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葉菜花、帰ってきました編
45・ただいま!
──港町マルテスを出発して四日、わたしは王都サトゥルノへ戻ってきた。
冒険者ギルドで依頼終了の手続きを終えて、旦那様達と一緒に外へ出る。
辺りはもう真っ暗だ。
「葉菜花さん、今回はありがとうございました。魔石ごはんはとても美味しかったです。また旅に出るときはお願いしますね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございました」
わたしはしゃがんで、ロレッタちゃんと視線を合わせる。
彼女はラケルを抱っこしていた。
「ロレッタちゃん、ありがとうございました。大切にしますね」
言いながら、冒険者水晶の左右に飾った石を見せる。
彼女の瞳の色と同じ紫色とラケルの金色の瞳をイメージした黄色い石は、どちらも半透明で宝石のように綺麗だ。
ロレッタちゃんのダンジョンアントの魔石活用計画で作られた、色と形を変えた魔石。
王都で作った試作品の話を聞かされていた港町の大工房が、お試しで作っていたものである。
大量生産できるかどうかは、これからの研究次第とのこと。
もちろん『浄化』はかけられているし、加工した魔石のモンスターが復活しないことは、これまでのミスリル銀や燃料魔石の利用で証明されている。
野獣が間違って食べて魔力酔いを起こすこともない。
冒険者水晶と一緒にしていいのかな、と思ってスサナさんに聞いたら、水晶の輝きが見えれば問題ないとのことだった。
水晶の光に照らされるふたつの石はとても綺麗なので、色とりどりのこれを使って万華鏡を作るのもいいんじゃないかな。
今度ロレッタちゃんに話してみよう。
「ロレッタも葉菜花ちゃんにもらったラケルちゃんのお人形、大切にするのよ」
「わふ!」
あの日の夜マルテスの『黄金のドラゴン亭』で再会したわたし達は、お互いが用意したお土産を交換し合ったのでした。
わたしからロレッタちゃんにはバルバラさんの弟さんにもらったラケルの像と白いホネ貝、ロレッタちゃんからはこのふたつの石です。
「ロレッタちゃん、また会いましょうね」
「ええ。葉菜花ちゃんに困ったことがあったら、いつでもロレッタを頼っていいのよ。それじゃあ……ラケルちゃん、葉菜花ちゃんにさよならしなさい」
「わふう……わふっ?」
驚いた顔のラケルに吹き出してから、ロレッタちゃんはわたしにラケルを戻してくれた。
ラケルを抱き締めてお辞儀をする。
「みなさん、ありがとうございました。お気をつけて」
「葉菜花もな。なんなら俺が送って行ってやろうか?」
考えてみるとシオン君の紹介だから、ニコロ君は最初からわたしが『黄金のケルベロス亭』に泊まっていることを知っていたんだよね。
彼の気持ちだけ受け取って、わたしはみんなと別れた。
「気をつけて帰れよ」「……またな」「うちのバカどもの作ったオモチャ、いらなくなったら捨てちゃっていいからね」「次に会う日を楽しみにしています」「葉菜花さん、僕と結婚して……「ラーメン目当てで求婚すんな!」」
『闇夜の疾風』は傭兵ギルドに依頼完了を報告したあと、ロレッタちゃん達を家まで送っていくのです。
八日間も一緒にいたから、どうしても寂しくなっちゃうな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
抱っこしたラケルと一緒に入った久しぶりの『黄金のケルベロス亭』で懐かしい顔と再会すると、別れのあとの寂しい気持ちは霧散した。
ベルちゃんもシオン君も座っていたソファーから立ち上がって迎えてくれる。
「……葉菜花!」
「お帰り」
「ただいま!」
「わふ!」
ふたりのところに駆け寄って、わたしは思った。
すっかりここが帰る場所になっちゃってたんだな、って。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──八日ぶりの部屋は綺麗に掃除されていた。
『浄化』の魔道具は効果の及ぶ範囲が狭いので、広い場所の掃除は大変そうです。
「……葉菜花」
「なぁに、シオン君」
「貴様、その……旅の間になにかあったのか?」
「ううん、なにも。あ! ふたりにお土産があるんだよ。ラケル、お願い」
「わかったぞ!」
ベルちゃんには水の龍の像と白いホネ貝。
シオン君にはケルベロス様の像と、やっぱりホネ貝。
わたしのホネ貝を耳に当てたラケルが言う。
「こうすると、波の音が聞こえるんだぞ」
「……なるほど」
ラケルの真似をしたベルちゃんが、真面目な顔で頷いた。
シオン君はどこか悩ましげな顔をしている。
やっぱり食べ物のお土産のほうが良かったのかな。
「本当になにもなかったのか? それにしては貴様……」
「もしかして肌が焼けちゃってるかな? マルテスは日差しが強かったよ。サトゥルノも暑くなってきたみたいだけど、まだ過ごしやすい感じだね」
これからの季節に備えて、今日のデザートはいろいろな味のアイスを変成してみよう。
旅の途中で考えてた、チョコクッキーやブラウニーも作っておきたいな。
シオン君は白い肌を真っ赤に染めて、らしくない消え入りそうな声で言った。
「……前より綺麗になったじゃないか……」
「ふえっ? そそ、そんなこと言わなくても魔石ごはん作るよ?」
ベルちゃんは呆れたような顔でシオン君を見つめている。
「……意識し過ぎ。……葉菜花」
「な、なぁに?」
まさかまた褒め殺しされるんだろうか。
「……前よりよく笑うようになった。……良かった」
「え、そう? わたし不愛想だったかな?」
「……違う。前は年齢より落ち着いている印象だった」
「ごしゅじんの魂と体が馴染んできたからだぞ。心で感じたことが、そのまま顔に出るようになったんだ」
「そうなの?」
「うむ」
ラケルが首肯する。
言われてみれば、この世界に転生してもう十日以上過ぎている。
ケルベロス様は一ヶ月ほどで魂と体が馴染むはずだって教えてくれてたっけ。
「でも魂と体が馴染みかけてるごしゅじんからは、危険な匂いがしたんだぞ」
「危険な匂い?」
「うむ。馴染みかけているからこそ、元の世界のことに囚われやすくなっている気がしたんだぞ。だからこの旅で俺、ロレッタを守ってたんだ」
「ロレッタちゃんを?」
「ごしゅじんはロレッタを見て、元の世界に残してきた妹のこと思い出してただろ? ロレッタが危ない目に遭ったらきっと、妹が心配でたまらなくなる。ごしゅじんの魂が体から飛び出さないよう、俺がロレッタを守ってたんだぞ!」
……そうだったんだ。
わたしは膝の上のラケルを抱き締めた。
「ありがとう、ラケル」
「俺はごしゅじんの使い魔だからな! ごしゅじんの役に立つのは当たり前だぞ!」
「そうか。今のほうが本来の葉菜花なんだな」
「う、うん。もっと馴染んだら、もっと落ち着きがなくなると思う。王子様だったり聖女様だったりするふたりと違って、わたしはただの中学生だったから。中学生としても子どもっぽいって言われてたし」
「……私は今の葉菜花も好き。前の葉菜花も未来の葉菜花も、全部好き」
「ありがとう、ベルちゃん。わたしもベルちゃんが大好きだよ」
戦闘に夢中になってダンジョンコアを破壊したのはどうかと思うから、全部好きとは言えないけど。
ベルちゃんは、ちらりとシオン君を見た。
シオン君は小さく深呼吸をしたかと思うと、サファイアの瞳で真っ直ぐわたしを見つめた。
「俺も葉菜花が好きだ」
「あ、ありがとう、シオン君」
友達とはいえ、男の子にこんなこと言われたら照れちゃうよ。
「えっと、それじゃあ今日の夕食はなにがいい?」
「……葉菜花が作りたいと思うものでいい」
「俺もだ」
「俺もだぞ!」
「そっか。じゃあねえ……」
もっと暑くなってきたら食べる気になれないだろうと思って、わたしは借りていたシオン君のお鍋を使っておでんを作りました。
大量のダンジョンアントの魔石をひとつひとつべつの具にして、汁と一緒に変成するのもお手のものです。
でも……シオン君とベルちゃんなら、真夏の盛りでもおでん食べたかな。
前世でも一年中売ってるコンビニあったしね。
ベルちゃんには餅巾着と揚げ豆腐、シオン君にはロールキャベツとソーセージが好評でした。
……シオン君、ちょっとそれ違う気がする。
最近のおでんのメニューには入ってるし、そもそもわたしが作ったんだけどさ。
わたしはチクワと竹輪麩、ラケルは茹で卵とコンニャクが好きです。
「そういえばツォッコロ……馬にも魔石ごはんをあげたんだけど、大丈夫だよね?」
「もちろんだ。『鑑定』でも問題ないし、俺のメレナも喜んで食べている」
メレナというのはシオン君の白馬です。
彼は以前お兄さんの王様にケーキを持って行った以外にも、よくわたしの作った魔石ごはんを持って帰っていて、それを信頼できる騎士団員や馬に与えていたとのこと。
だれが食べたかで違いが出るかを確かめたかったんだって。
セットメニューみたいに食べないとわからない効果もあるしね。
おでんのあとでアイスやお皿がなくても食べられる料理を作って、アリの巣殲滅のときに参加者に配る用の魔石ごはんを考えて、その日は終わりました。
どれも美味しく変成できたよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──目が覚めると、居間のソファーの上だった。
胸にラケルが乗っているせいか、体が重い。
台所に立つお母さんに呼びかける。
「ご飯、まだ?」
「早く食べたいならお姉ちゃんも手伝いなよ」
お母さんの隣には妹も立っていた。
炊き立てごはんの甘い匂いが漂ってくる。
「ラケルが胸で眠ってるから立ち上がれないー」
「ラケル? ラケルってだれ?」
「え? ラケルは……ああ、そうだ。チビ太のことだよ。夢でそう呼んでたの」
「どんな夢を見てたの?」
「うなされてたぞ。怖い夢でも見てたのか」
向かいのソファーにはおばあちゃんとおじいちゃんが座っていて、わたしのことを心配してくれる。
「ううん、面白い夢だよ。異世界に転生して、不思議な力が使えるようになるの。でも……」
そのことを思い出しかけた途端、キュッと心臓を締めつけられた気がした。
扉の開く音がして、玄関のほうから声がする。
「ただいま」
「お父さん、お姉ちゃんったら春休みだと思って一日ソファーで昼寝してたんだよ。あたしはちゃんとお母さんの手伝いしてたのに。お姉ちゃんの誕生日のプレゼント、なしでいいと思う」
「えー! やだー」
わたしの声に驚いたのか、丸まっていたチビ太が体を起こした。
半分寝ぼけた顔をして、わたしの顔を舐めてくる。
「こ、こらチビ太。顔は舐めちゃダメっていつも……」
──そこで、本当に目が覚めた。
現実でもラケルはわたしの顔を舐めていた。
「ごしゅじん、ダメだぞ。魂が抜け出しかけてたぞ!」
「ごめん、チビ太。……ううん、ラケル」
わたしは体を起こし、ギュッとラケルを抱き締めた。
ここはもうわたしの帰る場所なのに、それでもわたしはあの家へ戻りたいと思っている。
会えなくなってしまった人達に会いたくて仕方がない。
「ごしゅじん……」
「……大丈夫。魂が抜け出したら、この場所にさえいられなくなるんだもの」
戻りたい場所はあるけれど、だからといってここが嫌いなわけじゃない。
ここにも大切な人達がいる。
わたしは涙を飲み込んだ。
冒険者ギルドで依頼終了の手続きを終えて、旦那様達と一緒に外へ出る。
辺りはもう真っ暗だ。
「葉菜花さん、今回はありがとうございました。魔石ごはんはとても美味しかったです。また旅に出るときはお願いしますね」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございました」
わたしはしゃがんで、ロレッタちゃんと視線を合わせる。
彼女はラケルを抱っこしていた。
「ロレッタちゃん、ありがとうございました。大切にしますね」
言いながら、冒険者水晶の左右に飾った石を見せる。
彼女の瞳の色と同じ紫色とラケルの金色の瞳をイメージした黄色い石は、どちらも半透明で宝石のように綺麗だ。
ロレッタちゃんのダンジョンアントの魔石活用計画で作られた、色と形を変えた魔石。
王都で作った試作品の話を聞かされていた港町の大工房が、お試しで作っていたものである。
大量生産できるかどうかは、これからの研究次第とのこと。
もちろん『浄化』はかけられているし、加工した魔石のモンスターが復活しないことは、これまでのミスリル銀や燃料魔石の利用で証明されている。
野獣が間違って食べて魔力酔いを起こすこともない。
冒険者水晶と一緒にしていいのかな、と思ってスサナさんに聞いたら、水晶の輝きが見えれば問題ないとのことだった。
水晶の光に照らされるふたつの石はとても綺麗なので、色とりどりのこれを使って万華鏡を作るのもいいんじゃないかな。
今度ロレッタちゃんに話してみよう。
「ロレッタも葉菜花ちゃんにもらったラケルちゃんのお人形、大切にするのよ」
「わふ!」
あの日の夜マルテスの『黄金のドラゴン亭』で再会したわたし達は、お互いが用意したお土産を交換し合ったのでした。
わたしからロレッタちゃんにはバルバラさんの弟さんにもらったラケルの像と白いホネ貝、ロレッタちゃんからはこのふたつの石です。
「ロレッタちゃん、また会いましょうね」
「ええ。葉菜花ちゃんに困ったことがあったら、いつでもロレッタを頼っていいのよ。それじゃあ……ラケルちゃん、葉菜花ちゃんにさよならしなさい」
「わふう……わふっ?」
驚いた顔のラケルに吹き出してから、ロレッタちゃんはわたしにラケルを戻してくれた。
ラケルを抱き締めてお辞儀をする。
「みなさん、ありがとうございました。お気をつけて」
「葉菜花もな。なんなら俺が送って行ってやろうか?」
考えてみるとシオン君の紹介だから、ニコロ君は最初からわたしが『黄金のケルベロス亭』に泊まっていることを知っていたんだよね。
彼の気持ちだけ受け取って、わたしはみんなと別れた。
「気をつけて帰れよ」「……またな」「うちのバカどもの作ったオモチャ、いらなくなったら捨てちゃっていいからね」「次に会う日を楽しみにしています」「葉菜花さん、僕と結婚して……「ラーメン目当てで求婚すんな!」」
『闇夜の疾風』は傭兵ギルドに依頼完了を報告したあと、ロレッタちゃん達を家まで送っていくのです。
八日間も一緒にいたから、どうしても寂しくなっちゃうな。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
抱っこしたラケルと一緒に入った久しぶりの『黄金のケルベロス亭』で懐かしい顔と再会すると、別れのあとの寂しい気持ちは霧散した。
ベルちゃんもシオン君も座っていたソファーから立ち上がって迎えてくれる。
「……葉菜花!」
「お帰り」
「ただいま!」
「わふ!」
ふたりのところに駆け寄って、わたしは思った。
すっかりここが帰る場所になっちゃってたんだな、って。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──八日ぶりの部屋は綺麗に掃除されていた。
『浄化』の魔道具は効果の及ぶ範囲が狭いので、広い場所の掃除は大変そうです。
「……葉菜花」
「なぁに、シオン君」
「貴様、その……旅の間になにかあったのか?」
「ううん、なにも。あ! ふたりにお土産があるんだよ。ラケル、お願い」
「わかったぞ!」
ベルちゃんには水の龍の像と白いホネ貝。
シオン君にはケルベロス様の像と、やっぱりホネ貝。
わたしのホネ貝を耳に当てたラケルが言う。
「こうすると、波の音が聞こえるんだぞ」
「……なるほど」
ラケルの真似をしたベルちゃんが、真面目な顔で頷いた。
シオン君はどこか悩ましげな顔をしている。
やっぱり食べ物のお土産のほうが良かったのかな。
「本当になにもなかったのか? それにしては貴様……」
「もしかして肌が焼けちゃってるかな? マルテスは日差しが強かったよ。サトゥルノも暑くなってきたみたいだけど、まだ過ごしやすい感じだね」
これからの季節に備えて、今日のデザートはいろいろな味のアイスを変成してみよう。
旅の途中で考えてた、チョコクッキーやブラウニーも作っておきたいな。
シオン君は白い肌を真っ赤に染めて、らしくない消え入りそうな声で言った。
「……前より綺麗になったじゃないか……」
「ふえっ? そそ、そんなこと言わなくても魔石ごはん作るよ?」
ベルちゃんは呆れたような顔でシオン君を見つめている。
「……意識し過ぎ。……葉菜花」
「な、なぁに?」
まさかまた褒め殺しされるんだろうか。
「……前よりよく笑うようになった。……良かった」
「え、そう? わたし不愛想だったかな?」
「……違う。前は年齢より落ち着いている印象だった」
「ごしゅじんの魂と体が馴染んできたからだぞ。心で感じたことが、そのまま顔に出るようになったんだ」
「そうなの?」
「うむ」
ラケルが首肯する。
言われてみれば、この世界に転生してもう十日以上過ぎている。
ケルベロス様は一ヶ月ほどで魂と体が馴染むはずだって教えてくれてたっけ。
「でも魂と体が馴染みかけてるごしゅじんからは、危険な匂いがしたんだぞ」
「危険な匂い?」
「うむ。馴染みかけているからこそ、元の世界のことに囚われやすくなっている気がしたんだぞ。だからこの旅で俺、ロレッタを守ってたんだ」
「ロレッタちゃんを?」
「ごしゅじんはロレッタを見て、元の世界に残してきた妹のこと思い出してただろ? ロレッタが危ない目に遭ったらきっと、妹が心配でたまらなくなる。ごしゅじんの魂が体から飛び出さないよう、俺がロレッタを守ってたんだぞ!」
……そうだったんだ。
わたしは膝の上のラケルを抱き締めた。
「ありがとう、ラケル」
「俺はごしゅじんの使い魔だからな! ごしゅじんの役に立つのは当たり前だぞ!」
「そうか。今のほうが本来の葉菜花なんだな」
「う、うん。もっと馴染んだら、もっと落ち着きがなくなると思う。王子様だったり聖女様だったりするふたりと違って、わたしはただの中学生だったから。中学生としても子どもっぽいって言われてたし」
「……私は今の葉菜花も好き。前の葉菜花も未来の葉菜花も、全部好き」
「ありがとう、ベルちゃん。わたしもベルちゃんが大好きだよ」
戦闘に夢中になってダンジョンコアを破壊したのはどうかと思うから、全部好きとは言えないけど。
ベルちゃんは、ちらりとシオン君を見た。
シオン君は小さく深呼吸をしたかと思うと、サファイアの瞳で真っ直ぐわたしを見つめた。
「俺も葉菜花が好きだ」
「あ、ありがとう、シオン君」
友達とはいえ、男の子にこんなこと言われたら照れちゃうよ。
「えっと、それじゃあ今日の夕食はなにがいい?」
「……葉菜花が作りたいと思うものでいい」
「俺もだ」
「俺もだぞ!」
「そっか。じゃあねえ……」
もっと暑くなってきたら食べる気になれないだろうと思って、わたしは借りていたシオン君のお鍋を使っておでんを作りました。
大量のダンジョンアントの魔石をひとつひとつべつの具にして、汁と一緒に変成するのもお手のものです。
でも……シオン君とベルちゃんなら、真夏の盛りでもおでん食べたかな。
前世でも一年中売ってるコンビニあったしね。
ベルちゃんには餅巾着と揚げ豆腐、シオン君にはロールキャベツとソーセージが好評でした。
……シオン君、ちょっとそれ違う気がする。
最近のおでんのメニューには入ってるし、そもそもわたしが作ったんだけどさ。
わたしはチクワと竹輪麩、ラケルは茹で卵とコンニャクが好きです。
「そういえばツォッコロ……馬にも魔石ごはんをあげたんだけど、大丈夫だよね?」
「もちろんだ。『鑑定』でも問題ないし、俺のメレナも喜んで食べている」
メレナというのはシオン君の白馬です。
彼は以前お兄さんの王様にケーキを持って行った以外にも、よくわたしの作った魔石ごはんを持って帰っていて、それを信頼できる騎士団員や馬に与えていたとのこと。
だれが食べたかで違いが出るかを確かめたかったんだって。
セットメニューみたいに食べないとわからない効果もあるしね。
おでんのあとでアイスやお皿がなくても食べられる料理を作って、アリの巣殲滅のときに参加者に配る用の魔石ごはんを考えて、その日は終わりました。
どれも美味しく変成できたよ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
──目が覚めると、居間のソファーの上だった。
胸にラケルが乗っているせいか、体が重い。
台所に立つお母さんに呼びかける。
「ご飯、まだ?」
「早く食べたいならお姉ちゃんも手伝いなよ」
お母さんの隣には妹も立っていた。
炊き立てごはんの甘い匂いが漂ってくる。
「ラケルが胸で眠ってるから立ち上がれないー」
「ラケル? ラケルってだれ?」
「え? ラケルは……ああ、そうだ。チビ太のことだよ。夢でそう呼んでたの」
「どんな夢を見てたの?」
「うなされてたぞ。怖い夢でも見てたのか」
向かいのソファーにはおばあちゃんとおじいちゃんが座っていて、わたしのことを心配してくれる。
「ううん、面白い夢だよ。異世界に転生して、不思議な力が使えるようになるの。でも……」
そのことを思い出しかけた途端、キュッと心臓を締めつけられた気がした。
扉の開く音がして、玄関のほうから声がする。
「ただいま」
「お父さん、お姉ちゃんったら春休みだと思って一日ソファーで昼寝してたんだよ。あたしはちゃんとお母さんの手伝いしてたのに。お姉ちゃんの誕生日のプレゼント、なしでいいと思う」
「えー! やだー」
わたしの声に驚いたのか、丸まっていたチビ太が体を起こした。
半分寝ぼけた顔をして、わたしの顔を舐めてくる。
「こ、こらチビ太。顔は舐めちゃダメっていつも……」
──そこで、本当に目が覚めた。
現実でもラケルはわたしの顔を舐めていた。
「ごしゅじん、ダメだぞ。魂が抜け出しかけてたぞ!」
「ごめん、チビ太。……ううん、ラケル」
わたしは体を起こし、ギュッとラケルを抱き締めた。
ここはもうわたしの帰る場所なのに、それでもわたしはあの家へ戻りたいと思っている。
会えなくなってしまった人達に会いたくて仕方がない。
「ごしゅじん……」
「……大丈夫。魂が抜け出したら、この場所にさえいられなくなるんだもの」
戻りたい場所はあるけれど、だからといってここが嫌いなわけじゃない。
ここにも大切な人達がいる。
わたしは涙を飲み込んだ。
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