5 / 6
第五話 想いの正体
しおりを挟む
「マチルダ!」
頭上から叫び声が降って来たのは、ジェーコブが王都伯爵邸で使用人に案内をされているときだった。
病に倒れた伯爵令嬢は、ほかの者にうつらないよう庭にある別邸で療養しているのだという。
あまりに情がない、とジェーコブは思った。そっくりな親娘だというのに、伯爵はなぜか伯爵令嬢に冷たい。王太子であるジェーコブには優しさを見せることがあるので、娘に厳しくしているように感じるのは公的な場所でしかふたりを見ないからだと思っていたのだが。
初めて聞く名前に、ジェーコブは顔を上げた。
本邸二階の露台の手すりから身を乗り出して、高熱で真っ赤な顔の伯爵がこちらを見下ろしている。
伯爵令嬢を別邸に隔離したにもかかわらず、母王妃から始まったこの病は伯爵に辿り着いたのだ。
(やはり父として看病せずにはいられなかったのか? 別邸で療養させているのも本邸が仕事の客などで騒がしいからだったのだろうか)
ジェーコブが考えていると、伯爵は心から嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「マチルダ、ああマチルダ。良かった、生きていたんだな。私はもう君に相応しい立場になった。国王の相談役なんだ! あの魔女から私達の息子も取り返してみせる」
ジェーコブには意味のわからないことをまくし立てた後、伯爵はさらに手すりから身を乗り出して、そのまま落ちてきた。
「旦那様っ!」
伯爵邸の使用人が主人に近寄る。
主人の状態を確認して、使用人はジェーコブを振り返ると首を横に振って見せた。病で弱っていたこともあり、伯爵は墜落の衝撃に耐えきれなかったようだ。
こんなときなのに、ジェーコブの口から無意味な疑問が転がり落ちる。
「マチルダとはだれのことだ?」
「……お亡くなりになられた伯爵夫人のお名前です。公爵家の遠縁に当たる方でしたので、血筋の近い王太子殿下と似ていらしたのでしょう。政略結婚とはいえマチルダ様は旦那様を夫と認めて大切にしていらっしゃったのですが、旦那様は勝手にマチルダ様に対して劣等感を抱いて愚かな……いえ、昔のことです」
自分がいても邪魔になるだけだと覚り、ジェーコブは伯爵の遺体に黙とうだけ捧げて、伯爵令嬢には会わずに王城へ戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なんだか体が重い。顔が熱く感じるのは、目の前で伯爵の死を見て驚愕したからなのか?)
王城に戻ったジェーコブは体調を崩し、そのまま床に就いた。
高熱を発し、意識が朦朧として、心臓の動悸が乱れている。
同じように熱を帯び、理性を失い、心騒ぐのが恋だと聞いたことはあるが、ジェーコブは最愛の伯爵令嬢に対してそんな状態になったことはなかった。
(彼女といると安心して幸せな気持ちになったんだ。だって彼女は母上によく似ていたから、だからずっと一緒にいたかったんだ。……熱を帯び、理性を失い、心が騒いで、思うように行動出来なかったのは……)
美しい侯爵令嬢に婚約の打診を拒否されたのが悲しかった。
婚約が解消となっても平気だったのは、もしかしたら伯爵令嬢との結婚を期待したからではなく、それでも侯爵令嬢は自分を愛し続けると自惚れていたからだったのかもしれない。母王妃と一緒に耳飾りを作った後、侯爵令嬢のところへ持っていこうとしていたとき、ジェーコブの胸は──
白銀の髪と紫色の瞳の面影を思い浮かべるジェーコブの枕元では、国王が泣きじゃくっていた。
「呪いや呪い返しは、親から子、子から親へと感染すると大神官は言っていた。やはりそなたは伯爵の子であったのだな。なぜグリーディから直接うつらなかったのかはわからぬが……呪われていたのであっても、わしは今でもそなたが、グリーディが愛しい。呪いが解けても、ずっと……」
頭上から叫び声が降って来たのは、ジェーコブが王都伯爵邸で使用人に案内をされているときだった。
病に倒れた伯爵令嬢は、ほかの者にうつらないよう庭にある別邸で療養しているのだという。
あまりに情がない、とジェーコブは思った。そっくりな親娘だというのに、伯爵はなぜか伯爵令嬢に冷たい。王太子であるジェーコブには優しさを見せることがあるので、娘に厳しくしているように感じるのは公的な場所でしかふたりを見ないからだと思っていたのだが。
初めて聞く名前に、ジェーコブは顔を上げた。
本邸二階の露台の手すりから身を乗り出して、高熱で真っ赤な顔の伯爵がこちらを見下ろしている。
伯爵令嬢を別邸に隔離したにもかかわらず、母王妃から始まったこの病は伯爵に辿り着いたのだ。
(やはり父として看病せずにはいられなかったのか? 別邸で療養させているのも本邸が仕事の客などで騒がしいからだったのだろうか)
ジェーコブが考えていると、伯爵は心から嬉しそうな笑みを浮かべて言った。
「マチルダ、ああマチルダ。良かった、生きていたんだな。私はもう君に相応しい立場になった。国王の相談役なんだ! あの魔女から私達の息子も取り返してみせる」
ジェーコブには意味のわからないことをまくし立てた後、伯爵はさらに手すりから身を乗り出して、そのまま落ちてきた。
「旦那様っ!」
伯爵邸の使用人が主人に近寄る。
主人の状態を確認して、使用人はジェーコブを振り返ると首を横に振って見せた。病で弱っていたこともあり、伯爵は墜落の衝撃に耐えきれなかったようだ。
こんなときなのに、ジェーコブの口から無意味な疑問が転がり落ちる。
「マチルダとはだれのことだ?」
「……お亡くなりになられた伯爵夫人のお名前です。公爵家の遠縁に当たる方でしたので、血筋の近い王太子殿下と似ていらしたのでしょう。政略結婚とはいえマチルダ様は旦那様を夫と認めて大切にしていらっしゃったのですが、旦那様は勝手にマチルダ様に対して劣等感を抱いて愚かな……いえ、昔のことです」
自分がいても邪魔になるだけだと覚り、ジェーコブは伯爵の遺体に黙とうだけ捧げて、伯爵令嬢には会わずに王城へ戻った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(なんだか体が重い。顔が熱く感じるのは、目の前で伯爵の死を見て驚愕したからなのか?)
王城に戻ったジェーコブは体調を崩し、そのまま床に就いた。
高熱を発し、意識が朦朧として、心臓の動悸が乱れている。
同じように熱を帯び、理性を失い、心騒ぐのが恋だと聞いたことはあるが、ジェーコブは最愛の伯爵令嬢に対してそんな状態になったことはなかった。
(彼女といると安心して幸せな気持ちになったんだ。だって彼女は母上によく似ていたから、だからずっと一緒にいたかったんだ。……熱を帯び、理性を失い、心が騒いで、思うように行動出来なかったのは……)
美しい侯爵令嬢に婚約の打診を拒否されたのが悲しかった。
婚約が解消となっても平気だったのは、もしかしたら伯爵令嬢との結婚を期待したからではなく、それでも侯爵令嬢は自分を愛し続けると自惚れていたからだったのかもしれない。母王妃と一緒に耳飾りを作った後、侯爵令嬢のところへ持っていこうとしていたとき、ジェーコブの胸は──
白銀の髪と紫色の瞳の面影を思い浮かべるジェーコブの枕元では、国王が泣きじゃくっていた。
「呪いや呪い返しは、親から子、子から親へと感染すると大神官は言っていた。やはりそなたは伯爵の子であったのだな。なぜグリーディから直接うつらなかったのかはわからぬが……呪われていたのであっても、わしは今でもそなたが、グリーディが愛しい。呪いが解けても、ずっと……」
2,435
あなたにおすすめの小説
アリーチェ・オランジュ夫人の幸せな政略結婚
里見しおん
恋愛
「私のジーナにした仕打ち、許し難い! 婚約破棄だ!」
なーんて抜かしやがった婚約者様と、本日結婚しました。
アリーチェ・オランジュ夫人の結婚生活のお話。
眠りから目覚めた王太子は
基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」
ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。
「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」
王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。
しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。
「…?揃いも揃ってどうしたのですか」
王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。
永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。
いつまでも甘くないから
朝山みどり
恋愛
エリザベスは王宮で働く文官だ。ある日侯爵位を持つ上司から甥を紹介される。
結婚を前提として紹介であることは明白だった。
しかし、指輪を注文しようと街を歩いている時に友人と出会った。お茶を一緒に誘う友人、自慢しちゃえと思い了承したエリザベス。
この日から彼の様子が変わった。真相に気づいたエリザベスは穏やかに微笑んで二人を祝福する。
目を輝かせて喜んだ二人だったが、エリザベスの次の言葉を聞いた時・・・
二人は正反対の反応をした。
ジェリー・ベケットは愛を信じられない
砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。
母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。
それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。
しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。
だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。
学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。
そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。
※世界観はゆるゆる
※ざまぁはちょっぴり
※他サイトにも掲載
かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました
お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。
皇太女の暇つぶし
Ruhuna
恋愛
ウスタリ王国の学園に留学しているルミリア・ターセンは1年間の留学が終わる卒園パーティーの場で見に覚えのない罪でウスタリ王国第2王子のマルク・ウスタリに婚約破棄を言いつけられた。
「貴方とは婚約した覚えはありませんが?」
*よくある婚約破棄ものです
*初投稿なので寛容な気持ちで見ていただけると嬉しいです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる