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第一章
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帝都特異魔術学園、というからには学ぶ場所だ。
授業があり、課題も出る。座学は当然のことながら魔術を扱う実技なども行なっている。そして生徒がいるからには勿論、教える側である教師もいる。
職員室などというものは存在しないが教師達はそれぞれ個室の研究室を与えられていた。自分の魔術の研究をしつつ、教鞭も取る。
そんな研究室の一つだった。
ライヤー・スレンヤ。そんな名前が掲げられた扉をイツトリと委員長は慣れた様子で開ける。
そこには酒瓶が転がっていた。
それも一本や二本なんて次元じゃない。数十本単位での酒瓶だった。しかも全部空である。
どれもこれもがっしりした作りの瓶で、それなり大きいというのに、だ。
丸ごと。振ったって一滴の酒も落ちてこないだろうぐらいに綺麗に空っぽだった。
で、あるから当然というか当たり前の話なのだが、部屋の中は非常に酒臭かった。
というか此処で酒盛りしたのか、こいつ。
「酒臭ッ!」
「最早空気中にアルコールが漂っているレベルだな」
部屋に入った委員長とイツトリは開口一番そう言い合った。
なにせ文句を言いたくなるぐらいには臭い。中にいるだけで酒酔いしそうだ。イツトリの隣にいる獣も不機嫌そうに尻尾を振っていた。獣は人間より鼻が効くので悪臭も倍だろう。苛立つ獣を宥めるようにイツトリはその頭を撫でた。
「委員長、まず換気しようぜ。この酒臭いのをどうにかしないと。話もまともに出来やしない」
「えぇ、そうですね。今、窓を開けます。イツトリくんは床をお願い出来ますか?暗がりですから気をつけて」
「了解」
転がっている酒瓶を避けながら二人して部屋の奥にある窓に近づく。途中、床に転がっているもの(ヒトガタっぽいなにか)を獣に頼んで移動させつつ、無事に窓を開けることに成功した。
カーテンを開け放つとそれまで微かに薄暗かった部屋に光が入って途端に明るくなる。自然光があるので部屋の明かりは必要ないだろう。
部屋が明るくなると中に転がっている酒瓶が途端に異物感を醸し出していた。
改めて部屋を見渡すとお世辞にも綺麗とは言い難い。ぶっちゃけてしまうととっても汚い部屋である。資料やら書籍やらが山積みになっていなければただの酒瓶を保存する倉庫にしか見えない。
部屋の隅に転がした人っぽい何かから呻き声があがった。深酒した上に床で寝ていた馬鹿であっても、太陽光を浴びると流石に意識が覚醒するらしい。
どうやらアルコール中毒を起こしている訳ではなかったようだ。死んでいないようで何よりである。
「うおー、明るい。明るいよぅ、誰だよう、ボクは二日酔いなんだ。頭いたーい」
支離滅裂かつ、だらしのない言葉だった。顔を見合わせた二人は同時にため息を吐く。
「教授、しっかりしてください。もうお昼なんですよ?」
「というかまた酒盛りしたのかよ。よくもまぁ此処まで呑めるもんだなおい。つい三日前ぐらいにもう酒は飲まんって叫んでたのアンタだった気がするが?」
委員長とイツトリによる言葉のパンチと獣の長く大きな尻尾にもピシピシと顔を叩かれて呻き声をあげた人物は手を伸ばした。ノロノロとした不気味なその動きは墓から出て来ようとするゾンビそっくりだ。
さながらホラー映画のような有様に委員長がその腕を掴んで助けてやっていた。
「いったいどんだけ飲んだんだ。うわ、これとか度数クソ高いやつじゃねぇか。しかもこんなに瓶転がして……いつかつっーか遠くない未来で絶対急性アルコール中毒起こして死ぬぞ」
近くにあった酒瓶を一つ手に取ってイツトリは驚いた。
周りを見てみれば似たような度数のものばかりだ。誰かと飲んだにせよ、一人で飲んだにせよ、どちらにしろ一本か二本で十分なものである。
酒は楽しんで呑むものだが、ここまで来ると何かの修行でもしてるのかと聞きたくなるレベルだった。
ストレス解消で呑んでいるにしても限度があるだろうとイツトリは顔を歪める。
目の前では委員長が小柄なライヤーに向かい合ってお説教をしていた。
「もう、教授ったら。今日は授業がないからってだらしないですよ。不摂生な生活なんていけません。もっと教師としての自覚を持ってください」
「うぅ、耳も痛いし頭も痛いよぅ。トランジア君、もう少し手加減をだな」
「しません!全くもう、飲んだくれの人に容赦なんてありませんからね」
お説教しつつも、みんなの頼れる委員長はぐでんぐでんになっている人のお世話を甲斐甲斐しく焼いている。その間にイツトリと獣は足の踏み場もない酒瓶だらけの部屋の床を片付けていた。といっても綺麗にまとめて隅に置いておくだけだが。
流石にゴミ捨てと分別は本人がやるべきである。
教授、と呼ばれている彼女はべしゃべしゃの寝姿から床に座り込むスタイルに進化していた。
ダボダボかつヨレヨレの白衣。
寝癖なのか元からなのか好き勝手に跳ね飛んでいる紺色の髪。未だ眠たげな瞳は紫色だ。顔立ちは悪くない。むしろ整っている部類に入る。
化粧っ気がない素朴な雰囲気は彼女を無垢な小動物じみた気弱な気配に仕立て上げていた。委員長より小柄な背丈のお陰もあるだろう。
彼女が教授、ライヤー・スレンヤ。
イツトリ達、生徒を教え導くはずの教師である。その威厳は何処を探してもカケラも見当たらないが。
「おぉ、片付いている。いつもすまんね、ヘルムート君、トランジア君」
「そう思うならもう少しお酒を控えてください!」
「つーかこれが片付いているように見えるのか?普段、どれだけ汚いんだ。もう酒やめたら?」
「それはだめだ!お酒はボクの生命水なんだよ。必要不可欠なんだ!ぅ、いてて、あたまいたい」
「その生命水のお陰でその頭痛に悩まされてんだろうが」
生徒からのダブル攻撃に涙目になったライヤーは自分の真横に座っていた獣に抱きついた。
「うわーん、君のご主人様がひどいよぅ、慰めて、ノーチェス!」
獣――ノーチェスは黙ってぺしりとその顔面に猫パンチを叩き込むことで応答していた。
委員長から渡された水を飲んでちょっと復活したのか、ライヤーは紫の目を数回瞬かせた。眠たげな顔が大きな目がぱっちりと開くだけで随分変わって見える。
彼女は床に直接座ったまま、首を傾げた。
「そういえば今日はトーナメント発表日だろう?どうだった?最初から【獣のジェミニ】とかとぶち当たっている、とかだとボクは非常に楽しいんだけど」
「あ、やっぱり知ってたんですね、【獣のジェミニ】が出場すること!」
「残念だけど、普通の相手だよ。初戦からあんなのとぶち当たったら敗退確定じゃないか。やだよ、見知らぬ奴らにくっついて報酬を強請るのなんて」
「そりゃあボクは教師だもの。出場者は知っているさ。それで?対戦相手が普通ならボクのところに来た理由はなんだい?」
てっきりアドバイス目的かなって思ったんだけど、と続けるライヤーに委員長が畳み掛ける。
「そうなんです!イツトリくんがお話を聞いていなかったので、作戦会議かつ、状況説明の為に此処にきました」
「ついでに【獣のジェミニ】についてもな。勝ち進んだらどうせアレと当たることに変わりはないし。他にも有名な生徒いない?ってことで」
「あからさまに聞き込みなんてしてたら怪しいもんねぇ。良いよ、良いよ。楽しいことはボクは大歓迎」
笑うライヤーについでのようにイツトリが付け加えた。
「それに、此処なら静かだしな」
教授の目が細まる。
彼女はふざけた様子から一転して穏やかに少年に問いかけた。
「まだ、人の中は苦手かい?」
イツトリは黙って頷いた。
人間は苦手だ。
イツトリを捨てて、故郷を焼いた人間は。
授業があり、課題も出る。座学は当然のことながら魔術を扱う実技なども行なっている。そして生徒がいるからには勿論、教える側である教師もいる。
職員室などというものは存在しないが教師達はそれぞれ個室の研究室を与えられていた。自分の魔術の研究をしつつ、教鞭も取る。
そんな研究室の一つだった。
ライヤー・スレンヤ。そんな名前が掲げられた扉をイツトリと委員長は慣れた様子で開ける。
そこには酒瓶が転がっていた。
それも一本や二本なんて次元じゃない。数十本単位での酒瓶だった。しかも全部空である。
どれもこれもがっしりした作りの瓶で、それなり大きいというのに、だ。
丸ごと。振ったって一滴の酒も落ちてこないだろうぐらいに綺麗に空っぽだった。
で、あるから当然というか当たり前の話なのだが、部屋の中は非常に酒臭かった。
というか此処で酒盛りしたのか、こいつ。
「酒臭ッ!」
「最早空気中にアルコールが漂っているレベルだな」
部屋に入った委員長とイツトリは開口一番そう言い合った。
なにせ文句を言いたくなるぐらいには臭い。中にいるだけで酒酔いしそうだ。イツトリの隣にいる獣も不機嫌そうに尻尾を振っていた。獣は人間より鼻が効くので悪臭も倍だろう。苛立つ獣を宥めるようにイツトリはその頭を撫でた。
「委員長、まず換気しようぜ。この酒臭いのをどうにかしないと。話もまともに出来やしない」
「えぇ、そうですね。今、窓を開けます。イツトリくんは床をお願い出来ますか?暗がりですから気をつけて」
「了解」
転がっている酒瓶を避けながら二人して部屋の奥にある窓に近づく。途中、床に転がっているもの(ヒトガタっぽいなにか)を獣に頼んで移動させつつ、無事に窓を開けることに成功した。
カーテンを開け放つとそれまで微かに薄暗かった部屋に光が入って途端に明るくなる。自然光があるので部屋の明かりは必要ないだろう。
部屋が明るくなると中に転がっている酒瓶が途端に異物感を醸し出していた。
改めて部屋を見渡すとお世辞にも綺麗とは言い難い。ぶっちゃけてしまうととっても汚い部屋である。資料やら書籍やらが山積みになっていなければただの酒瓶を保存する倉庫にしか見えない。
部屋の隅に転がした人っぽい何かから呻き声があがった。深酒した上に床で寝ていた馬鹿であっても、太陽光を浴びると流石に意識が覚醒するらしい。
どうやらアルコール中毒を起こしている訳ではなかったようだ。死んでいないようで何よりである。
「うおー、明るい。明るいよぅ、誰だよう、ボクは二日酔いなんだ。頭いたーい」
支離滅裂かつ、だらしのない言葉だった。顔を見合わせた二人は同時にため息を吐く。
「教授、しっかりしてください。もうお昼なんですよ?」
「というかまた酒盛りしたのかよ。よくもまぁ此処まで呑めるもんだなおい。つい三日前ぐらいにもう酒は飲まんって叫んでたのアンタだった気がするが?」
委員長とイツトリによる言葉のパンチと獣の長く大きな尻尾にもピシピシと顔を叩かれて呻き声をあげた人物は手を伸ばした。ノロノロとした不気味なその動きは墓から出て来ようとするゾンビそっくりだ。
さながらホラー映画のような有様に委員長がその腕を掴んで助けてやっていた。
「いったいどんだけ飲んだんだ。うわ、これとか度数クソ高いやつじゃねぇか。しかもこんなに瓶転がして……いつかつっーか遠くない未来で絶対急性アルコール中毒起こして死ぬぞ」
近くにあった酒瓶を一つ手に取ってイツトリは驚いた。
周りを見てみれば似たような度数のものばかりだ。誰かと飲んだにせよ、一人で飲んだにせよ、どちらにしろ一本か二本で十分なものである。
酒は楽しんで呑むものだが、ここまで来ると何かの修行でもしてるのかと聞きたくなるレベルだった。
ストレス解消で呑んでいるにしても限度があるだろうとイツトリは顔を歪める。
目の前では委員長が小柄なライヤーに向かい合ってお説教をしていた。
「もう、教授ったら。今日は授業がないからってだらしないですよ。不摂生な生活なんていけません。もっと教師としての自覚を持ってください」
「うぅ、耳も痛いし頭も痛いよぅ。トランジア君、もう少し手加減をだな」
「しません!全くもう、飲んだくれの人に容赦なんてありませんからね」
お説教しつつも、みんなの頼れる委員長はぐでんぐでんになっている人のお世話を甲斐甲斐しく焼いている。その間にイツトリと獣は足の踏み場もない酒瓶だらけの部屋の床を片付けていた。といっても綺麗にまとめて隅に置いておくだけだが。
流石にゴミ捨てと分別は本人がやるべきである。
教授、と呼ばれている彼女はべしゃべしゃの寝姿から床に座り込むスタイルに進化していた。
ダボダボかつヨレヨレの白衣。
寝癖なのか元からなのか好き勝手に跳ね飛んでいる紺色の髪。未だ眠たげな瞳は紫色だ。顔立ちは悪くない。むしろ整っている部類に入る。
化粧っ気がない素朴な雰囲気は彼女を無垢な小動物じみた気弱な気配に仕立て上げていた。委員長より小柄な背丈のお陰もあるだろう。
彼女が教授、ライヤー・スレンヤ。
イツトリ達、生徒を教え導くはずの教師である。その威厳は何処を探してもカケラも見当たらないが。
「おぉ、片付いている。いつもすまんね、ヘルムート君、トランジア君」
「そう思うならもう少しお酒を控えてください!」
「つーかこれが片付いているように見えるのか?普段、どれだけ汚いんだ。もう酒やめたら?」
「それはだめだ!お酒はボクの生命水なんだよ。必要不可欠なんだ!ぅ、いてて、あたまいたい」
「その生命水のお陰でその頭痛に悩まされてんだろうが」
生徒からのダブル攻撃に涙目になったライヤーは自分の真横に座っていた獣に抱きついた。
「うわーん、君のご主人様がひどいよぅ、慰めて、ノーチェス!」
獣――ノーチェスは黙ってぺしりとその顔面に猫パンチを叩き込むことで応答していた。
委員長から渡された水を飲んでちょっと復活したのか、ライヤーは紫の目を数回瞬かせた。眠たげな顔が大きな目がぱっちりと開くだけで随分変わって見える。
彼女は床に直接座ったまま、首を傾げた。
「そういえば今日はトーナメント発表日だろう?どうだった?最初から【獣のジェミニ】とかとぶち当たっている、とかだとボクは非常に楽しいんだけど」
「あ、やっぱり知ってたんですね、【獣のジェミニ】が出場すること!」
「残念だけど、普通の相手だよ。初戦からあんなのとぶち当たったら敗退確定じゃないか。やだよ、見知らぬ奴らにくっついて報酬を強請るのなんて」
「そりゃあボクは教師だもの。出場者は知っているさ。それで?対戦相手が普通ならボクのところに来た理由はなんだい?」
てっきりアドバイス目的かなって思ったんだけど、と続けるライヤーに委員長が畳み掛ける。
「そうなんです!イツトリくんがお話を聞いていなかったので、作戦会議かつ、状況説明の為に此処にきました」
「ついでに【獣のジェミニ】についてもな。勝ち進んだらどうせアレと当たることに変わりはないし。他にも有名な生徒いない?ってことで」
「あからさまに聞き込みなんてしてたら怪しいもんねぇ。良いよ、良いよ。楽しいことはボクは大歓迎」
笑うライヤーについでのようにイツトリが付け加えた。
「それに、此処なら静かだしな」
教授の目が細まる。
彼女はふざけた様子から一転して穏やかに少年に問いかけた。
「まだ、人の中は苦手かい?」
イツトリは黙って頷いた。
人間は苦手だ。
イツトリを捨てて、故郷を焼いた人間は。
応援ありがとうございます!
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