見知らぬ君がつく優しい嘘

ゆみ

文字の大きさ
上 下
14 / 31

二人の男

しおりを挟む
 シルヴィは暗くなる前からソワソワと迎えが到着するのを待っていた。
 やっと迎えの馬車が現れたのは、日が暮れてから随分と経った頃だった。馬車から降りてきた大男二人はシルヴィの姿を一目見るなり渋い顔をした。

「駄目ですよ、そんなカッコじゃ。もっと上着を着てきてください。」
「この時期の外はまだ寒いですよ。」
「ちょっと待って……外?」
「えーと……とにかく急いで厚着してきて下さい。後で詳しく説明しますから。」

 釈然としないが文句を言っている時間すら惜しかった。シルヴィは慌てて着替えに戻ると上着を着込み馬車に飛び乗った。
 男たちの説明によると、先日連れて行かれたあの屋敷には大きなテラスに面した客間があるらしい。
 今夜はロジェがその部屋にレオを連れて来るので、シルヴィ達三人は外で待機して窓越しに部屋の中を盗み見るのだという。


 指示された通り屋敷の庭を南側に回り込むと、部屋の明かりに照らされたテラスがすぐに目に飛び込んできた。
 明かりのついた部屋の中はまだ無人だ。

「なるほど。ロジェ様が夜にしたのは外が暗いと窓越しには見えにくいからだったのね。」
「そうです。我々は明かりの届かない所に隠れますけど、大丈夫ですか?」
「平気よ。」

 シルヴィは恐縮している二人を尻目に薄暗い茂みをかき分けて今まさに入ろうとしている所だった。
 気が付いた男たちがぎょっとした顔で慌てて止めに入る。

「ちょっとシルヴィ様、待ってください!」
「我々が先に行って確認しますから!」
「確認するって何を?」
「虫とか蜘蛛の巣とか……。そういうの嫌でしょ?」
「……多分あなた達が思ってるより平気よ。ほら、私、花の手入れを手伝ったりしてるから。それにこの庭はよく手入れされてるみたいだから、蜘蛛の巣なんてないでしょう?」

 慌てて身を潜める場所を確保しに行く大きな背中を見ながら、シルヴィは体の小さい自分の方が隠れるのは容易いのにと考えていた。

 手持ち無沙汰でテラスの端に立ったまま、明るい部屋の方向をもう一度振り返って見る──ソファーが窓に向かってL字型に置かれている。

──あそこにレオ様が……。

「シルヴィ様。」

 茂みの陰から小声で呼ばれ、シルヴィは声のした方へ顔を向けた。暗闇に目が慣れるに従って差し出された大きな手が見えてくる。
 大きな手に引かれるまま茂みに一歩踏み出すと、そこにはご丁寧に毛布のような敷物が敷かれていた。

「この間は隊長に凄い剣幕で怒られましたからね。女性にはもっと気を遣えと。」
「……だったらこんな外じゃなくて隣室にでも隠れられなかったのかしら?」
「隣室だと音がしたら直ぐにバレますから。」
「音ね……。」

 敷物の上に座ると、更に肩の上から重たいコートのような物をかけられた。
 シルヴィは両脇にピッタリと寄り添っている男たちのお陰で冷たく吹く夜風からしっかりと守られていた。と同時に、厚着している上にこれでもかと更に重ねられたコートの重みで、仮に何かがあったとしても簡単にこの場から飛び出して行けるような気がしなかった。

「大袈裟ね。これじゃ身動きできないじゃない?」
「案外、それが狙いかもしれませんよ?」
「ロジェ様の考えそうな事ね。」
「……」

 シルヴィは明るい部屋の中をボーッと見つめながら、小声で男たちに話し続けた。

「ねぇ、あなた達はレオ・アングラードを知ってる?」
「えぇ、もちろん。」
「どんな人?」
「そうですね……とてもお優しい方です。」
「優しい?……そう、他には?」
「手先が器用ですね。」
「褒めてばかりね。」
「ロジェ様の方が力はお強いです。従兄弟なのに、対照的なお二人ですよね。」
「静かに!今馬車の音が──。」


 程なくして、客間の扉が開いた。
 シルヴィたちが固唾をのんで見守る中、まず部屋へ入って来たのはロジェだ。続いてロジェよりも色が白く身体の線の細い金髪の男が入って来た。
 あれがレオ・アングラードに違いない。今二人が話してくれた様に、こうして並んでいるのを見ると対照的な二人だ。

 シルヴィは瞬きを繰り返ししっかりとその姿を目に焼き付けた。音を立てないよう、声を出さないよう──息を殺して明るい窓を見つめ続けた。
 
 従兄弟二人はソファーに腰掛けるとすぐに話し込み始めた。二人の顔が窓の方を向いているため、シルヴィたちのいる場所からもその姿がよく見える。
 レオは前屈みになり、はじめのうちは膝の上で両手をゆるく組んでいた。しかし次第に話がヒートアップしてきたのか身振り手振りが加わりはじめ、レオが左手を上げた次の瞬間指先で何かがキラリと光を放った。

──指輪?



 シルヴィは静かに息を呑むと、そのまま目を閉じた。
 時間にするとあっという間……でももうこれで十分だと思った。これ以上レオを見る必要はない、いや、正確には見ていたくなかった。
 レオはシルヴィの目の前で動いて今もロジェと話をしている。重度の怪我を負っているようでもない。──何より、生きていた。

 右側に頭を傾け体を預けると、驚いた大男が身動ぎするのが分かった。

「どうしました?大丈夫ですか?」

 押し殺した男の声に目を閉じたまま頷き返すのが精一杯だった。
 レオに会えるかもしれないという期待と不安とで昨夜はほとんど寝ることができなかった。
 だからレオを一目見て安心したと同時に身体が暖まってきて、もうどうにでもなれという投げやりな気分になってきた。


──レオ様が帰るまでここから動くことができないなら、少しだけ。

 重いコートの下で手足を丸めると、程なくシルヴィを猛烈な睡魔が襲ってきた。

しおりを挟む

処理中です...