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青い車
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ひとしきり飲んで食べて大騒ぎをしているうちに、ふと隣がや静かになっていることに気が付いた。さっきまでバイトの話で盛り上がっていたはずなのにおかしいと思いながらシンを見ると、後ろの壁にもたれかかって目を閉じている。――全員の視線がシンにくぎ付けになった。
「ホントに寝てるの?美緒、鍋に薬盛った?」
「薬どころかお酒も入れてないから。」
「満腹になって寝るとか子どもか?」
「ホッとしたんじゃない?ここん所いろいろあったみたいだし。」
大輔と香菜はどうしたものかと顔を見合わせた。いつもならば香菜は大輔の家にこのまま泊るか、そうでなければ大輔が車で送って行くつもりだったのだろう。一方の直哉さんは時間を確認しながら腕を組んで何か考えている。
「しょうがないな。美緒、香菜ちゃん送ってってくれる?」
「私はいいけど。シンどうするの?」
「いいよこのままで。起きなきゃ俺明日送ってくし。だからナオもシン置いて帰っちゃってよ。」
「あぁ。じゃ、とりあえず片付けだけしとくか。」
直哉さんは先頭に立つとキッチンに向かった。腕まくりをしてどうやら洗い物をしてくれるらしい。大輔と香菜はまた黙って顔を見合わせるとゴミ袋を手に机の上の片付けをはじめた。
直哉さんの頭がキッチンの低い棚にぶつかりそうだなと思いながら見ていると、大輔と香菜のヒソヒソ話す声が聞こえてきた。気持ちよさそうに寝ているシンを起こさないよう、二人なりに気を使っているのだろう。
「何も言わずにすっと動けるのって普段やってるからなんだよな、きっと。前シンも同じこと言ってたよ、美緒のこと見て。」
「大ちゃん普段やってないもんね。」
「そう言う香菜ちゃんもね。」
香菜と大輔の話が聞こえたのか、こちらに背を向けたままの直哉さんが少し声のトーンを抑えながら話に加わって来た。
「一人暮らしって親の有難みつくづく感じるよな。俺だって実家の時は洗い物なんてやったことなかったし。」
「俺今でも自炊しねぇし。たまに米炊くくらい。」
「私もお弁当が多いな。美緒は偉いよね、ちゃんと作ってて。」
「お金ないし、味濃いのとかやっぱりダメなんだよね。」
「あー、分かる。俺も同じだ。」
「え、じゃ直哉くんも料理できるんだ?すごいね。」
「簡単なものだけね。」
「今度俺にも作ってよ。」
「え……」
「あ、そう言えばさ、美緒はレモンティー否定するの、あれだけは良くないと思うよ?」
「レモンティー?何その話?」
「それがね、直哉くんも聞いてくれる?」
外は涼しい風が吹いていた。大輔のアパートの異様に広い駐車場を歩きながら香菜はまだ納得のいかない様子だった。
「好きなら何言われても気にせず飲めばいいじゃん?」
「でも太るんでしょ?医師の卵にまでそう言われると流石に気にするし。」
「医師の卵って言ってもまだ何も……。」
薄暗い中で香菜の頭越しに直哉さんと目が合った。直哉さんは苦笑いを浮かべてポケットに手を突っ込んだ。
「でもさ、その角砂糖どうこうの話聞いて以来、俺コーラ飲めないんだよね。」
「何か美緒も同じような事言ってなかった?だからブラックコーヒーとかお茶しか飲んでないんでしょ?」
「……だね。」
「食の好みが合うって結構ポイント高くない?あれ?これってシン聞いたら怒リ出す案件?」
「何言ってるの、香菜。」
「好みが合った所で俺は友達の彼女に手出したりしないよ。」
直哉さんは立ち止まると、車のカギをポケットから取り出した。
「じゃ、俺ここで。今日はありがと。」
「ごめんね、付き合わせちゃって。」
「気を付けて帰ってね。」
「そっちも。」
青い車に乗り込む直哉さんを横目に歩き出した私の袖を香菜が軽く引っ張った。
「ね、隙がないよね、直哉くんって。結局私連絡先聞けなかった。」
「こら、香菜。」
「違うって、そういうのじゃなくて。」
「うん、分かってる。多分次誘っても来てくれないと思うよ。」
「だね。」
車の後部座席に荷物を乗せるとふと空を見上げた。細い月を隠すように雲が流れて行く。助手席のドアを開けたままで香菜は私と同じように空を見上げると、小さく欠伸をした。
皆でよく笑い、よく食べ、話をしたから疲れたのだろう。
「香菜、ありがとね。」
「ん?」
「接待。疲れたでしょ?」
「あら、気付いちゃった?」
「香菜があんなに喋ってるのおかしいじゃん。大輔めっちゃ心配そうな顔してたよ。」
「え?そうなの?」
車のエンジンをかけると小さく音楽が流れ始めた。駐車場から直哉さんの車が出て行くのが前方に見えた。
「美緒は大ちゃんの考えてること分かってたのに、私は気が付かなかったって……なんか妬けるなぁ。」
「近くに居すぎると案外分かんないのかもよ?」
「難しいね、そういう……距離感っていうの?」
「大輔と香菜はいい感じに距離取れてるんじゃない?私にはそう見えるけどな。」
アパートの駐車場から車道に出る前に一時停止をすると静かな車内にウィンカーのカチカチという音が響いた。先に出て行った直哉さんの車はもう影も形もない。
香菜は窓の外を見ながら黙り込んでいる。
「大ちゃん、高校の時どんなだった?」
「あのままだよ。犬みたいな感じ。」
「……美緒、仲良かったんでしょ?」
「今の方が仲いいんじゃないかな?よくしゃべるし。」
香菜の住むアパートの前に車を停めると、ヘッドライトを消した。香菜はまだシートベルトを付けたまま、何か考え込んでいるのか動こうとしなかった。
「着いたよ?」
「うん……。」
「やだ、何か別れ話する恋人みたいじゃん?黙ってたら怖いって。」
「イロイロ考えちゃって。でも まぁ ……美緒とシンが元に戻ってよかった。」
「心配かけてごめんね。これからもよろしく。」
「了解。じゃ、おやすみ。」
車を降りた香菜は助手席側の窓から私に向かって小さく手をふると、すぐに後ろを向いてアパートの方へと歩き出した。
ルームミラーに目を向けると遠ざかる香菜の手元でスマホが明るく光るのが見えた。さっきまで一緒にいたのにもう大輔に連絡を取ろうとしているようだ。
「距離感か……。」
暗い部屋で横になったままスマホの画面を見ながら微笑んでいる大輔の姿が思い浮かんだ。その同じ部屋でシンはぐっすりと眠り続け、明け方まで目を覚まさないのだろうか。それとも──。
ヘッドライトを再び点けると大きくため息をついた。
「……疲れた、帰ろ。」
「ホントに寝てるの?美緒、鍋に薬盛った?」
「薬どころかお酒も入れてないから。」
「満腹になって寝るとか子どもか?」
「ホッとしたんじゃない?ここん所いろいろあったみたいだし。」
大輔と香菜はどうしたものかと顔を見合わせた。いつもならば香菜は大輔の家にこのまま泊るか、そうでなければ大輔が車で送って行くつもりだったのだろう。一方の直哉さんは時間を確認しながら腕を組んで何か考えている。
「しょうがないな。美緒、香菜ちゃん送ってってくれる?」
「私はいいけど。シンどうするの?」
「いいよこのままで。起きなきゃ俺明日送ってくし。だからナオもシン置いて帰っちゃってよ。」
「あぁ。じゃ、とりあえず片付けだけしとくか。」
直哉さんは先頭に立つとキッチンに向かった。腕まくりをしてどうやら洗い物をしてくれるらしい。大輔と香菜はまた黙って顔を見合わせるとゴミ袋を手に机の上の片付けをはじめた。
直哉さんの頭がキッチンの低い棚にぶつかりそうだなと思いながら見ていると、大輔と香菜のヒソヒソ話す声が聞こえてきた。気持ちよさそうに寝ているシンを起こさないよう、二人なりに気を使っているのだろう。
「何も言わずにすっと動けるのって普段やってるからなんだよな、きっと。前シンも同じこと言ってたよ、美緒のこと見て。」
「大ちゃん普段やってないもんね。」
「そう言う香菜ちゃんもね。」
香菜と大輔の話が聞こえたのか、こちらに背を向けたままの直哉さんが少し声のトーンを抑えながら話に加わって来た。
「一人暮らしって親の有難みつくづく感じるよな。俺だって実家の時は洗い物なんてやったことなかったし。」
「俺今でも自炊しねぇし。たまに米炊くくらい。」
「私もお弁当が多いな。美緒は偉いよね、ちゃんと作ってて。」
「お金ないし、味濃いのとかやっぱりダメなんだよね。」
「あー、分かる。俺も同じだ。」
「え、じゃ直哉くんも料理できるんだ?すごいね。」
「簡単なものだけね。」
「今度俺にも作ってよ。」
「え……」
「あ、そう言えばさ、美緒はレモンティー否定するの、あれだけは良くないと思うよ?」
「レモンティー?何その話?」
「それがね、直哉くんも聞いてくれる?」
外は涼しい風が吹いていた。大輔のアパートの異様に広い駐車場を歩きながら香菜はまだ納得のいかない様子だった。
「好きなら何言われても気にせず飲めばいいじゃん?」
「でも太るんでしょ?医師の卵にまでそう言われると流石に気にするし。」
「医師の卵って言ってもまだ何も……。」
薄暗い中で香菜の頭越しに直哉さんと目が合った。直哉さんは苦笑いを浮かべてポケットに手を突っ込んだ。
「でもさ、その角砂糖どうこうの話聞いて以来、俺コーラ飲めないんだよね。」
「何か美緒も同じような事言ってなかった?だからブラックコーヒーとかお茶しか飲んでないんでしょ?」
「……だね。」
「食の好みが合うって結構ポイント高くない?あれ?これってシン聞いたら怒リ出す案件?」
「何言ってるの、香菜。」
「好みが合った所で俺は友達の彼女に手出したりしないよ。」
直哉さんは立ち止まると、車のカギをポケットから取り出した。
「じゃ、俺ここで。今日はありがと。」
「ごめんね、付き合わせちゃって。」
「気を付けて帰ってね。」
「そっちも。」
青い車に乗り込む直哉さんを横目に歩き出した私の袖を香菜が軽く引っ張った。
「ね、隙がないよね、直哉くんって。結局私連絡先聞けなかった。」
「こら、香菜。」
「違うって、そういうのじゃなくて。」
「うん、分かってる。多分次誘っても来てくれないと思うよ。」
「だね。」
車の後部座席に荷物を乗せるとふと空を見上げた。細い月を隠すように雲が流れて行く。助手席のドアを開けたままで香菜は私と同じように空を見上げると、小さく欠伸をした。
皆でよく笑い、よく食べ、話をしたから疲れたのだろう。
「香菜、ありがとね。」
「ん?」
「接待。疲れたでしょ?」
「あら、気付いちゃった?」
「香菜があんなに喋ってるのおかしいじゃん。大輔めっちゃ心配そうな顔してたよ。」
「え?そうなの?」
車のエンジンをかけると小さく音楽が流れ始めた。駐車場から直哉さんの車が出て行くのが前方に見えた。
「美緒は大ちゃんの考えてること分かってたのに、私は気が付かなかったって……なんか妬けるなぁ。」
「近くに居すぎると案外分かんないのかもよ?」
「難しいね、そういう……距離感っていうの?」
「大輔と香菜はいい感じに距離取れてるんじゃない?私にはそう見えるけどな。」
アパートの駐車場から車道に出る前に一時停止をすると静かな車内にウィンカーのカチカチという音が響いた。先に出て行った直哉さんの車はもう影も形もない。
香菜は窓の外を見ながら黙り込んでいる。
「大ちゃん、高校の時どんなだった?」
「あのままだよ。犬みたいな感じ。」
「……美緒、仲良かったんでしょ?」
「今の方が仲いいんじゃないかな?よくしゃべるし。」
香菜の住むアパートの前に車を停めると、ヘッドライトを消した。香菜はまだシートベルトを付けたまま、何か考え込んでいるのか動こうとしなかった。
「着いたよ?」
「うん……。」
「やだ、何か別れ話する恋人みたいじゃん?黙ってたら怖いって。」
「イロイロ考えちゃって。でも まぁ ……美緒とシンが元に戻ってよかった。」
「心配かけてごめんね。これからもよろしく。」
「了解。じゃ、おやすみ。」
車を降りた香菜は助手席側の窓から私に向かって小さく手をふると、すぐに後ろを向いてアパートの方へと歩き出した。
ルームミラーに目を向けると遠ざかる香菜の手元でスマホが明るく光るのが見えた。さっきまで一緒にいたのにもう大輔に連絡を取ろうとしているようだ。
「距離感か……。」
暗い部屋で横になったままスマホの画面を見ながら微笑んでいる大輔の姿が思い浮かんだ。その同じ部屋でシンはぐっすりと眠り続け、明け方まで目を覚まさないのだろうか。それとも──。
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「……疲れた、帰ろ。」
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