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雪解けの冷たい水
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離宮に到着するや否や馬車と荷物を侍女たちに託し、その足で三人は少しだけ庭園を歩くことにした。離宮の主である王妃には到着の挨拶も必要ないとのことだ。
「さすがに座りっぱなしだったから疲れたな。リアは大丈夫か?」
長い手足を伸ばし、首を回しながらジークフリートが先導するように歩き出した。セシリアも少し腰の辺りが痛いが一晩もしないうちに治まる程度のものだ、問題ないだろう。
「はい、疲れはしましたけれど。思ったよりも私の身体は丈夫にできていたようですわ。」
「王宮の食事がいいんだろうね、リア様前より…顔色よくなったし。」
最後尾をついてきているレジナルドはさほど疲れた様子もなくいつもの調子だ。
「分かっていますわ、前より太ったとおっしゃりたいのでしょう?」
「リアは前が細すぎたんだ、私はもう少し太ってもいいと思うぞ?」
湖を渡って来る風は爽やかで心地よい。よく手入れされた離宮前の庭園の芝生を抜けると、すぐそこにもう湖面が見える。
「私、湖岸には石や砂があるものだと思っていましたが、ここは庭園からそのまま湖なのですね。」
「離宮は湖に浮かぶ島に建っているのだそうだ。だから言ってみればここも湖の中だ。」
「馬車で門をくぐる前に橋を渡っただろう?あそこからこっちは島だったんだよ。他の湖岸には石の所もあるからね。」
「こんなに大きな建物が湖に浮かぶ島に建っているんですね。」
「あぁ。大昔はその方が警備もしやすかったのだろうな。」
湖の水面には水草が浮いているのが見え、近付いてもその底は見えそうになかった。
「いつだったかジークと二人で湖に入ったことがあったよな。覚えてる?」
「忘れる訳がないだろう?あの時の水の冷たさと言ったら…。」
「ほんと、びっくりしたよね。ここが標高高いってことすっかり忘れてたよ。リア様は真似しないだろうけど、一応気を付けてね?風邪ひくくらい冷たいから。」
「そういえばレジーは翌日熱を出して寝込んだよな?姉上と侍女が大騒ぎしていた…。」
「そうだったっけ?」
「あぁ、あの時は確か母上も様子を見に来ていたぞ?」
「あ、それ俺覚えてないやつだよね?そう、昔はそんなこともあったなぁ。俺寝てて王妃様が来られたとか全然気付かなかったんだよね。」
セシリアは幼い二人とリーナが芝生の上を走り回っている様子を想像しようと庭園を振り返った。その時、離宮の二階中央にある窓辺に人影が見えたような気がした。気のせいだっただろうか?よく目を凝らしてみるがもうその影は見当たらない。一瞬のことだったのでガラスに映った庭園の景色がそう見えただけだったのかもしれない。
「リア様?どうかした?」
「いえ、…離宮が綺麗で思わず見とれてしまいました。」
ジークフリートはセシリアの目線が二階にある王妃の私室辺りに留まっていることに気が付き、ひょっとしてと目線の先を追ったがその目には何も捉えることができなかった。
「そっか。で、どうする?二人がまだ散歩するようなら俺もう中に入るけど。」
「そうだな、私たちも中に入って茶でも飲むか。」
「何か甘いものが欲しいです。レジー様もでしょ?」
「疲れた時には糖分いるもんね。離宮の料理人も腕は確かだから楽しみだな~!」
三人はほんの少し散策をしただけで満足したのか、そのまま玄関の方に戻り始めた。
「リアもレジーに倣って甘いものを食べてもう少し太るといい。」
「何?ジークはリア様を太らせたいの?」
「太っていても痩せていてもいいんだが…健康的に…だな。」
離宮に来ても相変わらずな様子の二人にセシリアが思わず笑いを堪えていると、扉を開けようと控えていた騎士がぎょっとした顔でこちらを見た。見たことのない顔だから離宮に常駐している騎士なのだろう。
「俺たちが騒々しいからびっくりしてるんだよ、大丈夫、普段通りで。」
「ここ数年この離宮に来るのはレジーと二人だけだったからな。賑やかになって騎士も驚いているのだろう。」
「…レジー様とお二人だけでも十分賑やかそうですけれどね。」
「男二人じゃ全然違うよ!ジークもこんな風に話したり笑ったりなんてしなかったしさ。」
「お前の口数も倍に増えたのは確実だ。」
「倍…ですか。」
「それは…でも良いことだよ、王宮でも離宮でも笑い声が聞こえるってなんか平和な感じでさ、リア様がいるだけで華やかだし。」
二人の言葉通り、賑やかに話し、笑いあう王太子一行の様子を目にした者達は皆初めは驚き、やがて微笑ましいものをみるかのような態度を見せるようになった。それはセシリアが王宮に部屋をはじめてもらった時に感じたのとよく似た反応だった。
「さすがに座りっぱなしだったから疲れたな。リアは大丈夫か?」
長い手足を伸ばし、首を回しながらジークフリートが先導するように歩き出した。セシリアも少し腰の辺りが痛いが一晩もしないうちに治まる程度のものだ、問題ないだろう。
「はい、疲れはしましたけれど。思ったよりも私の身体は丈夫にできていたようですわ。」
「王宮の食事がいいんだろうね、リア様前より…顔色よくなったし。」
最後尾をついてきているレジナルドはさほど疲れた様子もなくいつもの調子だ。
「分かっていますわ、前より太ったとおっしゃりたいのでしょう?」
「リアは前が細すぎたんだ、私はもう少し太ってもいいと思うぞ?」
湖を渡って来る風は爽やかで心地よい。よく手入れされた離宮前の庭園の芝生を抜けると、すぐそこにもう湖面が見える。
「私、湖岸には石や砂があるものだと思っていましたが、ここは庭園からそのまま湖なのですね。」
「離宮は湖に浮かぶ島に建っているのだそうだ。だから言ってみればここも湖の中だ。」
「馬車で門をくぐる前に橋を渡っただろう?あそこからこっちは島だったんだよ。他の湖岸には石の所もあるからね。」
「こんなに大きな建物が湖に浮かぶ島に建っているんですね。」
「あぁ。大昔はその方が警備もしやすかったのだろうな。」
湖の水面には水草が浮いているのが見え、近付いてもその底は見えそうになかった。
「いつだったかジークと二人で湖に入ったことがあったよな。覚えてる?」
「忘れる訳がないだろう?あの時の水の冷たさと言ったら…。」
「ほんと、びっくりしたよね。ここが標高高いってことすっかり忘れてたよ。リア様は真似しないだろうけど、一応気を付けてね?風邪ひくくらい冷たいから。」
「そういえばレジーは翌日熱を出して寝込んだよな?姉上と侍女が大騒ぎしていた…。」
「そうだったっけ?」
「あぁ、あの時は確か母上も様子を見に来ていたぞ?」
「あ、それ俺覚えてないやつだよね?そう、昔はそんなこともあったなぁ。俺寝てて王妃様が来られたとか全然気付かなかったんだよね。」
セシリアは幼い二人とリーナが芝生の上を走り回っている様子を想像しようと庭園を振り返った。その時、離宮の二階中央にある窓辺に人影が見えたような気がした。気のせいだっただろうか?よく目を凝らしてみるがもうその影は見当たらない。一瞬のことだったのでガラスに映った庭園の景色がそう見えただけだったのかもしれない。
「リア様?どうかした?」
「いえ、…離宮が綺麗で思わず見とれてしまいました。」
ジークフリートはセシリアの目線が二階にある王妃の私室辺りに留まっていることに気が付き、ひょっとしてと目線の先を追ったがその目には何も捉えることができなかった。
「そっか。で、どうする?二人がまだ散歩するようなら俺もう中に入るけど。」
「そうだな、私たちも中に入って茶でも飲むか。」
「何か甘いものが欲しいです。レジー様もでしょ?」
「疲れた時には糖分いるもんね。離宮の料理人も腕は確かだから楽しみだな~!」
三人はほんの少し散策をしただけで満足したのか、そのまま玄関の方に戻り始めた。
「リアもレジーに倣って甘いものを食べてもう少し太るといい。」
「何?ジークはリア様を太らせたいの?」
「太っていても痩せていてもいいんだが…健康的に…だな。」
離宮に来ても相変わらずな様子の二人にセシリアが思わず笑いを堪えていると、扉を開けようと控えていた騎士がぎょっとした顔でこちらを見た。見たことのない顔だから離宮に常駐している騎士なのだろう。
「俺たちが騒々しいからびっくりしてるんだよ、大丈夫、普段通りで。」
「ここ数年この離宮に来るのはレジーと二人だけだったからな。賑やかになって騎士も驚いているのだろう。」
「…レジー様とお二人だけでも十分賑やかそうですけれどね。」
「男二人じゃ全然違うよ!ジークもこんな風に話したり笑ったりなんてしなかったしさ。」
「お前の口数も倍に増えたのは確実だ。」
「倍…ですか。」
「それは…でも良いことだよ、王宮でも離宮でも笑い声が聞こえるってなんか平和な感じでさ、リア様がいるだけで華やかだし。」
二人の言葉通り、賑やかに話し、笑いあう王太子一行の様子を目にした者達は皆初めは驚き、やがて微笑ましいものをみるかのような態度を見せるようになった。それはセシリアが王宮に部屋をはじめてもらった時に感じたのとよく似た反応だった。
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