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王都エンペラルにて
夜会 3
しおりを挟むノエルが今夜参加する夜会は、王都エンペラルに住む貴族の屋敷で開かれることになっていた。
コニーの従兄弟から事前に得た情報によれば、夜会の主催者は、飛行用のローバーの製造に投資をしているらしい。
今夜の招待客は、飛行用ローバーの開発に携わる魔術士や、ローバーを購入する軍に関係するゲストが招待されていた。
コニーの従兄弟は、王立魔術研究所に勤務する魔術士として、鳥類に属する魔獣の生態研究で功績をあげており、飛行用ローバーの開発に大きく寄与している為、招待されているとのことであった。
ノエルが乗ったプライベート用のローバーが、今夜の夜会の会場に到着した。
扉が自動で開き、ノエルが降り立つと、会場である屋敷の周りは、数台のローバーで軽く混雑していた。
着飾った男女が慣れた様子で、屋敷の入り口に立つ護衛に招待状を見せ、次々と中に入っていく。
ノエルは、コニーの従兄弟を探すため、辺りを見回した。従兄弟を探すことに集中しているノエルは、周りから興味の対象として好奇の目に晒されていることに気が付かない。
コニーとエミンの頑張りにより、いつもはクセのある榛色の髪が綺麗にとかされ、耳にかけられている。研究論文を読むために夜更かしをしてできた眼の下のクマも化粧で隠され、透明感のある肌に作りの良い目鼻立ちがより際立って見える。
想像以上に磨きあげられたノエルは、本人の自覚無しに既に注目を集めてしまっていた。
「――もしかして、リンデジャック君?」
後ろから声をかけられたノエルは、くるりと振り返った。そこには、コニーと同じ紫色の髪を持つ男性が立っていた。
「はい、ノエル・リンデジャックです。貴方は…」
「やっぱり!目立つからすぐにわかったよ。コニーの従兄弟のティム・ユーストマです。今日はよろしくね」
「ティムさん…!こちらこそ、よろしくお願いします」
ノエルは、頭を下げて挨拶をする。ノエルより5歳ほど歳上だというティムは、眼鏡をかけており、穏やかな笑みを浮かべてノエルを見つめていた。
コニーが話してくれていた通り、人の良さそうな雰囲気を感じ、ノエルは心の内で密かに安堵する。
「コニーが珍しく友達ができたなんて嬉しそうに言うからね、会えるのを楽しみにしてたんだよ。深窓の令息だから、今夜の夜会ではしっかり君を守るようにってさ。余程君のことが心配みたいだね」
ティムからコニーの言葉を聞いて、ノエルは気恥ずかしさに頬をほんのり染めた。
「そうなんです…コニーは、何かと僕を気にかけてくれて…とても頼りになる同期なんです」
「頼りに…そうかぁ…コニーは良い友達ができたんだね」
ティムは、ノエルの言葉に少し驚いた表情をみせた後、すぐに嬉しそうに微笑んだ。
「あの子は…コニーは本当に良い子でね。僕は分家の出身なんだけど、コニーは本家の三男で…厳しい立場で辛い思いもたくさんしていたんだ。だから、治療士になって、リンデジャック君のような良い友達ができて本当によかった」
ノエルは以前、コニーの家の状況を聞いたことがあった。出来の良い兄達と比べられ肩身の狭い思いをしていたらしい。ティムは、そんなコニーの様子を心配し気遣っていたのだと感じとれた。
「僕も…コニーと友達になれて、本当に良かったと思ってます」
ノエルはそう言ってティムに微笑みかけた。
花が綻ぶような笑みを見せたノエルの様子を見て、たまたま近くにいた他の夜会の招待客数人から、ほぅとため息が漏れた。
「うーん…なるほど。これはコニーも心配しちゃうね。リンデジャック君、夜会は大人の駆け引きが飛び交う社交場だ。今夜はそれを学んでいくと良いよ。では、行こうか」
ティムは、ノエルに片腕を差し出し、ノエルに腕を組むようにさせた。こうしておけば、不用意に近づいてこようとする輩の数を減らせると目論んでの行動であった。
今夜のノエルは、わかりやすい小物を一切身につけておらず、誰のものにも染まっていない純粋無垢なオーラを放っている。そのオーラに引き寄せられる者はきっと少なくは無いだろう。
ティムの腕をそっと組み、少し緊張した面持ちのノエルの横顔を見て、コニーに頼まれている以上、今夜は自分がノエルを守らなければとティムは心の内であらためて思うのであった。
ティムと軽く腕を組みながら、ノエルは夜会の会場へと足を踏み入れた。
今夜招待されているのは100名前後だという。夜会の規模で言うとそれでも小さいと聞いたので、ノエルは驚いた。
「今夜の夜会は、王族は招待されていないし、肩の力を抜いて大丈夫だからね」
夜会初心者のノエルに、ティムは優しく教えてくれる。王族が招待される夜会は、王族の身辺の安全を確保するため、近衛兵が中にも外にも配備され、物々しい雰囲気になるそうだ。
「コニーから、まずはホストである開催者の方に挨拶するのがマナーと聞きました。どの方が開催者の方ですか?」
「あちらにいらっしゃるのが、今夜の主催者である、バウム卿だよ。飛行用のローバーの開発に一際貢献されている方だ。顔を売っておいて損は無いはずだから、一緒に挨拶しにいこう」
ティムはノエルを連れて、今夜の夜会のホストの元へと向かった。
「バウム卿、素晴らしい夜会へのご招待、感謝致します」
「ユーストマ君!よく来てくれたね。君の新しい鳥獣の飛行法則の研究、あれは本当に驚かされた…!ぜひ、飛行用ローバーの研究に活用させてもらいたい…おや…こちらの同伴者の方はどちらかな?」
バウム卿は、ティムの隣に立つノエルに目線を向ける。
「ノエル・リンデジャック君です。魔物討伐部隊の治療士なんですよ。夜会に参加したことがないようで、今日は彼のデビューの日なんです。なんでも、此度の立入制限区域レベル6への進行にも大きく寄与したとか。将来有望ですよ」
「初めまして。こんなに素敵な夜会に出席することができて、とても嬉しいです」
「なんと…!立入制限区域レベル6に…!?それはぜひとも話を詳しく話を聞かせてもらいたい。あとでゆっくり話をしようじゃないか」
バウム卿は、2人にあとで話そうと約束をとりつけ、他のゲストに挨拶をしに向かっていった。
ティムのおかげで、想定よりも主催者の好感を得たノエルは、何とか怪しまれずに夜会に潜り込めたと胸を撫で下ろした。
「なかなかにフレンドリーな方だろう?各業種に顔が利くんだ。緊張して喉が渇いたんじゃない?冷たい飲み物を持ってこようか。待ってて」
ティムは、人があまり居ない部屋の隅でノエルに待っているように伝え、飲み物を取りに向かった。ノエルがふぅと小さなため息をついた時、後ろから突然声をかけられた。
「お前がコニーの友人か?」
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