そして、彼女は微笑んだ。

豆狸

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第四話 俺が彼女に望むこと

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 我が国、デュカキス王国は獣人の国だ。
 さまざまな種族の獣人が、獣の特徴を持たないヒト族に勝る身体能力を武器に農業を中心とした産業に携わって暮らしている。
 体が頑丈な反面、頭のほうがちょっと……なのはこれからの課題だ。なんでも腕力で解決出来ると自信を持っているせいで、お人好しで騙されやすい国民性なのである。

 デュカキス王国の王家は狼獣人の血筋だ。
 国教である月の女神様の加護を一番強く持つ一族だからと言われている。
 たくさんの兄弟姉妹の中から俺が国王に選ばれたのは、長男だからってわけじゃない。瞳の銀色が一番月の色に近くて、七歳のときの満月の大祭で月光が俺に降り注いだからだ。黒い髪も夜の色だと尊ばれている。

 そんなわけで、親父が元気なのにも関わらず俺は成人と同時に即位した。
 月の女神様の加護が強い国王に治められればデュカキス王国はさらに繁栄するだろうと、民がそれを望んだのだ。
 でも世の中、そう上手く行くもんじゃない。若く未熟な国王の手探りな政策の合間を縫って魔の手が忍び込んできた。──隣国アントニュー王国の麻薬組織だ。

 お人好しで騙されやすい民は、親し気に近寄ってくるヒト族の口車にまんまと乗って麻薬に溺れ廃人になっていった。
 どんどん効き目の強い麻薬を求めて死に至るもの、麻薬を買う金のために自分を、あるいは家族を違法奴隷市場に売り払うもの、デュカキス王国は少しずつ狂っていった。父が現役でも悪い流れを堰き止めることは無理だったとみなに言われたが、俺にはそうとは思えなかった。すべて俺のせいだ。
 どんな対策も後手後手に終わった。元凶は隣国にいたのだ。

 アントニュー王国の男爵家が麻薬組織の後ろにいることは、隣国侯爵家との共同捜査で割と早くから予想されていた。侯爵家は、両国の国境に面した自領を行き来する麻薬組織の存在を心底嫌悪していた。
 しかし、そこからが進まなかった。
 男爵家は娘をアントニュー王国の国王の愛妾として差し出すことで、捜査情報を得ると同時に国王の思考を誘導したのだ。王妃の説得で国王が愛妾から距離を置くようになると、今度は次の娘が王太子に擦り寄った。

 麻薬組織の家なんかに生まれたことは同情するが、そこで家を正すのではなく悪事に関わり利益を享受すると決めたのはあのふたり自身だ。
 若い娘に熱を上げる父親のことは非難していたくせに、王太子も自分に婚約者がいることなど忘れたかのように男爵令嬢クレマラの虜になった。蛙の子は蛙というヤツか。
 もしかしたら色仕掛けだけではなく、ふたりにも密かに麻薬が盛られていたのかもしれないけれど、すべてはさっさと捜査して悪の根源をっていれば良かっただけの話だ。

 アントニュー王国の王太子が隣国の王侯貴族が通う学園を卒業して、男爵令嬢との関係が離れたことで、やっと麻薬組織を捕らえ男爵家の喉元に刃を当てることが出来た。
 王太子からの情報流出が軽減されたからだ。
 他人を苦しめるのが大好きな男爵令嬢クレマラが、王太子に侯爵令嬢との婚約を破棄させたおかげもあるだろう。そのまま王太子の新しい婚約者に納まるつもりだったのだろうが、さすがにそこまで美味い話はなかった。

 そして──なぜか俺、デュカキス王国国王テオドロスと王太子に婚約を破棄された侯爵令嬢エウドクシアの縁談が持ち上がった。

 感情的にはアントニュー王国なんか滅びちまえ、ってとこだったんだが、共同捜査の件が無くても侯爵家のことは認めている。
 国王が愛妾の手練手管のせいで腑抜けになっていても隣国が持ち堪えていたのは、侯爵の力があったからだ。王妃だけでは無理だったろう、王太子も途中で阿呆になったし。
 あの家が隣国の巻き添えになるのは惜しい。

 そもそもアントニュー王国が滅びても、それですべてが消え去るわけではない。
 大陸各地に散らばった麻薬組織の末端と、組織と足並みを揃えて発展してきた違法奴隷市場の人間が喜々として隣国の跡地へ集まって悪事に耽るだろう。
 うちの国の横に妙な地域が生じるのは真っ平だ。これまでの罪は真っ当な国になることで償え。

 それに……まあ、うん。次の満月の大祭で俺は二十七歳になる。
 月の女神様が結び合わせてくれるという運命のつがいを夢見る年じゃない。
 というか、前回の十七歳の大祭で巡り合えなかった時点で諦めるべきだったんだよな、俺は国王なんだし。でも俺には兄弟姉妹がたくさんいるから、いざとなったら甥や姪を養子にもらうってことでつがいとの出会いを待っても……いやいや、三十近い男がなに甘えてんだ。

 王太子の元婚約者の侯爵令嬢エウドクシアは優秀な少女だという。
 学園での成績が上位なのはもちろんとして、王宮でも慣れない公務に尽力していた。どちらも申し分のない結果を出している。
 ただひとつの問題は、今も王太子を愛していることだろう。婚約を破棄されたのは本人のせいではないが、それからずっと泣き暮らしているのはいただけない。

 今の状況では俺達の結婚は決定事項だ。
 ほかに両国を結びつける手段はない。
 俺もつがいを諦めて、生まれて三度目の大祭にも参加せず彼女の気持ちが変わるのを待った。獣人はつがいを優先して政略結婚の意味を考えない、なんて言われないよう、彼女が来たら心から愛そうと覚悟を決めた。

 やがて、彼女が俺との縁談を受け入れたと連絡があった。
 俺は彼女の婚礼の隊列がデュカキス王国を訪れるのを待った。
 不思議なもので、待っているうちに彼女への気持ちが育っていた。傷ついた彼女を癒し、いつか愛し愛されることが出来たらと夢見るようになっていた。

 伝書鳥から婚礼の隊列がならず者に襲撃されたという手紙を受け取ったとき、俺は国境近くの王領で彼女の到着を待っていた。
 だからすぐに飛び出せた。
 助けられると思った。でも──

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 腕の中の彼女は、俺を瞳に映して微笑んで逝った。

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 エウドクシアが俺のつがいだなんて自惚れたことを言うつもりはない。
 あのときの彼女の微笑みが、だれを想って浮かべたものだったのかもわからない。いや、あのとき初めて会った俺を想ってのもののはずがないんだよな。
 でも俺は恋をした。待ち侘びた花嫁に出会った瞬間に、それまでの積もり積もった気持ちが芽を出し花開いたのだ。

 月の女神様が司るのは満月の生命、新月の死、その満ち欠けから生まれる時間。

 俺は本当に月の女神様の強い加護を持っていたようだ。
 月の女神様は時間を戻して彼女エウドクシアの死を覆してくださった。
 前よりも早く俺との縁談を受け入れて、前よりも早くエウドクシアは俺のところへ来る。たぶん俺にとって三度目の大祭にも間に合うだろう。アントニュー王国には秘密で、婚礼の旅路に沿ってデュカキス王国の兵士を派遣している。前はアントニュー王国が麻薬組織の残党を呼び寄せぬよう旅程は明かさないと言ったのを信じたのだ。

 今度は彼女を救えるだろうか。
 今度も彼女は俺を見て微笑んでくれるだろうか。
 たとえあのときの恋した少女の微笑みでなくても、俺は彼女に恋をする。

 だから、微笑んで欲しい。
 今はまだ政略結婚のための儀礼的な微笑みで構わないから、俺に君の笑顔を見せて欲しい。
 俺はもう、君に恋しているのだから。そして、君の微笑みを見るたびに何度でもまた恋をするのだから──
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