恋なんてするわけがないっ!!

シルド

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番外編

お似合いの二人②

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「大地!あんたまた頼んどいたのやってないでしょ!?」

今日もあいつの声が企画部に響く。
だけどその声を気に掛けるのは俺くらいで、他の人達はとうに慣れて聞こえてはいるが日常の一部……まぁ聞こえてないも同然だろう。

俺もその日常には勿論慣れている。
それなのに俺だけが気に掛けるのは、彼女が俺に対して文句を言っているからだ。

彼女はデスクを回ってこちらに向かってくるが、俺はまだパソコンの画面を見たまま入力をする。

正直目の前のデスクから非難の声が掛けられているのだから、気付かないわけはない。それでも気付かないふりをするのは、そんな俺に対して頬を膨らます彼女の顔が見たいからだ。

「ちょっと、大地!聞いてる?」

ほら、やっぱり少し頬が膨らんでる。

笑いたくなるのをこらえて彼女に顔を向ければ、その顔でいつものお説教というか文句というかそんなようなものを言われる。

「頼んどいたのに。なんで大地はいつもやってくれないのー。」

言っておくけど、これは仕事じゃない。
仕事だったら相手に文句なんて言わせないくらいにやり遂げようと意識している。

俺だって仕事じゃないからって人の頼みを理由もなく断るなんてそんなひどい奴じゃない。

ただ、俺が彼女の頼みを断るのは…………


「もー、この間の企画で会った人と合コン組んでくれるんじゃなかったの?大地知り合いだって言ってたでしょー?」

彼女の頼みというのが毎度この手の頼みだからだ。

大抵は企画に参加していた他会社との合コンをセッティングしろと言われる。

その他会社には恐ろしいくらいの確率で俺の知り合いがいて、俺の顔が広いとも言うかもしれないけど、これまた恐ろしいほどの高確率でピンポイントに俺の知り合いに彼女は目をつける。

この手の頼みを断るのは、俺の知り合いが彼女の毒舌とか我儘に振り回されないようにっていうのがいつもの理由なんだけど。

「確かに知り合いだとは言ったけど。でも合コン組むとは一言も言ってないよ?それに、俺の知り合いがかわいそうだし、お前の性格に振り回されたら。」

肩をすくめて、そうだろ?と彼女に問いかける。

彼女が自分でもそれを自覚しているからこそこの言葉は効果がある。

案の定言葉を詰まらせて、でも…と言い出しそうな顔をする。

あぁ、知ってる。
その顔をした後に続く言葉。

「だって、もう32だよ?そろそろ流石に焦るって。」

女の命は短いんだよ?年取れば取るほど女としての価値が減っちゃうの。悲しいなぁ。まぁ、大地は男だし34って言ったってむしろまだ若すぎるのかもしれないけどさ。

彼女はそう続ける。

彼女の言い分もわからなくはない。同窓会でもそういう話になるし。俺もまだ仕事やり盛りな感じだし。

だけど、彼女の言い分で納得出来ない部分もある。

彼女が社内恋愛は有り得ないと思っていることで。

つまり、俺は対象に最初から入っていないということ。




12年前、俺は新卒で22歳の時に前の会社に採用された。

そこは企業向けの商品を取り扱う会社で、様々な企業と提携して、商品を仕入れ、申し入れのあった企業に最適な商品を提案するということをしていた。

たくさんの同種企業の商品を取り扱うから、それらの商品をよく知っている必要があったし、申し入れのあった会社のことも最適な商品を提案するには知っていなければいけなかった。

例えば、プリンターが必要だという企業から申し入れがあったとして。うちが取り扱っているプリンターは4社あってさらにそこからそれぞれの会社が出しているプリンターが各10数種類ずつある。

まず、その企業の財政状況を確認して、明らかに価格帯が希望や財政状況と合わないものは排除する。ここで俺が気をつけていたのは、プリンターによって作業効率が下がっていないかということだった。

そんな小さいことが、と思うかもしれないけどプリンターは大部分の業務に関わっている。

いくら電子化が進んでいるとはいえ、紙に多くを頼る企業は少なくない。

プリンターの印刷スピードが遅いためにその後の会議が遅く設定されていれば、そこからの行動も遅れて最終的には結果が出るのも遅れるわけだ。

もしその企業に現在のプリンターによる不利益があるのなら、若干価格帯が高くとも長い目で見ればそちらのほうが結果業務が円滑に進み、利益を得ることができると判断したら希望や財政状況から見てやや高めのものでも提案した。

そんな感じで俺は多くの企業から信頼を得た。

うちの会社を頼ってくれる企業が増えて、社内での俺の評価もよかった。


ある時、今の会社から申し入れがあった。

その時それを担当したのが俺で、ここの会社の現社長は俺の提案をすごく気に入り、受け入れた。


それからすぐだ。
俺に引き抜きの話があったのは。

消費者の心を掴めてなおかつ必要なものが提供できるっていうのはすごいよ、と社長は笑顔で言った。

ここの会社の仕事も面白そうだったし、給料がいいというのもあって引き抜きを承諾した。

それが前の会社に入ってから2年たった頃。

引き継ぎを終えて今の会社に春に入ることになった俺は、新卒の子たちの入社式に出席した。

そこで隣に座った女の子(女性という感じではなかった)が随分熱心にここの会社の素晴らしさを俺に説いた。

それが小雪だった。

お前はここの社員か、と思うほどのアピールっぷりで。まぁ社員になるんだけど。

すごいキラキラした目でここの会社で仕事ができるなんて夢みたい、と彼女の話からも顔からも伝わった。

最初は熱心な子だな、としか思ってなかった。


いざ配属された企画部の研修に行くと、入社式の彼女がいた。

彼女の方は俺のことなど覚えていなかったようで、また入社式で聞いた話を聞かされた。

そして彼女のその性格はどうやら仕事においても発揮されるみたいだった。

ここは違うんじゃないか、こうした方がいいんじゃないか、何故こうするのか、と疑問に思ったことはすぐに意見した。

その意見に驚かされたこともしばしばあった。今でさえもだ。

はっきりした物言いになんとなくいいな、と感じたのが研修期間だ。

それから研修が終わり、正式に部に配属されてしばらくは特に何もなかった。

俺も彼女も先輩と組んでノウハウを学んでいたし、仕事での直接の関わりは同じ部と言えども無いに等しかった。


ここでの仕事も大分慣れてきた頃、ある事件が起こった。

彼女の担当していた仕事、ここの企業展示会だったのだが、その場所を提供してくれるはずだった会社が断りの電話を入れてきたことだった。

もうすでに荷物をその会場に運送し始めていて、何故こんな直近になって断りの連絡が入ったのかと社内は騒然とした。

実はその仕事を彼女と一緒に担当していた先輩社員が勝手にその会社との契約内容を変えてしまったことに原因があった。


「むかつくんだよ、俺より年下のくせに意見してきやがって。」

その先輩は自分より年下の彼女に意見されて、その意見が採用されたことに腹立ち、後になってその会社に変更の電話を入れてしまった。

相手方の会社はその時は何も言わなかったらしいが、少し経って自分に不利益があることに気付き、直近だったが断りの連絡を入れたようだった。

最初は彼女に責任を押し付けていた先輩だったが、外堀が埋められていって逃げられなくなった彼が言った言葉が、年下のくせに、だ。

その時の彼女の表情を俺は今もはっきりと覚えている。

泣きそうになりながらも、唇を噛み締めて強い眼差しで先輩を見ていた。

泣くまい、としているのが見ていた全員に伝わったと思う。

多分年下のくせに、だけでなく、女のくせにと言われない為にそうしていたんじゃないかと感じた。

その場では彼女は先輩の声に耳を傾けるだけで何も言わなかったが、おそらくあのときは一番の正解がそれだったと思う。

先輩は何も言わない彼女に舌打ちをしたけど、何か言っていたらそれのほうが彼の怒りに触れそうだった。

何とかその会社には事情説明をし、もとの契約内容に戻し協力をお願いすることができた。

先輩社員はというと、会社に私情で多大な迷惑をかけたとし地方に飛ばされた。

地方に飛ばされただけで済んだことに皆驚いていた気がする。

そして帰社する途中で彼女を見かけた。

いまだに悔しそうで泣き出しそうな彼女を同期だしたまには飲みに行こうぜ、と居酒屋に誘った。

そこでとうとう泣き出して、色々話を聞いているうちにこの人を守ってあげたいと思った。

これが8年前くらいだ。


それから片思いを続けて彼女が29歳になった時。

合コンのセッティングをやけに頼まれるようになった。

だけど好きな子の恋人探しなんて協力できるわけないから、断ってきた。

あるとき社内にいい男はいないのかと聞いてみたら、別れたとき気まずくなるのが嫌だからとあっさり言われた。

いつまでこれを断り続ければいいんだろう、あぁこいつに俺じゃない恋人ができるまでか……

そう考えるとなんだか目の前で文句を言っているこいつを野放しにしていては行けない気がした。


「小雪」

そう呼ぶと彼女の顔に驚きの表情が映る。
文句も止まる。

「な、何?」

滅多に名前で呼ばないから驚くのだろうか。
それだけで顔を赤くしてくれてるのは俺ことを意識しているのだろうか。

「俺じゃだめなの?」

何年ものだよ、ってくらいに熟成させた想いをこんなところで伝えてしまっている俺は相当余裕がなくなっている。

ムードもない、いつだか彼女が言っていた夜景のきれいなレストランでディナーを食べ終えたあとに、なんてそんなロマンティックな場所でもない。

こんないつも仕事をしている会社で、隣には藤沢さんや紅ちゃんもいるのに。

これは、断られるなと思った。

周りが何気なさを装って聞き耳を立てているのを感じた。

「大地、あんたムードも何もあったもんじゃない……こんなところで。」

彼女から落胆した声で言われる。
かわいそうなやつ、とも彼女の口から聞こえる。

「そういうのは夜景の見えるレストランでディナーの終わったあとにって何度も言ってるでしょ。」

うん、聞いたね。
自分でもさっき思い出したぐらいだし、相当な回数聞いたんじゃないかな。

いや、でも告白する身になってみろよ。
俺なんて何年ものだよ、8年ものだっけ?
結構熟成されてるからね。そんな思いが考える間もなく突然出ちゃったわけ。
無理だって、好きな子前にそんな余裕ないから。

自分でもどうしようもないくらいアホみたいな言い訳が頭の中をすごい勢いで駆け巡った。

そのぐらいしないとこのあとの衝撃に耐えられそうにない。

わかっててもつらいなぁ、とため息をついた。


「……仕方ないから、どうしたら女の子が喜ぶのか教えてあげるよ。」


え、どういうこと?

どう受け取っていいのかわからないそんな言葉を発した当の本人は、ほんのり頬が紅潮して照れたようにそっぽを向いている。

え、そういうこと?
付き合ってくれるってこと?

「小雪、それ、……どういうこと?」

壊れたロボットみたいに途切れ途切れに問う俺に、彼女は文句があるときの少し頬を膨らませた顔をする。

「もー、本当に女心がわかってないなぁ。」

女心、と女性をひとくくりにしてしまうのは違う気がする。

お前の心がわからないんだよ、と心の中で反論する。


「Yesってこと。女心のわからない大地のために、さ。」


「…っ小雪。」


その瞬間俺は彼女の腕を引っ張って抱きしめた。

「ちょ、ちょっと……!」

小雪が抗議の声をあげると同時に周りから冷やかしの声と驚きの声と祝福の声が一斉に掛けられる。

「良かったな、瀬野。」

藤沢さんから優しい声が届く。

はい、と答えて笑うと、小雪からまた抗議の声があがる。

「だ、大地!早く離してよ!」

いつもの馬鹿力で突き飛ばせばいいのに、今は全く力が入っていない。
照れてるのか?と思っていると思わぬことが紀田さんから聞かされる。

「よかったね、小雪ちゃん。小雪ちゃんも瀬野君のこと好きだって言ってたもんね?」

珍しく意地悪そうに目を細めてそう発言したのはどう考えてもいつもの仕返しだろう。

「……!?ちょっ、紅ちゃん!?」

腕の中で慌てふためく彼女に向ける俺の眼差しが恐ろしいくらいに緩みきっていたことは後に知るが、それくらいこのときは嬉しかった。

しばらくは他の社員からも冷やかされたり祝福されたりした。

俺達がまた仕事に取り掛かったのは社長が騒ぎを聞いて、俺達を冷やかしに来てから。

「やぁ、みんな。瀬野君と橘さんが結ばれたって?いやぁ若いねぇ。この一年で両思いの二人が結ばれたことだし、この会社もそっち方面で売り出していこうかなぁ?はははは。」

どこから得たんだ、その情報は。と思ったのは俺だけではないだろう。


End
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