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忘れられた存在
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レジナルドはリーナの居場所をスコールに聞き出すと、そのまま二人で確認に向かう事にした。王宮の警備は第一騎士団副団長に臨時で任せると急いでバトラー公爵邸──つまりはスコールとレジナルドの邸へ急ぐ。
「しかし何で俺が謹慎って事で強引に王宮に泊まらされたのかやっと分かったよ、リーナ様がウチにいるなんて…。」
「すぐに王宮を出たいと言われたのだが他に行く宛てがなかったんだ。私も王宮に泊まり込んでいて邸には誰も居ないからな、却ってその方が警備がし易いというのもあった。」
「…何も無いといいんだけど。」
「あぁ。」
もう少しで自邸に到着するという所で、スコールは前方から走ってくる馬車に気が付いた。
「レジー、あれを。」
「…家紋のない馬車?」
馬車には普通はその家の紋が入っている。貴族の邸が立ち並ぶこの辺りでは紋のないお忍びの馬車も珍しくはないのだが何かひっかかるものを感じた二人は、急いで馬車を停める事にした。
「何事です?」
「失礼します、馬車の中を確認させて頂きたい。」
いきなり馬車を停められて驚く御者には構わず、スコールは扉に手をかけようとした。
「スコール団長?」
「リーナ様?」
急に停められたことに驚いたのか扉の窓から覗いたのは今まさにその居場所を確認しようとしていたリーナ本人だった。
「どういう事なの?騎士団で貴方が呼んでいるからと…。」
レジナルドが開かれた馬車の扉から中を伺い確認するがそこにはリーナの他に誰も乗っていない。
「誰か迎えの者は来なかったのですか?」
「いいえ。馬車だけよ?」
その言葉にレジナルドは息を呑んだ。スコールもまた同様だ。
「リーナ様はこのまま邸へお戻りください。レジー、リーナ様は任せた。私は急いで王宮へ戻る!」
スコールはレジナルドを急かすと自らは先に馬首を翻した。
王妃は部屋で一人本を眺めていた。声を出すことも極力避けていたのでまだ王宮内でその声を聞いたのは王族以外ではスコールとセシリアくらいのものだった。できるだけ目立たぬように存在感を消し、自室で籠っているというのに…。侍女が訪問者を知らせに来たのは早朝の事だった。
その訪問者の名が告げられると王妃はまるで凍りついたように表情を失った。
「王妃様、大変ご無沙汰しております。」
誰も通すなと言い置かれていた侍女と騎士が許可を得ることなく通したのはその人が第二騎士団の副団長だからだ。王妃の元を訪ねてきたのはビューロー侯爵だった。
「王妃様が王都に戻られる日を…私は心の底から待ち望んでおりました。」
王妃がごくりと喉をならすのが分かった。しかし何も声には出さない。
「9年になりますか?長かったですな。離宮はそんなに居心地がよかったのですか?ここに戻ってくるのもお嫌になるくらいに?」
侯爵は何かにとりつかれたかのように一方的に話を続けた。王妃が返事を返さないことを気にしている様子もない。
「それとも、時が経てば誰もが忘れてくれるとでもお思いでしたか?」
侯爵は表面上はにこやかな笑みをたたえたまま王妃に一歩近づいた。
「…私は決して忘れません。16年前…貴方があんな風に騒ぎを起こさなければ、妻は死なずに済んだんだ。」
「…16年前?」
王妃は震える声で小さく呟いた。
「貴方には取るに足りない出来事だったのでしょう?お生まれになったばかりの殿下が熱を出されたからと。あの日私たち騎士は休みだった者も駆り出されて総動員で王宮内の調査を命じられました。いるはずもない不審者を見つけよとの命令で。」
「…」
「結局殿下の熱はすぐに下がり、疑わしい者も見つかりませんでした。幼い子にはよくあることです。ですが、あの日私は妻を領地まで護衛していく約束を果たせなかった…。」
言い終わらぬ内にビューロー侯爵は懐に手を入れた。
「カーラを…カーラを殺したのは貴方です!」
侯爵が懐から何かを取り出そうとしたまさにその時、侯爵の身体は何者かによってがっしりと背後から羽交い絞めにされた──一瞬の事だった。静かな部屋に侯爵の僅かな唸り声が響く。
「それまでです、侯爵。」
ビューロー侯爵はいきなり後ろから現れた人物を振り返ることもできなかったがその声を聞いただけであっけなく肩の力を抜いた。
「…ジークフリート殿下…。」
「ゆっくりとその手を懐から出してください。」
「…どうして殿下がここに?」
「侯爵、私は気が短いのです。手を出してください。」
侯爵は尚も諦めきれない様子でしばらく歯を食いしばっていたが、ジークフリートの手が強く締め付けるのを感じるとその懐からゆっくりと短刀を取り出し、足元に投げた。
「リア、控えている騎士を呼んで。」
「セシリア?まさか!」
侯爵は首をわずかに動かし、その姿を確認しようとしたがジークフリートの手は緩むことがなかった。
「騎士が来るまで動かないでいただきたい。私もリアの父君に手荒な真似をしたくはないのです。」
「しかし何で俺が謹慎って事で強引に王宮に泊まらされたのかやっと分かったよ、リーナ様がウチにいるなんて…。」
「すぐに王宮を出たいと言われたのだが他に行く宛てがなかったんだ。私も王宮に泊まり込んでいて邸には誰も居ないからな、却ってその方が警備がし易いというのもあった。」
「…何も無いといいんだけど。」
「あぁ。」
もう少しで自邸に到着するという所で、スコールは前方から走ってくる馬車に気が付いた。
「レジー、あれを。」
「…家紋のない馬車?」
馬車には普通はその家の紋が入っている。貴族の邸が立ち並ぶこの辺りでは紋のないお忍びの馬車も珍しくはないのだが何かひっかかるものを感じた二人は、急いで馬車を停める事にした。
「何事です?」
「失礼します、馬車の中を確認させて頂きたい。」
いきなり馬車を停められて驚く御者には構わず、スコールは扉に手をかけようとした。
「スコール団長?」
「リーナ様?」
急に停められたことに驚いたのか扉の窓から覗いたのは今まさにその居場所を確認しようとしていたリーナ本人だった。
「どういう事なの?騎士団で貴方が呼んでいるからと…。」
レジナルドが開かれた馬車の扉から中を伺い確認するがそこにはリーナの他に誰も乗っていない。
「誰か迎えの者は来なかったのですか?」
「いいえ。馬車だけよ?」
その言葉にレジナルドは息を呑んだ。スコールもまた同様だ。
「リーナ様はこのまま邸へお戻りください。レジー、リーナ様は任せた。私は急いで王宮へ戻る!」
スコールはレジナルドを急かすと自らは先に馬首を翻した。
王妃は部屋で一人本を眺めていた。声を出すことも極力避けていたのでまだ王宮内でその声を聞いたのは王族以外ではスコールとセシリアくらいのものだった。できるだけ目立たぬように存在感を消し、自室で籠っているというのに…。侍女が訪問者を知らせに来たのは早朝の事だった。
その訪問者の名が告げられると王妃はまるで凍りついたように表情を失った。
「王妃様、大変ご無沙汰しております。」
誰も通すなと言い置かれていた侍女と騎士が許可を得ることなく通したのはその人が第二騎士団の副団長だからだ。王妃の元を訪ねてきたのはビューロー侯爵だった。
「王妃様が王都に戻られる日を…私は心の底から待ち望んでおりました。」
王妃がごくりと喉をならすのが分かった。しかし何も声には出さない。
「9年になりますか?長かったですな。離宮はそんなに居心地がよかったのですか?ここに戻ってくるのもお嫌になるくらいに?」
侯爵は何かにとりつかれたかのように一方的に話を続けた。王妃が返事を返さないことを気にしている様子もない。
「それとも、時が経てば誰もが忘れてくれるとでもお思いでしたか?」
侯爵は表面上はにこやかな笑みをたたえたまま王妃に一歩近づいた。
「…私は決して忘れません。16年前…貴方があんな風に騒ぎを起こさなければ、妻は死なずに済んだんだ。」
「…16年前?」
王妃は震える声で小さく呟いた。
「貴方には取るに足りない出来事だったのでしょう?お生まれになったばかりの殿下が熱を出されたからと。あの日私たち騎士は休みだった者も駆り出されて総動員で王宮内の調査を命じられました。いるはずもない不審者を見つけよとの命令で。」
「…」
「結局殿下の熱はすぐに下がり、疑わしい者も見つかりませんでした。幼い子にはよくあることです。ですが、あの日私は妻を領地まで護衛していく約束を果たせなかった…。」
言い終わらぬ内にビューロー侯爵は懐に手を入れた。
「カーラを…カーラを殺したのは貴方です!」
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「それまでです、侯爵。」
ビューロー侯爵はいきなり後ろから現れた人物を振り返ることもできなかったがその声を聞いただけであっけなく肩の力を抜いた。
「…ジークフリート殿下…。」
「ゆっくりとその手を懐から出してください。」
「…どうして殿下がここに?」
「侯爵、私は気が短いのです。手を出してください。」
侯爵は尚も諦めきれない様子でしばらく歯を食いしばっていたが、ジークフリートの手が強く締め付けるのを感じるとその懐からゆっくりと短刀を取り出し、足元に投げた。
「リア、控えている騎士を呼んで。」
「セシリア?まさか!」
侯爵は首をわずかに動かし、その姿を確認しようとしたがジークフリートの手は緩むことがなかった。
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