あの日、私は死んだのでしょう?

豆狸

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第三話 葬儀の後の彼

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 神殿から出て帰路に就いたピエールは、当てが外れて落ち込んでいた。
 あの家はエリザベトの持ち家だと思っていたのだ。
 妻の持ち家なら遺産として夫に相続される。中隊長補佐だった先輩が遺した、リュゼが今子どもと暮らしている家のほうが大きくて作りが良いので、ピエールはエリザベトの家を売ってリュゼと同居するつもりだったのだ。

 だからといって、ピエールがエリザベトの死を望んでいたわけではない。
 リュゼと関係を持ったのもエリザベトがいなくなってからだ。
 最初は本当に、尊敬する先輩の遺族が心配なだけだった。

 ただリュゼはあまりにも魅力的過ぎたのだ。
 刺しゅうくらいしか特徴のない地味なエリザベトとは比べものにならない。
 小隊に配置されてからの相棒がエリザベトの父親でなかったら、ピエールは彼女を選びはしなかった。

(押し付けられたようなものだったんだ……)

 妻を早くに亡くしたエリザベトの父親は、危険な仕事で明日の知れない自分の死後、娘がどうなるのかをいつも心配していた。
 伯母が大きな商会の会頭だからといって頼ってばかりではいられない。
 ピエールは見回りの後で何度も家へ招かれて、エリザベトの料理をご馳走になった。ついでだから、と父親のぶんと一緒に服を洗濯してもらうこともあった。

(エリザベトを妻にしたかったんじゃなくて、あのときの僕は家政婦が欲しかっただけだったんだ。それをみんなに煽られて……)

 結婚式のとき、まだ強盗団の調査前で元気だった先輩にも祝福してもらったことを思い出す。
 子どもも生まれたばかりで、先輩は幸せの絶頂のはずだった。
 それからすぐに変装して裏社会で強盗団の調査をする任務に就いたのは、子どもの将来を案じたからだったのか。危険な任務はそれだけ収入も高くなるし、出世の糸口にもなる。

(とはいえ……)

 先輩が健在だったなら、リュゼはピエールの気持ちに応えてはくれなかっただろう。
 それに危険な衛兵という職は結婚相手としてあまり人気がない。
 捕まった犯罪者が逆恨みして、衛兵の家族を襲うこともあるのだ。

 事件が起こっていなくても治安を維持するために日夜見回りをしていて多忙だし、先日の豪雨のようなときは住民の避難を誘導するときもある。
 エリザベトの父親は避難誘導の最中に興奮した住民に突き飛ばされ、頭を打って亡くなった。
 豪雨の後で壊れた橋の修理を監視していて、立っていた橋板が抜けて流された衛兵もいる。

 ピエールの上司の小隊長もまだ独身だ。
 小隊長に登り詰めるほど活躍して、働きを認められて国から騎士爵を授かっていても独身だ。
 彼だけでなく、生涯独身の衛兵は多い。明日をも知れぬ危険な仕事だからと、刹那的に恋愛を楽しむものもいるし、大切に思う相手だからこそ巻き込めないと身を引いたものもいるようだ。

 家があって自分で稼げて、父親の影響で衛兵の仕事の不条理さにも慣れているエリザベトは、条件だけ見れば良い女だった。玉の輿を期待された母親が学園の卒業生だからか、平民の娘としては言葉遣いも綺麗だった。
 ピエールは彼女の紫がかった青い瞳を思い出す。
 父親の死を嘆くエリザベトの濡れた瞳が、とても輝いて見えたことも。

(でもつまらない、面白みのない女だったんだよなー)

 エリザベトが好んでいた紫陽花の良さもピエールにはわからなかった。
 ピエールの服には刺しゅうしないでくれと告げると、悲しそうにしていた。
 彼女の父親は私物に刺しゅうされた紫陽花を自慢して、これを見ると娘が生まれた日のことを思い出すと良く話していたものだ。

 雨と河は不幸ばかりでなく、王都に恵みももたらしてきた。豪雨と河の流れは王都周辺の農地を肥やし、王都の住民に不自由のない食生活を与えてくれている。

 それに少々言葉遣いが綺麗だからといって、エリザベトは貴族令嬢というわけではない。
 この地区の中隊長の妻のように貴族家の当主で、婿を自由にさせてくれていたのではないのだ。
 食事を作ってくれたり服を用意してくれたり、一緒に出かけたときに奢ってくれたりしたことはあるが、エリザベトはピエールに小遣いまではくれなかった。副隊長としての給料をリュゼに貢いでいたので、今のピエールには貯蓄もなかった。

(まあ、これから頑張れば良いか)

 エリザベトの葬儀を決めたとき、ピエールはリュゼに求婚をしていた。
 さすがに喪が明けてからにしたほうが良いと言われたものの、彼女はその魅力的な肢体でピエールを受け入れてくれた。
 体面があるから再婚するまで同居は出来ないが、元妻の家を売った金は共有財産にして自分が管理するとも言ってくれた。

(しばらくは衛兵隊詰所に隣接された宿舎で暮らそう。それで生活費が浮く。ああ、それにエリザベトが神殿に預けていた個人財産があるんじゃないかな?)

 そちらはエリザベトの名義で間違いないから、伯母には口出し出来ないはずだ。

(優しいリュゼは、姪を亡くした可哀相な小母さんを気遣ってあげてねと言ってくれていたのに、僕を追い出すなんて莫迦な女だ)

 ピエールは、相続したエリザベトの個人財産で贈り物をしたときのリュゼと彼女の子どもの喜ぶ顔を想像して、口元を緩ませた。
 リュゼは薔薇だった。
 美しくあでやかで魅力的な大輪の薔薇だ。先輩との過去があったってかまわないと、ピエールは心の中で叫んだ。

(もうエリザベトはいない。僕はリュゼを愛していいんだ。僕は自由なんだ!)

 これからエリザベトと暮らしていた家へ戻って荷物をまとめるという面倒な行為も、リュゼとの未来を思えば苦には感じなかった。
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