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第一章 大森林の開拓地

第30話 居住地の名前を決めよう

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 難民・流民を受け入れながら、既に人口が50人を超えたアールクヴィスト領の居住地。

 日々発展を遂げ、変化していくこの居住地では、月に数回、領主と従士たちが集まって会議を行うのが少し前からの通例となっていた。

 この日もノエインの屋敷でそんな会議が開かれており、領主であるノエインと副官のマチルダ、従士長ユーリ、そして従士のペンス、ラドレー、バート、マイ、エドガー、アンナが集まっていた。

 従士長ユーリによる採掘現場の状況報告。

 従士長が不在の間に領内の治安維持など諸々の業務を受け持つペンスからの報告。

 居住地周辺の見回りを務めるラドレーからの報告。

 物資買い出しの実務責任者となっているバートによるレトヴィクの近況の報告。

 農業担当として各世帯の農民たちを取りまとめているエドガーからの報告。

 財務担当アンナによる領の経済状況の報告。

 ノエインはそれらを聞いて多角的な視点から領の現状を把握し、彼の横ではマチルダが書記として各報告内容を紙にまとめる。

 毎回何か大きな報告があるわけではないが、ちょっとした情報でもなるべく共有しておいた方がスムーズな領地運営のためには都合がいい。だからこそ、こうしてコンスタントに会議を開いているのだ。

 主な報告も終わり、最後にノエインが全体へと呼びかける。

「じゃあ後は、何か提案事項がある人がいればお願い」

 すると、マチルダがスッと手を上げた。

「ノエイン様、私からひとつよろしいでしょうか」

「うん。何かな?」

 普段はノエインのサポートに徹している彼女が、自分から何かを提案するとは珍しい。そう思いながらノエインは彼女に発言を許可する。

「この居住地も人口が50人を超え、家も建ち、既に村と呼べる規模へと成長しました。そろそろここにも正式な名前を付けるべきかと愚考しましたが、いかがでしょうか?」

「なるほど、名前か……」

 確かにマチルダの言う通りだ。いつまでも「アールクヴィスト領居住地」という味気ない呼び方を続ける必要はないだろう。

「対外的にも、ちゃんとした村の名前があった方が都合がいいな」

「今までは『アールクヴィスト士爵領の居住地』って説明するしかありませんでしたからね」

 ユーリが同意し、レトヴィクへの買い出し係として領外の人間と接することの多いバートも頷く。他の従士たちもそれぞれ肯定的な反応を見せる。

「それじゃあ、正式な名前を考える方向でいこうか。マチルダ、提案してくれてありがとう」

「いえ、お役に立てて嬉しいです」

 いつもの如くあまり表情を変えずに答えるマチルダだが、ノエインの助けになったことが嬉しいらしく口元にかすかな笑みを浮かべている。

「とは言っても、どんな名前がいいのか……すぐには決められないよね」

 ここは今後もアールクヴィスト士爵領の中心となり、いずれこの領が順調に発展していけば領都と呼ばれるようになるのだ。その名前ともなれば、熟考しなければならない。

 そう思っていると、再びマチルダが手を上げた。

「ノエイン様、畏れながら私から名前の候補を挙げさせていただいてもよろしいでしょうか」

「候補まで考えてくれてたんだ。ぜひ聞かせてほしいな」

 今日は随分とマチルダが積極的に喋っているな、と少し嬉しくなりながらノエインは答える。

「では……ノエイン様のお名前を冠して、ノエイナと名づけるのはいかがでしょうか?」

「えっ」

 あまりにも直球ストレートな名前に思わず声を上げるノエイン。

「ノエイン様はこの1年足らずでアールクヴィスト士爵領の礎を築いたお方です。これからもその類まれな手腕をもってこの領を大きく発展させていかれることと思います。そんなノエイン様のお名前は、未来永劫この地に刻まれるべきです。領都の名前として冠するのは良い案ではないかと思いますが、いかがでしょう?」

「いや、ちょっと待って? マチルダの気持ちはすごく嬉しいし言いたいことは分かるけど、さすがにそれはあんまりにも……」

 マチルダにそう返しながら、助け舟を求めるように他の皆を見るノエインだったが、

「いいんじゃないか?」

「ぴったりの名前でさあ」

「えっ? ちょっと待って?」

 ユーリとペンスが何の迷いもなく首肯した。

「響きも素敵だと思うわ」

「へい、いい名前だと思いやす」

「ノエイン様の名前はこの先もずっと残るべきですよ」

「領民たちは皆ノエイン様を敬愛してますから、彼らもきっと喜んでくれます」

「そうですよ。ノエイン様は私たち皆の恩人ですから」

 マイも、ラドレーも、バートもエドガーもアンナもすぐに賛成した。ノエイン一人だけが「ちょっと待って? ちょっと待って?」と言い続けている。

「皆ほんとにそれでいいの? さすがに僕の名前そのまんま過ぎない?」

「いや、初代領主を街や村の名前の由来にするのはわりと普通のことだろう」

「レトヴィクも確か、初代領主ルートヴィクト・ケーニッツ様が都市名の由来です」

 ユーリが言い、レトヴィク出身のアンナがそれを補足した。

 そういう名前の由来を持つ街や村が多いことはノエインも知っている。理屈ではマチルダの提案に納得もできる。とはいえ、あまりにもそのまんまな名前に、いきなり満場一致で決まろうとしているのはいかがなものか。

「……なんか、恥ずかしくない? 僕は一生『アールクヴィスト領主のノエインです。うちの領都はノエイナです』って言い続けることになるんでしょ? なんていうか……照れるって」

 そうノエインが顔を赤くして言うと、従士たち一同は思わず苦笑した。いつも何かしら考えをめぐらせては不敵な笑みばかり浮かべているノエインが、今は年相応に子どもっぽく見えたからだ。

 ノエインは今年成人したばかりで、まだ半分は少年と言ってもいい年齢。この中では最年少なのだと今さらながらに思い出される一幕だった。

「そうは言ってもな、『ノエイナ』という名前をマチルダが提案した時点で、これ以上の名前はないと俺は思ったぞ。他の皆もそうだろう」

 ユーリの言葉に、他の従士たちがすぐさま頷く。当のノエインは、皆が何故これほどこの名前を気に入っているのか分かっていない様子だ。

「ここにいる俺たち従士も、他の領民たちも、お前から新しい生き方をもらったんだ。人生の先が見えなかったところに希望や機会をもらった。だから俺たちは皆お前に感謝してる。ノエイン様の名前がここの名前になるなら誰もが納得するさ。むしろ、他の名前じゃ誰も納得しないだろう」

 真っすぐ目を見据えてそう言ってくるユーリ。他の皆も同じようにノエインを見る。

 全員の視線を受けて、ノエインはしばらく考える素振りを見せた。やがて、クスッと笑って答える。

「……分かったよ。『ノエイナ』で決まりだ。これからもこの名前に恥じない領主にならなきゃね」

 こうして、この村の名前があっさりと決まった。決まってしまった。
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