてはならない。
竜王になどなりたくない。
そんなこと言えるはずがない。
ニコラオスの背後に控えるソティリオスだって、暴走の恐怖と戦いながらも主君である自分のために巨竜化してくれているのだ。
従弟は自分より酷い状況だった。暴走したニコラオスに止めを刺す役目を持つ彼は、自分が暴走したときに止めを刺してくれる存在がいない。暴走してもソティリオスがいてくれると思えるニコラオスと違って、彼は絶対に暴走出来ないのだ。
……番と会いたい。
ニコラオスは即位を祝いに来てくれた精霊王に、助けの代わりに願いを告げた。番さえいれば暴走することはないと思ったからだ。
精霊王の中の番という存在は、竜人族が思うほど神秘的な運命の相手ではない。愛し愛され結ばれた相手が番だった。
黒い巨狼が人間のように苦笑しながら、ニコラオスが番と会えるよう祈っておこう、と言ってくれて一年後、ニコラオスはメンダシウム男爵領で発生した大暴走の収束の援軍に向かい、サギニと会った。
242
あなたにおすすめの小説
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
あなたの運命になりたかった
夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。
コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。
※一話あたりの文字数がとても少ないです。
※小説家になろう様にも投稿しています
竜王の花嫁は番じゃない。
豆狸
恋愛
「……だから申し上げましたのに。私は貴方の番(つがい)などではないと。私はなんの衝動も感じていないと。私には……愛する婚約者がいるのだと……」
シンシアの瞳に涙はない。もう涸れ果ててしまっているのだ。
──番じゃないと叫んでも聞いてもらえなかった花嫁の話です。
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
貴方の運命になれなくて
豆狸
恋愛
運命の相手を見つめ続ける王太子ヨアニスの姿に、彼の婚約者であるスクリヴァ公爵令嬢リディアは身を引くことを決めた。
ところが婚約を解消した後で、ヨアニスの運命の相手プセマが毒に倒れ──
「……君がそんなに私を愛していたとは知らなかったよ」
「え?」
「プセマは毒で死んだよ。ああ、驚いたような顔をしなくてもいい。君は知っていたんだろう? プセマに毒を飲ませたのは君なんだから!」
【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ
・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。
アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。
『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』
そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。
傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。
アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。
捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。
--注意--
こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。
一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。
二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪
※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。
※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。
婚約者に愛する人が出来たので、身を引く事にしました
Blue
恋愛
幼い頃から家族ぐるみで仲が良かったサーラとトンマーゾ。彼が学園に通うようになってしばらくして、彼から告白されて婚約者になった。サーラも彼を好きだと自覚してからは、穏やかに付き合いを続けていたのだが、そんな幸せは壊れてしまう事になる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる