呪われて

豆狸

文字の大きさ
4 / 6

第四話 王太子

しおりを挟む
「エミリー!」

 学園の中庭で呼びかけると、侯爵令嬢は怪訝そうな顔で振り向いた。
 ジェーコブは戸惑いを覚えた。
 十二歳で婚約してからの六年間で、彼女に呼びかけたのはこれが初めてに近いことに気づいたからだ。ふたりは婚約者だったのに。

「なんのご用でございましょうか、王太子殿下」

 これまでとはまるで違う冷たい声で問われて、ジェーコブはカッとなって相手を睨みつけた。

「伯爵令嬢が寝込んだのは知っているか?」
「はい、父である侯爵に聞いております。王妃殿下と同じやまいのようだというお話ですね」
「そうだ」

 ジェーコブは優雅な挨拶の姿勢を取ったエミリーを見つめる。
 白銀の髪に紫色の瞳、美しい元婚約者は以前とはなにかが変わっている。
 紫色の瞳に映る自分の姿をどんなに睨んでも、ジェーコブには違いがわからない。なんだかそれが酷く悔しくて、自分が混乱していくのがわかる。

「私との結婚は許してくださらなかったが、母上は君よりも伯爵令嬢を可愛がっていた。それを妬んで、君が母上と伯爵令嬢に呪いをかけたのではないか?」

 細く形の良い眉の間に一瞬だけ皺を寄せ、エミリーは柔らかな笑みを漏らす。

「私と殿下の婚約はもう解消されていますのに?」

 そのとき、ジェーコブは気づいた。
 耳飾りがない。
 エミリーに婚約の打診を拒否された後、母王妃と一緒に作って贈った緑色の石の耳飾りがないのだ。婚約を受け入れてからのエミリーは、いつもあの耳飾りをつけていた。心臓の動悸が一気に激しさを増す。

「……私が贈った耳飾りはどうした?」

 エミリーは溜息をついた。
 不敬な態度を取られて、ジェーコブの背筋を冷たいものが走った。
 これまではそうではなかった、エミリーは婚約者のジェーコブを愛していた。王太子を映す侯爵令嬢の瞳は愛で輝いていた。なのに、今は違う。

「婚約解消の話し合いのとき、壊れたことをお伝えしました。ならば捨てておけと、殿下ご自身がおっしゃったのを覚えていらっしゃらないのですか?」
「……」

 あのときは、とジェーコブは思い起こす。
 あのときは伯爵令嬢が元気だった。
 数日前から寝込んでいる母王妃のことは心配だったものの、エミリーとの婚約が解消されれば最愛の伯爵令嬢と結ばれることが出来るかもしれないという期待に包まれていて、耳飾りのことなどどうでも良かった。

「お話がそれだけでしたら、午後の授業がありますので私は退散させていただきます。禁忌の呪いをかけただなどと……そんな恐ろしいことをおっしゃって侯爵家に冤罪をおかけになるのなら、私にも考えがございますのでご覚悟くださいませ」

 去っていくエミリーの言葉にはひとかけらの情もなく、冷たい。
 けれどその声音よりもジェーコブの心を抉ったのは、エミリーの手首を飾る腕輪の存在に気づいたことだ。
 侯爵令嬢の髪と同じ白銀の輪に透き通った青い宝石が飾られた腕輪だ。

(最初に婚約を断られたとき、エミリーはあの腕輪をつけていた。耳飾りを持って行った誕生日のときもだ。でも婚約を受け入れてくれたときは外していて、だから私は……)

 エミリーに選ばれたような気がして嬉しかったのだと、遠い昔の記憶が蘇る。
 だが、婚約者だったはずの侯爵令嬢との思い出はほかにない。
 婚約者にしただけで満足して、ジェーコブは幼馴染で最愛の伯爵令嬢とばかり過ごしていたからだ。当然の苦言を呈した婚約者エミリーを怒鳴りつけたことならある。

(……そう、そうだ。私の最愛は伯爵令嬢だ。私にも父上にも侍女や侍従達にもうつらなかったやまいがなぜ彼女にだけうつったのかはわからないが、愛する彼女を見舞いに行かなければ……)

 ジェーコブは学園の教員に許可を取り、早退して王都の伯爵邸へ向かった。
 胸の奥には白銀の髪と紫色の瞳が焼き付いて離れない。
 伯爵令嬢と会えばいつものように落ち着いた気持ちになれるはずだと、ジェーコブは考えたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私、悪役令嬢に戻ります!

豆狸
恋愛
ざまぁだけのお話。

アリーチェ・オランジュ夫人の幸せな政略結婚

里見しおん
恋愛
「私のジーナにした仕打ち、許し難い! 婚約破棄だ!」  なーんて抜かしやがった婚約者様と、本日結婚しました。  アリーチェ・オランジュ夫人の結婚生活のお話。

眠りから目覚めた王太子は

基本二度寝
恋愛
「う…うぅ」 ぐっと身体を伸ばして、身を起こしたのはこの国の第一王子。 「あぁ…頭が痛い。寝すぎたのか」 王子の目覚めに、侍女が慌てて部屋を飛び出した。 しばらくしてやってきたのは、国王陛下と王妃である両親と医師。 「…?揃いも揃ってどうしたのですか」 王子を抱きしめて母は泣き、父はホッとしていた。 永く眠りについていたのだと、聞かされ今度は王子が驚いたのだった。

とある公爵の奥方になって、ざまぁする件

ぴぴみ
恋愛
転生してざまぁする。 後日談もあり。

最後のスチルを完成させたら、詰んだんですけど

mios
恋愛
「これでスチルコンプリートだね?」 愛しのジークフリート殿下に微笑まれ、顔色を変えたヒロイン、モニカ。 「え?スチル?え?」 「今日この日この瞬間が最後のスチルなのだろう?ヒロインとしての感想はいかがかな?」 6話完結+番外編1話

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

ジェリー・ベケットは愛を信じられない

砂臥 環
恋愛
ベケット子爵家の娘ジェリーは、父が再婚してから離れに追いやられた。 母をとても愛し大切にしていた父の裏切りを知り、ジェリーは愛を信じられなくなっていた。 それを察し、まだ子供ながらに『君を守る』と誓い、『信じてほしい』と様々な努力してくれた婚約者モーガンも、学園に入ると段々とジェリーを避けらるようになっていく。 しかも、義妹マドリンが入学すると彼女と仲良くするようになってしまった。 だが、一番辛い時に支え、努力してくれる彼を信じようと決めたジェリーは、なにも言えず、なにも聞けずにいた。 学園でジェリーは優秀だったが『氷の姫君』というふたつ名を付けられる程、他人と一線を引いており、誰にも悩みは吐露できなかった。 そんな時、仕事上のパートナーを探す男子生徒、ウォーレンと親しくなる。 ※世界観はゆるゆる ※ざまぁはちょっぴり ※他サイトにも掲載

かつて私のお母様に婚約破棄を突き付けた国王陛下が倅と婚約して後ろ盾になれと脅してきました

お好み焼き
恋愛
私のお母様は学生時代に婚約破棄されました。当時王太子だった現国王陛下にです。その国王陛下が「リザベリーナ嬢。余の倅と婚約して後ろ盾になれ。これは王命である」と私に圧をかけてきました。

処理中です...