王太子殿下は甘い物を召し上がりません!

ゆみ

文字の大きさ
70 / 76
7

頭が痛い

しおりを挟む
「お父様…。」
 騎士に両脇を抱えられた侯爵はセシリアの声にも反応しない。ただ黙って王妃の部屋から連れ出されようとしていた。
「リア…やはり貴方にはこんなところを見せるべきではなかった。」
 セシリアは顔を横に振りながらも最後まで侯爵の背中を見送った。
「この目でしっかりと見届けたかったのです。」
 ジークフリートは立ち尽くすセシリアの肩を抱き寄せようと手を伸ばしたが、セシリアはそれを避けるように身を動かした。
「リア?」
「…今回はレジー様の時とは状況が違います。不敬などという軽いものでは済まないはずです。」
 ジークフリートは初めて自分の手を避けた婚約者が今一体何を考えているのかと、その目をじっと見つめた。
「…何が…言いたい?」
 真っ直ぐにこちらを見上げたその紺色の瞳からは瞬きとともに大粒の涙が零れ落ちる。
「私は…王太子殿下の妃にはなれません。」
 目を逸らすことなくきっぱりと言い切ったその顔を、ジークフリートは不謹慎にもとても綺麗だと思った。
「ジーク、リア様も…場所を変えよう。」
「レジー?」
 ビューロー侯爵が連れて行かれた後で誰もいないとはいえ、王妃の部屋で深刻な話を始めていた二人に、いつの間に戻ってきていたのかレジナルドが声を掛けた。
「とりあえずジークの部屋に行こう。」
 慌てて涙を拭うセシリアにジークフリートがハンカチを差し出すと、二人は少しためらった後軽く腕を組んで歩き出した。扉を支えたまま横目でそれを見送ったレジナルドも、硬い表情をしたまま無言で後をついて行く。

 ジークフリートの寝室で二人がソファーに座ったのを確認すると、レジナルドはどうしようかとちらっとジークフリートの方を見た。先ほどから二人とも押し黙ったままだが、自分がいたら余計に話し辛いに違いない──出て行くべきか?
「レジー、ココアを持ってくるように言ってくれないか?」
「ココア?」
 場違いなジークフリートの注文に思わず変な声がでてしまい、慌てて口を抑えるがセシリアもまた驚いたようにジークフリートを見ていた。とりあえず三つということはレジナルドもここに残れという意味なのだろうか。
「…ココアの方が気分が落ち着くんだ。」
 気まずそうにしているジークフリートはそのままに、侍女にココアを頼むと椅子を持ってきて二人から少し離れた場所に腰を下ろすことにした。
「ココアは甘いものなのにジーク様はお好きなのですね?」
「たまに…考え事をしたいときに飲みたくなることがある。そういえば、ついこの前もレジーと二人でここで飲んだな。」
「そうでしたか…」
「リアが馬車で離宮から帰ってきている時だ。私だって身体は疲れていたはずなのに眠れなくて…。早くリアに逢いたいと、そればかり考えていた。」
「…私も…心配しておりました。」
 小さめのノック音がすると侍女がココアを持って入ってくる。黙ってそれを見ていたセシリアが僅かに笑みを浮かべた。
「マシュマロが入ったココアを飲むのは初めてです。」
「私もココアを飲むリアを見るのは初めてだ。」
 二人の視線がようやくぶつかった。
「離宮の近くの湖で、リアに言った言葉を覚えているか?私にはまだまだリアに見せたい景色も連れて行きたい場所も沢山あるんだ。知ってほしいことも、知りたいことも…沢山。」
「ジーク様…。」
「リアが王太子妃になれないと言うのは侯爵が罪を犯したからか?」
「…それだけではありません。母も妹も、従妹まで罪を犯しております。」
「そこだけを聞くととんでもない一族だな…。」
 レジナルドはジークフリートの容赦ないその一言にぎょっとして思わず身体を動かしてしまい、それを誤魔化すかのようにココアを一口飲むと頬をかいた。
「王太子妃がそのような一族の出自だというのは前代未聞です。」
「ヴィルヘルムではそうかもしれない。だが他国ではよくある話だろう?特にステーリアなどは実力主義だからな。親が罪人であろうが、純潔でなかろうが王太子が妃となるに相応しいと認めれば関係ない。」
「?!」
 その言葉に衝撃を受けたセシリアとレジナルドは息を呑むとその場で顔を見合わせ、ゆっくりとジークフリートに青い顔を向けた。
「まさか、フェルナンド殿下はそこまでのことを全て考えた上で?」
 ジークフリートは落ち着いた様子でココアを一口飲むとレジナルドに向って話し出した。
「以前レジーには言ったことがあったな。リアが自分の意志で私の元から逃げるのならば仕方ないと。私には自分の立場を捨ててまで一人の女性を追いかけることができないからだが…それはきっとフェルナンドにも言えることだ。あいつもリアを追いかけてここまで来ることはできない。ならばリアの方から来るように仕向けるしかないんだ。」
「…じわじわとヴィルヘルムでの居場所を無くしてリア様がステーリアに来ざるを得ない様な状況に追い込もうとしていたとでも?」
「何時からフェルナンドが関わっていたのかは分からないが、最終的にはそうするつもりだったのだろう。」
「…どうしてそんなに酷いことを?」
 セシリアがたまりかねたように言った。
「たったそれだけのことの為に……一体何人が罪を犯したのでしょうか?」
「ステーリア側が裏で何処まで侯爵家と関わっていたのかはまだ分からない。それに少し唆されただけで罪を侵した方にも少なからず責任はある……。」
「勿論です。」
 レジナルドは頭の後ろに腕を組みながらため息をついた。
 ジークフリートはセシリアの手を握ると、今度は拒否されないことを確認した上でそっと口付けた。
「リアには覚悟を決めておけと湖で言ったな?」
「はい…覚えております。」
「近いうちに新しい父親と兄ができることになるかもしれない。」
「家名を捨てろと仰るのですね?」
「勿論そうしなくても良いように力を尽くすつもりだが……。」
「それより、って言ったよな?」
「あぁ。レジーはリアよりも誕生日が早かったはずだ。」
 レジナルドは今度こそ椅子の上で頭を抱え込んだ。
「駄目だ…頭が全然ついて行けない…。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

美人同僚のおまけとして異世界召喚された私、無能扱いされ王城から追い出される。私の才能を見出してくれた辺境伯様と一緒に田舎でのんびりスローライ

さら
恋愛
美人な同僚の“おまけ”として異世界に召喚された私。けれど、無能だと笑われ王城から追い出されてしまう――。 絶望していた私を拾ってくれたのは、冷徹と噂される辺境伯様でした。 荒れ果てた村で彼の隣に立ちながら、料理を作り、子供たちに針仕事を教え、少しずつ居場所を見つけていく私。 優しい言葉をかけてくれる領民たち、そして、時折見せる辺境伯様の微笑みに、胸がときめいていく……。 華やかな王都で「無能」と追放された女が、辺境で自分の価値を見つけ、誰よりも大切に愛される――。

【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜

ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して── 大商会の娘サーシャ。 子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。 華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。 そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。 けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。 サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。 新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。 一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき── 夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。 ※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。 ※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

処理中です...