博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり

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1 博士は刻(とき)をみたようです

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「ダイヤくーださい!」

 その笑顔は、一部の人間ならだまされる的なあれだった。

「おや? いもっちゃんもダイヤがほしいんか?」
「とうぜんでしょ! うちのダメな人にもほいっとくれたんでしょ?」
「そうじゃの! しかし……まあお茶を飲んでからにせんか?」
「……はーい」

 博士に促されて、妹はソファーにすわる。そしてつつましやかを装って言った。

「粗茶ですが!」

 あのね、粗茶ってのは自分のお家で出したものを、へりくだって言うものだよ? ここがどこか解る? 博士のお家なんだよ? しかもこのお茶って博士が用意してくれた、かなり上等な品なんですよ!? それを粗茶って!? 粗茶ってそもそも粗末なお茶ってこと、覚えてるかな!?

「この茶葉、儂が用意したんじゃが……」

 お、博士は気にしてない風で注意してくれた。私はそれに乗っかる。

「うん、ちょい失礼だよね」

 今回の言は、博士が用意してくれたお茶を、淹れただけの妹が「このお茶たいしたことありませんけど飲んでねー!」って感じになり、失礼になってしまうのだ。

「え、普通、こう言うんじゃないの?」
「粗茶って意味知らなかったけ? うちで出すならあってるよ」
「んー? 粗茶……あれ!? 悪いものって意味になるっけ!?」
「そそ……だから」

 気付いたらしい妹は、私の言葉途中で真っ赤になった博士に謝る。

「うっわ、ごめんなさい! 博士! とってもいいお茶よ! あーそんな意味じゃないのに!」
「気にせんでええぞ、いもっちゃん! いただきますじゃ!」

 博士はすっぱり流してくれた。私は和菓子をさして言う。

「あの、この和菓子はお茶に合うはずですよ?」
「おお、みんなで頂こうかのぉ!」

 和菓子はお茶を引き立てるために食べるものらしい。だから小さくて、甘いのが良いのだとかなんとか? 誰かが教えてくれた。今回持ってきたものも、小さくて甘いもの……だったはずだ。

「それ、ちょっと甘いと思うわよ」
「儂はどっちも大丈夫じゃよ」
「もなかだよね?」
「なにが入ってたっけ? 私、覚えてないなぁ」
「なんじゃ、わからんもんをくれたんか?」
「はい。今日はもともと説教するつもりでしたからね!」
「せ、説教かの!?」
「そうよ! あたしたちの安眠妨害したんだよ!? 文句聞いてもらわなきゃってさ!」
「むう、それは……悪かったようじゃの」

 私たちとやり取りをしながら、まだとても熱いそのお茶を、博士は平気で飲んでいる。
 このお茶は、私たちには熱すぎるのだ。見えている湯気が、その温度を教えてくれる。そう、まだ飲めない。
 ここは博士とお話ししながら冷めるのを待つかな? ふと自分の手の甲にある、氷嚢ひょうのうがとても心地よいことに気が付く。

 あれ? そういば……冷やすと結構気持ちいいんだね。むう。これ、あざになんなきゃいいんだけどなぁ。

 そんな思索をしつつ博士に目をやると、ばらばらの私目覚ましの部品に手を添ている。

「いもっちゃん、しっかり壊したのぉ……はぁ」

 切なさを表すかのように博士は息を吐いた。背には哀愁が漂っている。

「ねね、博士……」

 私は何といって良いかと言葉を探していたのだが、妹が先に声を掛けた。

「どうした……いもっちゃん」
「ええっと、まずはその呼び方、なんとかなんない?」

 あ、いもっちゃんて実は気にしてたんだ? 芋っぽいって感じちゃうのかな? でもね、私がひみっちゃん呼びを受け入れてる事実を考えてごらんよ。

「なら、いもうとっちゃんがええか?」
「え!? いや、えっと……」
「他には……いもいもちゃん? とうちゃんでもええぞ!」
「うっ……んー、いや、うん。もう……博士が呼びやすい形で良いわ。いもっちゃんで!」

 そう。博士に対して注文つけると、だいたい悪くなるのだ。どうやら妹は察したのだろう。そして、『細かいことは気にすべきでない』と、私と同じ結論を出した筈だ。
 こういうところって、やっぱ似てるなぁ。

「うむ、じゃあいもっちゃんでええかの? 何を聞きたいんじゃ?」

 欲の深い妹のことである。ダイヤに関して突っ込むかな? と思った。しかし、妹はまるで違う方向の話題を出す。

「えっとね、さっき言ってた計算式の一部? 学校で勉強したことあるのよ! たぶん、教科書にものってるわ!」
「ほほう、そうかの?」
「話の意味はさっぱりわかんなかったけどさ、でも! あんなものに関係してたのね!」

 なんだろう、今更だが目上の方にその口のきき方は良いのだろうか?
 博士は気にしてないから良いのかな? 私は職場での兼ね合いなどの記憶があり、すこし考えてしまう。注意するか、でも、博士も楽しんでいるような雰囲気が……うーむむむ。

「でもさ、教科書の内容が進むとあんなことが出来るようになるの?」

 ちょっと待ってほしい。妹の教科書って魔術書の類なの?
 私の声で勝手にしゃべる、サイレントキラー目覚ましになっちゃったんだよ!? 教科書を突き詰めたらできましたー! って事にはならないんじゃないかなぁ!?

 というか、数式ってさ、私にとって拒否反応が激しくて、吐き気やめまい、記憶障害などを引き起こす感じのアレだよ!?
 話題にしてほしくないんですが!?

「んー、いやぁ、まあ、うーむ……それは、いもっちゃんは今どんな勉強しとるんじゃ?」
「えーっと……」

 博士に聞きかえされて、妹はまたなんちゃらの定理だ、何とかの法則だとか言い始めた。えー、妹ってば数字につよかったけな? うっわ、きっつい!
 こんなところに伏兵がいるとは!?
 博士と妹から数学の十字砲火を受け、私は心にダメージを受けた! これは居眠り装って昏倒した方が楽じゃないかな!?
 ……いや! だめだ!! 昔寝てる時に数字の詠唱えいしょうされて、悪夢になったことがある! くそぅ! 斉藤さんめ!

「うむ。なるほどな、まだ初歩どころか、スタートラインの10歩前じゃ。もう少ししたら面白くなるわ」
「えー……もう少しってどれくらい?」
「そりゃ、人によるのお、今は意味がわからんけど、解けると楽しい段階じゃろ? それだけだとつまらんよ。もうちょっと勉強したらわかるぞ!」

 解けると楽しいって、どんな異界の住人ですか!?
 私の内心百面相は気付かれていないみたいだ。妹は眉をしかめる。

「……あたし、勉強はあんまりしたくないんですけど? 楽しくないし」

 私も端から小さく手を挙げ、自分の意見をこっそり述べる。

「あの~……私は『数字が面白い』という感覚が解らないんですが……」
「そう? 問題が解けると、あたしは楽しいけどなぁ」

 いや、その、問題や数字を見聞きした瞬間にだよ、どきどきと息苦しさが走ってさ、もう何も考えられなくなっちゃうし……はっ!? これって恋!?
 いいえ、それは疾患です。おそらくは体質的な問題を何とかしないといけないと思うのだよ、うん。

 そうだ、ちょっと昔のことだが斉藤さんたちに相談したことがあるのだ! あのひとたちは、あれで数学が得意なのが憎い!
 二人の結論としてショック療法が良いと声をそろえて言いおったのだ! その後、変なところでまめな斉藤さんたちは、とても有名な数学者とやらの言葉を押し付けてきたり、数学クイズを送りつけたりしてきた!

 あれはもう、本気で絶交を考えた、おぞまましい出来事である。

「まあ、数学とはよくわからん世界を、数字にしてわかりやすくるためのもんじゃからの!」
「え、物事を複雑にして、より解りにくくするものでしょ!?」

 つい言葉にだしてしまった。博士も妹もなんかちょっとあわれむような目つきでこっちを見てくる。

 あの……そういうのは、ちょっと控えてくれない?

「いや~、そういうものではないのじゃが……」
「気にしないでいいよ。この人は仕事以外ポンコツでさ、数字アレルギーも持ってるの」
「そうかの……」

 なんだろう? 数学を面白いと感じる人が身近にいるとはなぁ。

「でさでさ、最近の……」
「ああ、それは……」

 そこから、博士に数学の質問はじめた。なんか、的確に答えてるっぽい? うっわ、これ以上を聞いているとヤバイ!
 私は二人の話は聞いてる振りで、別のことを考えようとがんばってみた。
 ……しかし、今朝の早起き分だけ襲いかかってくる睡魔が強い。私の意識がなにかよくわからない色に染まっていく……。
 あ、やっぱだめだ。あたまが揺れる。船をこぐってこういう時につかうんだろうか?
 そんな発見をしつつも、意識が薄れかけていく辺りで、妹が唐突に言った。

「でさでさ、あたしダイヤもらえるの?」
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