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第五話 想いの正体
「マチルダ!」
頭上から叫び声が降って来たのは、ジェーコブが王都伯爵邸で使用人に案内をされているときだった。
病に倒れた伯爵令嬢は、ほかの者にうつらないよう庭にある別邸で療養しているのだという。
あまりに情がない、とジェーコブは思った。そっくりな親娘だというのに、伯爵はなぜか伯爵令嬢に冷たい。王太子であるジェーコブには優しさを見せることがあるので、娘に厳しくしているように感じるのは公的な場所でしかふたりを見ないからだと思っていたのだが。
初めて聞く名前に、ジェーコブは顔を上げた。
本邸二階の露台の手すりから身を乗り出して、高熱で真っ赤な顔の伯爵がこちらを見下ろしている。
伯爵令嬢を別邸に隔離したにもかかわらず、母王妃から始まったこの病は伯爵に辿り着いたのだ。
(やはり父として看病せずにはいられなかったのか? 別邸で療養させているのも本邸が仕事の客などで騒がしいからだったのだろうか)
ジェーコブが考えていると、伯爵は心から嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「マチルダ、ああマチルダ。良かった、生きていたんだな。私はもう君に相応しい立場になった。国王の相談役なんだ! あの魔女から私達の息子も取り返してみせる」
ジェーコブには意味のわからないことをまくし立てた後、伯爵はさらに手すりから身を乗り出して、そのまま落ちてきた。
「旦那様っ!」
伯爵邸の使用人が主人に近寄る。
主人の状態を確認して、使用人はジェーコブを振り返ると首を横に振って見せた。病で弱っていたこともあり、伯爵は墜落の衝撃に耐えきれなかったようだ。
こんなときなのに、ジェーコブの口から無意味な疑問が転がり落ちる。
「マチルダとはだれのことだ?」
「……お亡くなりになられた伯爵夫人のお名前です。公爵家の遠縁に当たる方でしたので、血筋の近い王太子殿下と似ていらしたのでしょう。政略結婚とはいえマチルダ様は旦那様を夫と認めて大切にしていらっしゃったのですが、旦那様は勝手にマチルダ様に対して劣等感を抱いて愚かな……いえ、昔のことです」
自分がいても邪魔になるだけだと覚り、ジェーコブは伯爵の遺体に黙とうだけ捧げて、伯爵令嬢には会わずに王城へ戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なんだか体が重い。顔が熱く感じるのは、目の前で伯爵の死を見て驚愕したからなのか?)
王城に戻ったジェーコブは体調を崩し、そのまま床に就いた。
高熱を発し、意識が朦朧として、心臓の動悸が乱れている。
同じように熱を帯び、理性を失い、心騒ぐのが恋だと聞いたことはあるが、ジェーコブは最愛の伯爵令嬢に対してそんな状態になったことはなかった。
(彼女といると安心して幸せな気持ちになったんだ。だって彼女は母上によく似ていたから、だからずっと一緒にいたかったんだ。……熱を帯び、理性を失い、心が騒いで、思うように行動出来なかったのは……)
美しい侯爵令嬢に婚約の打診を拒否されたのが悲しかった。
婚約が解消となっても平気だったのは、もしかしたら伯爵令嬢との結婚を期待したからではなく、それでも侯爵令嬢は自分を愛し続けると自惚れていたからだったのかもしれない。母王妃と一緒に耳飾りを作った後、侯爵令嬢のところへ持っていこうとしていたとき、ジェーコブの胸は──
白銀の髪と紫色の瞳の面影を思い浮かべるジェーコブの枕元では、国王が泣きじゃくっていた。
「呪いや呪い返しは、親から子、子から親へと感染すると大神官は言っていた。やはりそなたは伯爵の子であったのだな。なぜグリーディから直接うつらなかったのかはわからぬが……呪われていたのであっても、わしは今でもそなたが、グリーディが愛しい。呪いが解けても、ずっと……」
頭上から叫び声が降って来たのは、ジェーコブが王都伯爵邸で使用人に案内をされているときだった。
病に倒れた伯爵令嬢は、ほかの者にうつらないよう庭にある別邸で療養しているのだという。
あまりに情がない、とジェーコブは思った。そっくりな親娘だというのに、伯爵はなぜか伯爵令嬢に冷たい。王太子であるジェーコブには優しさを見せることがあるので、娘に厳しくしているように感じるのは公的な場所でしかふたりを見ないからだと思っていたのだが。
初めて聞く名前に、ジェーコブは顔を上げた。
本邸二階の露台の手すりから身を乗り出して、高熱で真っ赤な顔の伯爵がこちらを見下ろしている。
伯爵令嬢を別邸に隔離したにもかかわらず、母王妃から始まったこの病は伯爵に辿り着いたのだ。
(やはり父として看病せずにはいられなかったのか? 別邸で療養させているのも本邸が仕事の客などで騒がしいからだったのだろうか)
ジェーコブが考えていると、伯爵は心から嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「マチルダ、ああマチルダ。良かった、生きていたんだな。私はもう君に相応しい立場になった。国王の相談役なんだ! あの魔女から私達の息子も取り返してみせる」
ジェーコブには意味のわからないことをまくし立てた後、伯爵はさらに手すりから身を乗り出して、そのまま落ちてきた。
「旦那様っ!」
伯爵邸の使用人が主人に近寄る。
主人の状態を確認して、使用人はジェーコブを振り返ると首を横に振って見せた。病で弱っていたこともあり、伯爵は墜落の衝撃に耐えきれなかったようだ。
こんなときなのに、ジェーコブの口から無意味な疑問が転がり落ちる。
「マチルダとはだれのことだ?」
「……お亡くなりになられた伯爵夫人のお名前です。公爵家の遠縁に当たる方でしたので、血筋の近い王太子殿下と似ていらしたのでしょう。政略結婚とはいえマチルダ様は旦那様を夫と認めて大切にしていらっしゃったのですが、旦那様は勝手にマチルダ様に対して劣等感を抱いて愚かな……いえ、昔のことです」
自分がいても邪魔になるだけだと覚り、ジェーコブは伯爵の遺体に黙とうだけ捧げて、伯爵令嬢には会わずに王城へ戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なんだか体が重い。顔が熱く感じるのは、目の前で伯爵の死を見て驚愕したからなのか?)
王城に戻ったジェーコブは体調を崩し、そのまま床に就いた。
高熱を発し、意識が朦朧として、心臓の動悸が乱れている。
同じように熱を帯び、理性を失い、心騒ぐのが恋だと聞いたことはあるが、ジェーコブは最愛の伯爵令嬢に対してそんな状態になったことはなかった。
(彼女といると安心して幸せな気持ちになったんだ。だって彼女は母上によく似ていたから、だからずっと一緒にいたかったんだ。……熱を帯び、理性を失い、心が騒いで、思うように行動出来なかったのは……)
美しい侯爵令嬢に婚約の打診を拒否されたのが悲しかった。
婚約が解消となっても平気だったのは、もしかしたら伯爵令嬢との結婚を期待したからではなく、それでも侯爵令嬢は自分を愛し続けると自惚れていたからだったのかもしれない。母王妃と一緒に耳飾りを作った後、侯爵令嬢のところへ持っていこうとしていたとき、ジェーコブの胸は──
白銀の髪と紫色の瞳の面影を思い浮かべるジェーコブの枕元では、国王が泣きじゃくっていた。
「呪いや呪い返しは、親から子、子から親へと感染すると大神官は言っていた。やはりそなたは伯爵の子であったのだな。なぜグリーディから直接うつらなかったのかはわからぬが……呪われていたのであっても、わしは今でもそなたが、グリーディが愛しい。呪いが解けても、ずっと……」
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