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第三章:ヴァンパイア王妃
第十五話:褐色の踊り子
しおりを挟む宿屋の主人は、訝しげな目でダークエルフと猫人族の女たちを見ると俺に言った。
「お客様、申し訳ありませんが、こちらの方だけの宿泊はご遠慮させていただいています」
丁寧な言葉遣いをしているが、俺とレイラ達を別の部屋に泊めることを拒絶する。
主人が、明らかにレイラたちへ侮蔑した態度を取っているのがわかった。
理由を聞くまでもない、主人がダークエルフや獣人族が嫌いなだけなのだ。
人族であれば本来差別されないのが国法。だが、宿の中は宿主の決まりも尊重されるのがこの世の常。
俺は、うなだれて下を向いている三人の女たちを見てから、宿の主人に同じ部屋へと伝えた。
「四人様となりますと、大きな部屋が必要ですがあいにく満室でして。ベッドが二つしかございませんがそちらでかまいませんでしょうか」
宿屋の主人はそう言うと、荷物番に合図を送った。
「それでかまわない。案内しろ。それと、明日の朝食はこの者たちも一緒に食堂で食べることができるのか?」
「あー、それがですねえ……」
宿屋の主人は、口ごもり言いにくそうにする。俺は、察して部屋に運んでくれるくらいはしてくれと伝える。
満面の笑みで宿屋の主人は、そのようにさせていただきますと丁寧にお辞儀をして言った。
荷物番が俺の荷物を部屋に運び込むと、俺が先に部屋に入る。
振り返ると、女たちは廊下で立ち止まって下を向いていた。
「おい、早く入れ」
「……私たち、どこかの畜舎でかまいません」
レイラは、両手に荷物を持って立ち尽くしている。ツアイとツウィスは一つの荷物を二人で持っていた。
荷物番でさえ、この女たちを差別し荷物を持たなかったようだ。
気づいてあげられなかったのを俺は悔やんだ。
「いいから、早く入れ。今夜はここで寝るんだ」
「あのあの! 私たちはベッドはいらないからレイラに一つ貸してあげて欲しいです」
「あのあの……私たちは床でも寝られます……レイラにベッドを貸してあげてくださいです」
猫人族の二人は、姉妹揃ってレイラ思いのようだ。
レイラは、そんな二人に私はいいの、と言って聞かせている。
「とにかく入れ。他の客の迷惑になる」
はいっと、ツアイの元気の良い声が合図となり、三人は部屋に入った。
遠慮しているのか、それとも俺と一緒の部屋に気後れしているのか。
「お前たち姉妹は、そっちのベッドだ。レイラはこっちを使え」
「あの……あなたは?」
慌てたレイラが俺がどこに寝るのかと尋ねた。俺は、木のベンチを指差しそこで寝ると伝える。
「私はベッドに寝る資格はありません。借りたお金も返せていない上、宿代も払えないのです。せめてセイヤさんがベッドを使ってください」
「女がベッドに寝るのが当然だろう。男はどこでだって寝られる。いいから、そこを使え」
俺は、猫人族の姉妹から荷物を取り上げると、部屋の隅に置き、ついでレイラの持つ荷物も部屋の隅に並べて置く。
ありがとうと頭を下げる三人を見ていると、笑いがこみ上げて来た。
「あのあのっ! 何を笑っていますですか?」
ツアイが、握っていたツウィスの手を解くと俺に指差して言った。
この娘は物怖じしないようだ。ツアイだけは焼き菓子を食べてから、ずいぶん俺への警戒心も薄れているようだった。
「いいや、お前たちがいつまでも俺の前で緊張しているからな。もっと、力を抜け。特にレイラだ、お前がそんな状態ではこの娘たちも落ち着かないだろう」
俺は、レイラの両肩に手を置くともう一度力を抜けと言って聞かせた。少しはレイラも落ち着いたようだ。
レイラの肩は冷たくひんやりとしていた。いくら南の地方とはいえ夜は冷える。
「とりあえず、夕飯を食べに出るぞ」
「はい、いってらっしゃいませ」
レイラは、小さな声で言うと二人の姉妹も、同じようにいってらっしゃいませと声を揃えて言った。
「お前たちもだ。一緒に来るんだ。それとも腹は減ってないのか?」
「あのあの……私……とてもお腹が空いてまして、でもお金がなくて……」
「あのあのっ! セイヤさんと一緒にご飯が食べたいです!」
姉妹が腹をすかしているのは、今までも何度か腹の虫が鳴るのを聞いていたのでわかっていた。
体は小さいが獣人となると、食欲も旺盛なはずだ。やせ細っているが、けっして貧相な体つきではない。
二人とも、出るところは出て、引っ込むところは引き締まっている。
踊り子と客からチップも多く入っていたのかもしれない。全て、俺が金は取り上げているので今は無一文だが、戻ったら返すつもりでいた。
「レイラ、娘たちがそう言っているんだ。みんなで食事に出るぞ。金の心配はするな。もちろん返せとも言わないから安心しろ」
「いいの? 私は食べなくても我慢できるわ。でもこの子たちには、普通にご飯を……」
「だから、お前も食べろと言っているんだ。女は、食い過ぎるのもいけないが何も食べないのはダメだ」
俺たちは、宿屋を一度出ると宿場町の街道沿いにある露店に向かった。
レイラの両手は、それぞれツアイとツウィスの手が握られている。仲の良いことだ。
◇◇
露店では、二人の猫人族の娘はよく食べた。初めは遠慮して、料理を頼むことさえしなかったが徐々に慣れたのか、勝手に注文までしていた。
レイラはそんな二人を嗜めたが、俺はまったく気にしていない。さらに、好きなだけ食えとけしかけたのだった。
「セイヤさん、私たちはバーンに戻ったらどうなるのでしょうか?」
レイラはネガティブなところがある。心配性で、すぐに不安に思うことが弱点なのだ。
そういう心配性な部分があるから、コロッと男に騙されてアルーナまで夜逃げ同然で西地区を出た。
その時、アルーナまでの旅費や働き口の紹介で、男に全財産を払ったとも聞いていた。
もちろん、男から俺は金を取り返し、ぶち殺してやったのは言うまでもない。
「心配するな。お前は酒場で踊ってもらうが、あの娘たちは踊り子はさせない」
「あの子たちをどうするつもり? まさか……」
レイラは、長い耳を押さえて頭を抱えるようにして俯いた。聞きたくないのなら、なぜ聞こうとするのだ。
俺は、そんなレイラを安心させるように、肩に手を回すと抱き寄せた。
「心配するな。あの娘たちもお前も守ってやる」
「はい……さっきもそんなことを言ってたわね。ごめんなさい、いつまでもうじうじしちゃって」
レイラは、俺の胸に手を置くと肩に頬を乗せ、しなだれかかった。
彼女の口がもぐもぐしているので、ムードも何もあったもんじゃない。
「いつまでもモグモグと噛んでいると、口の中で糞になるぞ」
「うわっ、やめてちょうだい。飲み込めなくなるわ」
そう言うと、レイラはクスっと笑い体を離した。
「あのあのっ! レイラとセイヤさんがイチャイチャしてるの、いいのです!」
「あのあの……二人とてもお似合いなのです……」
ツアイは、骨のついた鶏肉を片手に俺たちに言い、ツウィスは水を両手で持ったままで言った。
レイラは照れたように、両手で顔を隠すとテーブルに顔を伏せてしまった。
「あ……そんなんじゃないから! ちょっとお酒を飲んだからよ」
レイラは、紅潮した頬を手で押さえながら言うと、さらに二人が囃し立てた。
それからは和やかな夕食となり、宿に戻った時にはツアイもツウィスも、レイラではなく俺と手を繋いでいた。
◇◇
風呂は共同で一階にあるが、亜人はご遠慮くださいと言われたため、部屋で三人は湯で体を拭くだけになった。
俺は、宿の主人に抗議しようと思ったが、放置することに決めた。
いずれ淘汰されるだろう。
たとえ人間と妖精族、獣族と種族は違っていても、同じ人族の言葉を話すのだ。差別していいわけがない。
ましてや、宿屋の主人は人間なのだ。
人間は、エルフでも猫人族、兎人族でも、魔族でも交配することができる。つまり、人間だけは、どの種族とも子供を作れるということだ。
エルフはエルフ同士か、または人間との間では子供が作れる。兎人族など獣人も同様だ。
だから、エルフと獅子族の間に子供はできない。兎人族と獅子族との間にも子供はできないのだ。
ハーフエルフはいるが、ハーフラビットや獅子猫人族なんてハーフも存在しない。
このカールトン国だけでなく、大陸の四つの国は国法で種族間で差別することがないように規定されたのは、どこも人間が国王だからだ。
どの種族が相手でも人間の子孫を作れるのだから、守らなければならないというのが主旨なのだ。
この宿屋の主人のように、人間以外はお断りというスタンスで仕事をしていては、いずれは潰れてしまうだろう。
「ツアイもツウィスも寝たわね。楽しそうにあなたに話をしているのを見て、安心したわ」
「ああ、もう少し緊張したままでも良かったかもしれないな」
俺は、二人のおしゃべりの相手をさせられたのだ。
「その、ごめんなさい……あの子たちが、あんなにセイヤさんに懐くとは思わなかったわ」
寝付くまでの間、俺は姉妹に膝の上に乗ってこられ、左右から同時に話を聞かされていたのだ。
好きな食べ物から、アルーナでの生活の話、変な客がいたという話まで、次から次に話題に事欠かなかった。
そんなことがあり、俺も疲れてきたようで、ベンチに横になった。
ソファに比べたら寝心地は悪いが、野宿することを考えたら室内なのだ、問題ない。
俺が目を閉じるとすぐ、レイラが俺のそばに来て毛布を掛けてくれた。
「セイヤさん……私と一緒にベッドで寝てもいいんですよ」
「一人で寝られるだろう。俺はここで十分だ」
あの狭いベッドに大人二人で寝るのは厳しいだろう。何しろ、俺は寝相が悪い。
ナミが言うには、寝ながら足を動かし布団を蹴り上げ、枕を投げ飛ばすらしい。
寝ながら戦闘しているようだとナミが言っていた。
だから、女を誤って怪我させないように一緒に寝ることはない。
「あ……私は……その、そんなに魅力ないかしら……」
俺は目を開けてレイラを見ると、頬を紅潮させてベッドの側に立っていたレイラは下着を脱いでいた。
踊り子をしているだけあり、無駄な贅肉もなく筋肉も筋立っていない。いい体をしている。大きな乳房を手で隠し、片方の手は下を隠していた。
「レイラは、お前は十分に美しい。魅力的な女だと思っている。だが、もし、借金のために俺に抱かれようと思っているのならやめておけ」
「違うわ、そうじゃない……そうじゃないの……」
俺は、ベンチに座りなおすとレイラの腰に手を回し引き寄せた。
指先に感じる肌の感触は滑らかで瑞々しく褐色に輝いていた。
健康的な体をしている。触った感じはダークエルフのリーファに近い。
リーファは同郷の幼馴染のダークエルフだが、十八歳という若さだ。レイラも、同じくらいかもしれない。
抱き寄せると、レイラは目を閉じた。
そっと、頬に手を当て、俺はレイラの額に口づけをする。
「二人が起きたらどうする?」
レイラは、目を開けると潤んだ瞳のまま、ベッドのほうを振り返る。
俺たちは、抱き合うように身を寄せ合って眠るツアイとツウィスを見て、その無垢な寝顔に見入った。
「そうね……ごめんなさい」
「気にするな。恥をかかせて悪かった」
レイラは、元々旅をしながら日銭を稼ぐ大道芸人だった。
道端で踊っては小銭をもらいながら、旅をして回り、西地区にやって来た。
俺がニブルの街に来て一年目だった。まだ、ナミと二人で悪党を潰して回っていた頃だ。
その時、レイラは衣類や全財産を盗人に取られて一文無しになり、困り果てた時にナミが連れて来たのだ。
俺は、この女は踊りで食っていける、人気も出るだろうと感じレイラの才能に投資した。
その後、俺の紹介でいくつかの酒場を掛け持ちして、踊って生計を立てていた。
俺は返してもらうつもりはなかったが、突然いなくなったため返してもらうことにしたのだ。
カトリーナのところで働いてもらうことになったが、もしカトリーナの店でなくてもこの女なら金を稼ぐはずだ。
以前のように、変な男に騙されないよう、次は俺の手元におくことに決めた。
「もう二泊ある。今度は別々の部屋を借りれば、お前が俺の部屋にくればツアイたちを起こす心配はない」
「はい……あ、あの……私セイヤさんのことを誤解していました。ごめんなさい」
レイラはそういうと、もう一度俺の首に手を回して唇を押し当ててきた。
そして、自分のベッドに戻って行った。
と思ったら、レイラは再びベッドから戻ると俺の元に来て尋ねた。
「あの、昨日のすっごい美人さん……あの人ってセイヤさんの奥さんか何かですか?」
今まで聞かれなかったので、レベッカのことは気にならなかったのかと思ったがやはり思い出したか。
レイラは、男よりも女の方が好きだという性癖を持っているのは気づいていた。
男が嫌いだと自分で言っていたが、俺に接している様子を見ると、男全員が嫌いなわけじゃないようだ。
「レベッカのことか。俺は、護衛で雇われただけだ」
「そうなんだ……良かった……今度会ったらぜひ紹介してください」
レイラはそう言うと、再びベッドへと戻っていった。
<つづく>
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