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頭が痛い
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「お父様…。」
騎士に両脇を抱えられた侯爵はセシリアの声にも反応しない。ただ黙って王妃の部屋から連れ出されようとしていた。
「リア…やはり貴方にはこんなところを見せるべきではなかった。」
セシリアは顔を横に振りながらも最後まで侯爵の背中を見送った。
「この目でしっかりと見届けたかったのです。」
ジークフリートは立ち尽くすセシリアの肩を抱き寄せようと手を伸ばしたが、セシリアはそれを避けるように身を動かした。
「リア?」
「…今回はレジー様の時とは状況が違います。不敬などという軽いものでは済まないはずです。」
ジークフリートは初めて自分の手を避けた婚約者が今一体何を考えているのかと、その目をじっと見つめた。
「…何が…言いたい?」
真っ直ぐにこちらを見上げたその紺色の瞳からは瞬きとともに大粒の涙が零れ落ちる。
「私は…王太子殿下の妃にはなれません。」
目を逸らすことなくきっぱりと言い切ったその顔を、ジークフリートは不謹慎にもとても綺麗だと思った。
「ジーク、リア様も…場所を変えよう。」
「レジー?」
ビューロー侯爵が連れて行かれた後で誰もいないとはいえ、王妃の部屋で深刻な話を始めていた二人に、いつの間に戻ってきていたのかレジナルドが声を掛けた。
「とりあえずジークの部屋に行こう。」
慌てて涙を拭うセシリアにジークフリートがハンカチを差し出すと、二人は少しためらった後軽く腕を組んで歩き出した。扉を支えたまま横目でそれを見送ったレジナルドも、硬い表情をしたまま無言で後をついて行く。
ジークフリートの寝室で二人がソファーに座ったのを確認すると、レジナルドはどうしようかとちらっとジークフリートの方を見た。先ほどから二人とも押し黙ったままだが、自分がいたら余計に話し辛いに違いない──出て行くべきか?
「レジー、ココアを三つ持ってくるように言ってくれないか?」
「ココア?」
場違いなジークフリートの注文に思わず変な声がでてしまい、慌てて口を抑えるがセシリアもまた驚いたようにジークフリートを見ていた。とりあえず三つということはレジナルドもここに残れという意味なのだろうか。
「…ココアの方が気分が落ち着くんだ。」
気まずそうにしているジークフリートはそのままに、侍女にココアを頼むと椅子を持ってきて二人から少し離れた場所に腰を下ろすことにした。
「ココアは甘いものなのにジーク様はお好きなのですね?」
「たまに…考え事をしたいときに飲みたくなることがある。そういえば、ついこの前もレジーと二人でここで飲んだな。」
「そうでしたか…」
「リアが馬車で離宮から帰ってきている時だ。私だって身体は疲れていたはずなのに眠れなくて…。早くリアに逢いたいと、そればかり考えていた。」
「…私も…心配しておりました。」
小さめのノック音がすると侍女がココアを持って入ってくる。黙ってそれを見ていたセシリアが僅かに笑みを浮かべた。
「マシュマロが入ったココアを飲むのは初めてです。」
「私もココアを飲むリアを見るのは初めてだ。」
二人の視線がようやくぶつかった。
「離宮の近くの湖で、リアに言った言葉を覚えているか?私にはまだまだリアに見せたい景色も連れて行きたい場所も沢山あるんだ。知ってほしいことも、知りたいことも…沢山。」
「ジーク様…。」
「リアが王太子妃になれないと言うのは侯爵が罪を犯したからか?」
「…それだけではありません。母も妹も、従妹まで罪を犯しております。」
「そこだけを聞くととんでもない一族だな…。」
レジナルドはジークフリートの容赦ないその一言にぎょっとして思わず身体を動かしてしまい、それを誤魔化すかのようにココアを一口飲むと頬をかいた。
「王太子妃がそのような一族の出自だというのは前代未聞です。」
「ヴィルヘルムではそうかもしれない。だが他国ではよくある話だろう?特にステーリアなどは実力主義だからな。親が罪人であろうが、純潔でなかろうが王太子が妃となるに相応しいと認めれば関係ない。」
「?!」
その言葉に衝撃を受けたセシリアとレジナルドは息を呑むとその場で顔を見合わせ、ゆっくりとジークフリートに青い顔を向けた。
「まさか、フェルナンド殿下はそこまでのことを全て考えた上で?」
ジークフリートは落ち着いた様子でココアを一口飲むとレジナルドに向って話し出した。
「以前レジーには言ったことがあったな。リアが自分の意志で私の元から逃げるのならば仕方ないと。私には自分の立場を捨ててまで一人の女性を追いかけることができないからだが…それはきっとフェルナンドにも言えることだ。あいつもリアを追いかけてここまで来ることはできない。ならばリアの方から来るように仕向けるしかないんだ。」
「…じわじわとヴィルヘルムでの居場所を無くしてリア様がステーリアに来ざるを得ない様な状況に追い込もうとしていたとでも?」
「何時からフェルナンドが関わっていたのかは分からないが、最終的にはそうするつもりだったのだろう。」
「…どうしてそんなに酷いことを?」
セシリアがたまりかねたように言った。
「たったそれだけのことの為に……一体何人が罪を犯したのでしょうか?」
「ステーリア側が裏で何処まで侯爵家と関わっていたのかはまだ分からない。それに少し唆されただけで罪を侵した方にも少なからず責任はある……。」
「勿論です。」
レジナルドは頭の後ろに腕を組みながらため息をついた。
ジークフリートはセシリアの手を握ると、今度は拒否されないことを確認した上でそっと口付けた。
「リアには覚悟を決めておけと湖で言ったな?」
「はい…覚えております。」
「近いうちに新しい父親と兄ができることになるかもしれない。」
「家名を捨てろと仰るのですね?」
「勿論そうしなくても良いように力を尽くすつもりだが……。」
「それより、新しい父親と兄って言ったよな?」
「あぁ。レジーはリアよりも誕生日が早かったはずだ。」
レジナルドは今度こそ椅子の上で頭を抱え込んだ。
「駄目だ…頭が全然ついて行けない…。」
騎士に両脇を抱えられた侯爵はセシリアの声にも反応しない。ただ黙って王妃の部屋から連れ出されようとしていた。
「リア…やはり貴方にはこんなところを見せるべきではなかった。」
セシリアは顔を横に振りながらも最後まで侯爵の背中を見送った。
「この目でしっかりと見届けたかったのです。」
ジークフリートは立ち尽くすセシリアの肩を抱き寄せようと手を伸ばしたが、セシリアはそれを避けるように身を動かした。
「リア?」
「…今回はレジー様の時とは状況が違います。不敬などという軽いものでは済まないはずです。」
ジークフリートは初めて自分の手を避けた婚約者が今一体何を考えているのかと、その目をじっと見つめた。
「…何が…言いたい?」
真っ直ぐにこちらを見上げたその紺色の瞳からは瞬きとともに大粒の涙が零れ落ちる。
「私は…王太子殿下の妃にはなれません。」
目を逸らすことなくきっぱりと言い切ったその顔を、ジークフリートは不謹慎にもとても綺麗だと思った。
「ジーク、リア様も…場所を変えよう。」
「レジー?」
ビューロー侯爵が連れて行かれた後で誰もいないとはいえ、王妃の部屋で深刻な話を始めていた二人に、いつの間に戻ってきていたのかレジナルドが声を掛けた。
「とりあえずジークの部屋に行こう。」
慌てて涙を拭うセシリアにジークフリートがハンカチを差し出すと、二人は少しためらった後軽く腕を組んで歩き出した。扉を支えたまま横目でそれを見送ったレジナルドも、硬い表情をしたまま無言で後をついて行く。
ジークフリートの寝室で二人がソファーに座ったのを確認すると、レジナルドはどうしようかとちらっとジークフリートの方を見た。先ほどから二人とも押し黙ったままだが、自分がいたら余計に話し辛いに違いない──出て行くべきか?
「レジー、ココアを三つ持ってくるように言ってくれないか?」
「ココア?」
場違いなジークフリートの注文に思わず変な声がでてしまい、慌てて口を抑えるがセシリアもまた驚いたようにジークフリートを見ていた。とりあえず三つということはレジナルドもここに残れという意味なのだろうか。
「…ココアの方が気分が落ち着くんだ。」
気まずそうにしているジークフリートはそのままに、侍女にココアを頼むと椅子を持ってきて二人から少し離れた場所に腰を下ろすことにした。
「ココアは甘いものなのにジーク様はお好きなのですね?」
「たまに…考え事をしたいときに飲みたくなることがある。そういえば、ついこの前もレジーと二人でここで飲んだな。」
「そうでしたか…」
「リアが馬車で離宮から帰ってきている時だ。私だって身体は疲れていたはずなのに眠れなくて…。早くリアに逢いたいと、そればかり考えていた。」
「…私も…心配しておりました。」
小さめのノック音がすると侍女がココアを持って入ってくる。黙ってそれを見ていたセシリアが僅かに笑みを浮かべた。
「マシュマロが入ったココアを飲むのは初めてです。」
「私もココアを飲むリアを見るのは初めてだ。」
二人の視線がようやくぶつかった。
「離宮の近くの湖で、リアに言った言葉を覚えているか?私にはまだまだリアに見せたい景色も連れて行きたい場所も沢山あるんだ。知ってほしいことも、知りたいことも…沢山。」
「ジーク様…。」
「リアが王太子妃になれないと言うのは侯爵が罪を犯したからか?」
「…それだけではありません。母も妹も、従妹まで罪を犯しております。」
「そこだけを聞くととんでもない一族だな…。」
レジナルドはジークフリートの容赦ないその一言にぎょっとして思わず身体を動かしてしまい、それを誤魔化すかのようにココアを一口飲むと頬をかいた。
「王太子妃がそのような一族の出自だというのは前代未聞です。」
「ヴィルヘルムではそうかもしれない。だが他国ではよくある話だろう?特にステーリアなどは実力主義だからな。親が罪人であろうが、純潔でなかろうが王太子が妃となるに相応しいと認めれば関係ない。」
「?!」
その言葉に衝撃を受けたセシリアとレジナルドは息を呑むとその場で顔を見合わせ、ゆっくりとジークフリートに青い顔を向けた。
「まさか、フェルナンド殿下はそこまでのことを全て考えた上で?」
ジークフリートは落ち着いた様子でココアを一口飲むとレジナルドに向って話し出した。
「以前レジーには言ったことがあったな。リアが自分の意志で私の元から逃げるのならば仕方ないと。私には自分の立場を捨ててまで一人の女性を追いかけることができないからだが…それはきっとフェルナンドにも言えることだ。あいつもリアを追いかけてここまで来ることはできない。ならばリアの方から来るように仕向けるしかないんだ。」
「…じわじわとヴィルヘルムでの居場所を無くしてリア様がステーリアに来ざるを得ない様な状況に追い込もうとしていたとでも?」
「何時からフェルナンドが関わっていたのかは分からないが、最終的にはそうするつもりだったのだろう。」
「…どうしてそんなに酷いことを?」
セシリアがたまりかねたように言った。
「たったそれだけのことの為に……一体何人が罪を犯したのでしょうか?」
「ステーリア側が裏で何処まで侯爵家と関わっていたのかはまだ分からない。それに少し唆されただけで罪を侵した方にも少なからず責任はある……。」
「勿論です。」
レジナルドは頭の後ろに腕を組みながらため息をついた。
ジークフリートはセシリアの手を握ると、今度は拒否されないことを確認した上でそっと口付けた。
「リアには覚悟を決めておけと湖で言ったな?」
「はい…覚えております。」
「近いうちに新しい父親と兄ができることになるかもしれない。」
「家名を捨てろと仰るのですね?」
「勿論そうしなくても良いように力を尽くすつもりだが……。」
「それより、新しい父親と兄って言ったよな?」
「あぁ。レジーはリアよりも誕生日が早かったはずだ。」
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「駄目だ…頭が全然ついて行けない…。」
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