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第三話 密告
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私は隠し持っていたハンカチをテーブルの上に置きました。
香りが漏れないよう幾重にも包んでいた布を開き、取り出します。
どこか異国を思わせる、複雑で刺激的な香りが漂いました。
「これは、どこかで……」
ヤニス王太子殿下の疑問に答えたのは、私ではなく女性騎士でした。
「北のヌメリウス帝国で使われているという魅了除けの呪香の香りに似ています」
「ああ、そうだ。学園に留学していたころのグナエウス皇帝から感じたことがある」
私が出したものが意外だったのか、殿下と騎士は目を丸くして私を見つめました。
「ペリクレス様が目的をおっしゃらずに家を出られたとき、いつもこの香りを纏ってお帰りになるのです」
「ヌメリウス帝国の女と浮気をしているということか?」
驚きから覚めたヤニス王太子殿下は、私が伝えたいことがわからないようで、怪訝そうに首を傾げています。
ペリクレス様の女遊びは昔からです。異国の女性を侍らせていたことも何度もありました。
暗い面持ちの女性騎士が殿下に告げます。
「魅了除けの呪香は秘伝の技術と高価な素材が使われています。纏えるのはヌメリウス帝国でも高位貴族のみです。ヤニス殿下がグナエウス皇帝陛下の香りと似ているとお思いになったということは皇族の方かもしれません。基本の香りは一緒でも、それぞれの家に伝えられた秘伝によって変わってくると聞きますので」
「それが……あ」
ヤニス王太子殿下のお顔が青く染まりました。
青を通り越して色を失った顔の女性騎士と、おふたりで会話を始めます。
女性騎士は私の母親よりも少し若い年代です。猫のように吊り上がった目は、もう二度と会うことの出来ない懐かしい人を思い出させました。
「我が国でも帝国でも王族皇族や高位貴族の人間は、幼いころから結婚相手が決められていることが多い。今の我が国は帝国とは友好関係にあるし、帝国もグナエウス皇帝が即位してからは拡大政策をやめている。しかし……」
「グナエウス皇帝陛下は即位の際に大粛清をなさいました。今残っている皇族は皇帝陛下ご本人と、現在我が国に留学中の皇女殿下だけです。皇帝陛下はただひとりの同母腹である皇女殿下を溺愛なさっているそうです」
「我が国にいる帝国人は皇女だけか?」
殿下のおっしゃっている『帝国人』の中に、身分の低い行商人などは含まれていないのでしょう。
おそらくそれを前提にして女性騎士が答えます。
「魅了除けの呪香を使えるような身分の方ですと、皇帝陛下の母方の親族に当たる帝国の公爵が大使として家族と王都に」
「公爵は恋多き男として有名で、何度も離縁と再婚を繰り返している。今の公爵夫人は俺達と同じ年ごろだったな。……皇女だとしても公爵夫人だとしても大問題だ」
ヤニス王太子殿下が溜息を漏らされます。
私は殿下に告げました。
「殿下。私とペリクレス様は政略結婚です。彼に妻がいることが問題だとおっしゃるのなら、いつでも離縁いたします。ですので、真実が判明したときには私の実家であるパパンドレウ伯爵家には累が及ばぬようにしていただけないでしょうか。私自身は……ペリクレス様を止められなかった情けない妻として責任を取る所存でございます」
「サヴィナ殿。君に責任を取らせるようなことはない。この件は俺と近衛騎士で内密に捜査しよう」
すべてが明らかになるまでは沈黙を守ることを約束させられて、私の密告は終わりを告げました。
……さて、私が蒔いたこの復讐の種は、どんな花を咲かせてくれることでしょう。
香りが漏れないよう幾重にも包んでいた布を開き、取り出します。
どこか異国を思わせる、複雑で刺激的な香りが漂いました。
「これは、どこかで……」
ヤニス王太子殿下の疑問に答えたのは、私ではなく女性騎士でした。
「北のヌメリウス帝国で使われているという魅了除けの呪香の香りに似ています」
「ああ、そうだ。学園に留学していたころのグナエウス皇帝から感じたことがある」
私が出したものが意外だったのか、殿下と騎士は目を丸くして私を見つめました。
「ペリクレス様が目的をおっしゃらずに家を出られたとき、いつもこの香りを纏ってお帰りになるのです」
「ヌメリウス帝国の女と浮気をしているということか?」
驚きから覚めたヤニス王太子殿下は、私が伝えたいことがわからないようで、怪訝そうに首を傾げています。
ペリクレス様の女遊びは昔からです。異国の女性を侍らせていたことも何度もありました。
暗い面持ちの女性騎士が殿下に告げます。
「魅了除けの呪香は秘伝の技術と高価な素材が使われています。纏えるのはヌメリウス帝国でも高位貴族のみです。ヤニス殿下がグナエウス皇帝陛下の香りと似ているとお思いになったということは皇族の方かもしれません。基本の香りは一緒でも、それぞれの家に伝えられた秘伝によって変わってくると聞きますので」
「それが……あ」
ヤニス王太子殿下のお顔が青く染まりました。
青を通り越して色を失った顔の女性騎士と、おふたりで会話を始めます。
女性騎士は私の母親よりも少し若い年代です。猫のように吊り上がった目は、もう二度と会うことの出来ない懐かしい人を思い出させました。
「我が国でも帝国でも王族皇族や高位貴族の人間は、幼いころから結婚相手が決められていることが多い。今の我が国は帝国とは友好関係にあるし、帝国もグナエウス皇帝が即位してからは拡大政策をやめている。しかし……」
「グナエウス皇帝陛下は即位の際に大粛清をなさいました。今残っている皇族は皇帝陛下ご本人と、現在我が国に留学中の皇女殿下だけです。皇帝陛下はただひとりの同母腹である皇女殿下を溺愛なさっているそうです」
「我が国にいる帝国人は皇女だけか?」
殿下のおっしゃっている『帝国人』の中に、身分の低い行商人などは含まれていないのでしょう。
おそらくそれを前提にして女性騎士が答えます。
「魅了除けの呪香を使えるような身分の方ですと、皇帝陛下の母方の親族に当たる帝国の公爵が大使として家族と王都に」
「公爵は恋多き男として有名で、何度も離縁と再婚を繰り返している。今の公爵夫人は俺達と同じ年ごろだったな。……皇女だとしても公爵夫人だとしても大問題だ」
ヤニス王太子殿下が溜息を漏らされます。
私は殿下に告げました。
「殿下。私とペリクレス様は政略結婚です。彼に妻がいることが問題だとおっしゃるのなら、いつでも離縁いたします。ですので、真実が判明したときには私の実家であるパパンドレウ伯爵家には累が及ばぬようにしていただけないでしょうか。私自身は……ペリクレス様を止められなかった情けない妻として責任を取る所存でございます」
「サヴィナ殿。君に責任を取らせるようなことはない。この件は俺と近衛騎士で内密に捜査しよう」
すべてが明らかになるまでは沈黙を守ることを約束させられて、私の密告は終わりを告げました。
……さて、私が蒔いたこの復讐の種は、どんな花を咲かせてくれることでしょう。
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