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最終話 大神官
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(やはり本職には敵いませんね……)
そんなことを思いながら、大神官は王都神殿の自室暖炉で呪いの媒体を燃やしていた。
(私が未熟な知識であの女を呪い殺すより前に、本職の魔女である自分自身の呪いが返ってきて死んでしまったんですから)
熱に浮かされて墜落死した伯爵に、王太子、伯爵令嬢が後に続き、最後に王妃グリーディが逝った。
王妃が呪い返しで亡くなったことは伏せられて、原因不明の病が死因とされている。
禁忌の呪い、それも自分自身の呪いが返って王妃が亡くなっただなんて、公表出来るはずがない。
大神官になる前の公爵令息は、王太子の婚約者だった侯爵令嬢アリスを愛していた。
片想いに過ぎず、生涯明かす気もなかった。
即位前の国王が男爵令嬢グリーディに夢中になったときも、だれよりも激しく不貞を非難してふたりを引き離そうとしていた。婚約破棄の後もグリーディの隠された秘密を暴いて、国王を正気に戻そうと必死だった。アリスに幸せになって欲しかった、愛する相手と結ばれて欲しかったのだ。
(自分の気持ちに素直になってアリス嬢に婚約を申し込んでいたら、彼女が呪われて死に向かっていることに気づけていたのでしょうか)
見栄を張った。
失恋や婚約破棄の苦しみにつけ込む男だと見られたくなかった。
アリスを欲して国王の不貞に手を貸したのだと、思われたくなかったのだ。
(ただ愛しているだけなのに、どうしてひとは間違うのでしょう。あの女だって伯爵を愛していたのなら、その愛を貫けば良かった。いくら愛した男の命令だからといって、ほかの男に身を任せてまで……いや、あの女は単に華やかな生活をして複数の男にチヤホヤされたかっただけですね……)
それですべてが狂った。
王妃の生前はその権力によって覆い隠されていた真実は、彼女の死後大神官によって暴かれていた。
しかし、大神官が国王に伝えたのは王妃と伯爵の不貞だけだった。ジェーコブ王子と伯爵令嬢が入れ替えられていたことなど伝えても仕方がない。どちらにしろ伯爵の子どもなのだ。
(返された呪いが陛下にかけられた恋の呪いではなく、エミリー嬢にかけられたジェーコブ殿下を恋するという呪いだったことは、私ひとりの胸に仕舞って墓場まで持っていきましょう。愚かな陛下は呪いだったと思っていてもあの女を愛しているし、エミリー嬢は自分が媒体を壊したために呪いが返ってあの女が死んだのだと聞いたら、どんなに私が気にすることはないと言って気に病むでしょうからね)
壊れた耳飾りをジェーコブに捨てておけと言われたエミリーは、王妃が寝込んだことを知って不安になり、大神官のところへ持ち込んだのだった。
これまでの研究で得た知識で、大神官は耳飾りが呪いの媒体だと察した。
国王の布腕輪は燃えていたので確認出来なかったが、おそらくそちらは媒体にする予定だっただけで呪いは発動していなかったのではないかと思っている。
(陛下が呪いであの女に恋していたのだとしたら、アリス嬢や先代国王夫婦が亡くなる前後に呪いの力が弱まって正気に戻っていたはずです。……戻っていてアレだったのかもしれませんけどね)
呪いを複数維持するのは難しい。
人間は複数の存在を憎み呪うことは出来るが、まったく同じ威力ではない。
どうしても優先順位が生じ、思う力の大小が変わってくる。呪いでなくても対人関係はそういうものだ。
(兄の長男の教育が済んだら、陛下は退位するでしょう。公爵家は……)
国王は大神官の実家の公爵家から養子を取って跡取りにすることを決めた。公爵家を継ぐ予定だった兄の息子は長男で、弟の次男もいる。
使われなかった呪いの媒体が灰になっていく。
暖炉の炎を見つめていた大神官の耳朶を、自室の扉を叩く音が打つ。
俗世を離れて神殿で修業をしている兄の次男と約束があったのだ。
聖騎士となっている甥は黄金の髪に青い瞳で、黄金の輪に紫色の宝石を飾った腕輪を手放したことがない。
大神官は甥が、かつての自分と同じように狂おしいほどに侯爵令嬢を愛していることを知っている。
愛しているからこそ、王太子を愛して苦しむ姿を見ていられなくて逃げたことも。
これから大神官は、還俗するようにと甥を説得するのだ。彼が愛し、一度は諦めた女性が壊れた耳飾りを持って自分のもとを訪れたとき、白銀の輪に青い宝石を飾った腕輪をつけていたことを伝えて。
そんなことを思いながら、大神官は王都神殿の自室暖炉で呪いの媒体を燃やしていた。
(私が未熟な知識であの女を呪い殺すより前に、本職の魔女である自分自身の呪いが返ってきて死んでしまったんですから)
熱に浮かされて墜落死した伯爵に、王太子、伯爵令嬢が後に続き、最後に王妃グリーディが逝った。
王妃が呪い返しで亡くなったことは伏せられて、原因不明の病が死因とされている。
禁忌の呪い、それも自分自身の呪いが返って王妃が亡くなっただなんて、公表出来るはずがない。
大神官になる前の公爵令息は、王太子の婚約者だった侯爵令嬢アリスを愛していた。
片想いに過ぎず、生涯明かす気もなかった。
即位前の国王が男爵令嬢グリーディに夢中になったときも、だれよりも激しく不貞を非難してふたりを引き離そうとしていた。婚約破棄の後もグリーディの隠された秘密を暴いて、国王を正気に戻そうと必死だった。アリスに幸せになって欲しかった、愛する相手と結ばれて欲しかったのだ。
(自分の気持ちに素直になってアリス嬢に婚約を申し込んでいたら、彼女が呪われて死に向かっていることに気づけていたのでしょうか)
見栄を張った。
失恋や婚約破棄の苦しみにつけ込む男だと見られたくなかった。
アリスを欲して国王の不貞に手を貸したのだと、思われたくなかったのだ。
(ただ愛しているだけなのに、どうしてひとは間違うのでしょう。あの女だって伯爵を愛していたのなら、その愛を貫けば良かった。いくら愛した男の命令だからといって、ほかの男に身を任せてまで……いや、あの女は単に華やかな生活をして複数の男にチヤホヤされたかっただけですね……)
それですべてが狂った。
王妃の生前はその権力によって覆い隠されていた真実は、彼女の死後大神官によって暴かれていた。
しかし、大神官が国王に伝えたのは王妃と伯爵の不貞だけだった。ジェーコブ王子と伯爵令嬢が入れ替えられていたことなど伝えても仕方がない。どちらにしろ伯爵の子どもなのだ。
(返された呪いが陛下にかけられた恋の呪いではなく、エミリー嬢にかけられたジェーコブ殿下を恋するという呪いだったことは、私ひとりの胸に仕舞って墓場まで持っていきましょう。愚かな陛下は呪いだったと思っていてもあの女を愛しているし、エミリー嬢は自分が媒体を壊したために呪いが返ってあの女が死んだのだと聞いたら、どんなに私が気にすることはないと言って気に病むでしょうからね)
壊れた耳飾りをジェーコブに捨てておけと言われたエミリーは、王妃が寝込んだことを知って不安になり、大神官のところへ持ち込んだのだった。
これまでの研究で得た知識で、大神官は耳飾りが呪いの媒体だと察した。
国王の布腕輪は燃えていたので確認出来なかったが、おそらくそちらは媒体にする予定だっただけで呪いは発動していなかったのではないかと思っている。
(陛下が呪いであの女に恋していたのだとしたら、アリス嬢や先代国王夫婦が亡くなる前後に呪いの力が弱まって正気に戻っていたはずです。……戻っていてアレだったのかもしれませんけどね)
呪いを複数維持するのは難しい。
人間は複数の存在を憎み呪うことは出来るが、まったく同じ威力ではない。
どうしても優先順位が生じ、思う力の大小が変わってくる。呪いでなくても対人関係はそういうものだ。
(兄の長男の教育が済んだら、陛下は退位するでしょう。公爵家は……)
国王は大神官の実家の公爵家から養子を取って跡取りにすることを決めた。公爵家を継ぐ予定だった兄の息子は長男で、弟の次男もいる。
使われなかった呪いの媒体が灰になっていく。
暖炉の炎を見つめていた大神官の耳朶を、自室の扉を叩く音が打つ。
俗世を離れて神殿で修業をしている兄の次男と約束があったのだ。
聖騎士となっている甥は黄金の髪に青い瞳で、黄金の輪に紫色の宝石を飾った腕輪を手放したことがない。
大神官は甥が、かつての自分と同じように狂おしいほどに侯爵令嬢を愛していることを知っている。
愛しているからこそ、王太子を愛して苦しむ姿を見ていられなくて逃げたことも。
これから大神官は、還俗するようにと甥を説得するのだ。彼が愛し、一度は諦めた女性が壊れた耳飾りを持って自分のもとを訪れたとき、白銀の輪に青い宝石を飾った腕輪をつけていたことを伝えて。
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