博士の愛しき発明品たち!

夏夜やもり

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1 博士は刻(とき)をみたようです

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 妹の発言に、私は内心で頭を抱えている。
 こやつのいきなり恐喝は、ぼんやり脳へのダメージが大きかったようだ。
 けどさ、さっきまでまじめな話をしていた所で、いきなし「ダイヤくれるの?」っておかしくない!?
 私、寝てたのかな!? 意味がわからない!
 はじめの方はね、冗談めかして言ってるなーと思っていたんですよ。
 けどね、三度目のそれは真剣みと物欲が濃縮還元した感じで、横で聞いてて恥ずかしい!

 まあ、博士は初対面からフレンドリーだったから、言葉のチョイスは間違っていない気もする。けどね、数学に関してのまじめな話を続けてて、私がうつらうつらしだした直後に「ダイヤもらえるよね!」はダメでしょう!?

 私は恐る恐る博士の表情を伺う。しかし、博士はいつも通りの様相で、にやっと笑った。

「ほほう、いもっちゃんはダイヤが好きなんか?」
「もっちろん! てかさ、ほいっと合鍵くれたって聞いたわよ?」

 言いながら、妹は私を指さす。これこれ、ヒトを指さすんじゃない!

「そりゃぁひみっちゃんは儂の愛人じゃからの! 合鍵渡しただけじゃ!」
「愛人じゃありません!」
「それでもいいから、くださいな!」
「ちょ! もうもう!!」

 私の否定は聞いてないふりで、博士は怪訝けげんな顔で妹を見る。

「……しかし、合鍵が欲しいとは、いもっちゃんも愛人になりたいんか?」
「そういうのはヤだ! けど、ダイヤはほしい」

 うわ妹、おねだり下手か!?
 そんなん一部の方にしか通じないし、そもそもダイヤをもらえると、なにゆえ思い込んでいるんだ!?
 私か? 私が妹の中で低ランクだからか?
 あのね、これでも、いろいろ頑張って生きて来たんですよ!?
 妹の学費を捻出したり、生活費を工面したりと、それなりに積み重ねた苦労はね、結構、本当に、大変なんだよ!
 そして、謎の低評価……むむう……苦労に見合わない!

 そりゃね、いくらか私の趣味・嗜好しこうでピンチにおとしいれたことはあるけれど、おおむねの部分を許したうえで、感謝してあがたてまつってほしい。

「しかし、ダメじゃぞ。いもっちゃんには合鍵はやれん」
「えーなんで?」
「幼すぎるわ。あとな、儂にはひみっちゃんがおるじゃろ?」
「むう……こっちのダメなのが良いの?」

 うわ、こっちに飛び火してきた!?
 でも、なんというか、ダメダメ言わないでほしい。
 私って、ほめられて伸びる子ですよ?

「駄目じゃないわ! ひみっちゃんはええ子じゃぞ。儂が認める数少ない子じゃ!」

 え? なぜ博士がほめてくれるの!? いくらほめられ慣れてないからって、コロッと行くと思ったら大間違いですよ!
 というかさ、こういうのあんまり得意じゃないんだよなぁ……どうしよう? 強く否定するべきだろうか?
 そんなことを考えつつ、私はまじめ顔を作って言った。

「んー、というか博士、そういった言動はパートナーさんが怒るんじゃないですか?」
「パートナー? あれ、博士ってばそういう人がいるの!?」

 あのね妹さん? そういう人がいなければ、そもそも愛人になれとは言わないよ?
 というか、ストレートに「愛人になっとくれ」って、セリフも変だからね?
 実はおかしいんだよ? わかるかな?
 まともな人はね、面と向かって言わないからね? たぶん……。

「んー? そういう人って何じゃ? 愛人はひみっちゃんだけじゃ。それにパートナーってのは伴侶かの?」
「んー、まあ、そうなんじゃない?」
「伴侶……? ふむ、伴侶……むむう……」

 あれ、居ないんだろうか?
 そこそこの付き合いでわかるのだが、博士の生活環境は心配になる所が多い。
 一人暮らしに見えるし、色々ずぼらな姿も見ている。ご飯も適当っぽい。客間だけは掃除してるってのがびっくりだ。白衣の袖とか汚れているし、おそらく研究室は魔窟まくつだと思う。
 そもそも何日も徹夜してるって時点で、注意する人がいないのは丸わかりである。

「言いよどむってことは、昔いたってこと? 逃げられたの?」
「ちょっ! 待っ!?」

 うん、止めれなかった妹よ。帰ったらお説教な。

「逃げる? いや、儂はえっと、うーむ……」

 あ、博士が珍しく口ごもっている。何か昔悲恋とかそんな感じだったんですかね?
 そろそろ妹の口をふさぐべきだな……。
 けれどもう言ってしまったし、興味はちょびっとだけあるのだ。しかし、落としどころはどうしよう? どうやって収めれば……。
 そんなことを考えていると、博士は軽く頭を掻いている。

「なんというか……」
「言えないようなことがあったの?」

 逃がさない感じの妹に、私はさすがに頭にきた。

「あーもう! 博士、無理に言わなくていいです。というか、かえったらお説教だからね!」
「ええっ!? 何その急な理不尽!」
「どっちが!? 鏡を見なさい、そして言動をつつしみなさい!」
「意味わかんない! あと、鏡を見ろはこっちのセリフ!」

 むか、さすがにちょっと言い過ぎである。

「あのさ、私のどこに問題があるの!?」
行動こうどう全般迷惑かけすぎ! あたしがどんだけ苦労したと思ってるの!」
「なにおー、私はぎりぎりを攻めてるの! そっちは言動げんどう全般正面から殴りすぎ! 自分が正しければひとを傷つけて良いってもんじゃないよ!」

 言われたら言い返すが、我が家の家訓みたいなものだ。妹も憤りをそのまま返してきた。

「ぎりぎりアウトが何言ってんのよ!? オブラートに毒包んで渡してるくせに!! 裏でいろいろやりすぎよ!」
「大人になったら裏も表も含めて判断するの! 裏ばっかり見てるから中二病でICU入りとかいわれるんだよ!」
「だれが中二病の重篤患者じゅとくかんじゃよ! 楽しい時間は永遠よ!」

 私は妹を止めようとしたのだが、つい博士そっちのけで言い合いを始めてしまった。ヒートアップする私たちを止めたのは、博士の一言である。

「これこれおぬしら、ひとの家でケンカするでないわ!」
「あ……」
「う……」

 少しきつめの言い方に、私たちは一瞬で冷静に戻る。そういえば、ここって博士の家だった。

「そうですね。博士すみませんでした」
「ごめんなさい、博士」

 そして博士は恥ずかしそうにお茶をすすってから、息を吐く。

「まあ、ええわ。気になっとるようじゃし、儂の伴侶を教えるわ」
「ああ、ラ・マンね! どんな人? 菩薩ぼさつ? それとも小悪魔?」

 ラ・マンて愛人のことじゃないかなぁ?
 それは良いんだけど妹よ、そういう想像は失礼にあたるから、もう少し配慮しなさい!

「で、じゃ。伴侶はじゃな!」

 心の中でわたわたしている私に構わず、博士はにやっと笑って立ち上がり、白衣をバサッとしつつ言った。

「儂の伴侶は科学じゃ!」

 ……ん?

「儂は、この冥府魔道めいふまどうに引き込む相手と一生添い遂げると決めておる! だから、家庭は作れぬ!」

 んー? それは、なんというか、うん、何でしょう?
 寂しくないんでしょうかね?
 あれ、昔の武将さんに似たような人がいませんでしたか?
 しかし、えっとそれじゃ博士に本気になった人はかわいそうなのかな?
 いや、でも、あまり人付き合いとか似合わないし……うーん、どうだろう?

「えっと……そのー」

 何とも困る台詞に、私も何と言っていいのか戸惑ってしまい、口の中でもごもごしている。

「でも愛人は良いの?」

 あ、妹が台無しにした。

「うむ! 愛しい人がおらにゃつまらんじゃろ! 恋は人生の彩りじゃ!」

 ……ほお? んー??
 それって、えっと、どういうことなんだろう?
 うん、何なんでしょうね?
 私はお茶を一口すすってみる。ちょっと熱めだけれど、我慢すれば飲めないことはないような……いや、熱いもんは熱いかな。

「そんなわけで、儂の愛人はひみっちゃんだけじゃ! これからもよろしくな!!」
「ええ!? え、えっと……」

 どうするかな? ごまかすべきか? 逃げるべきか? 混乱して判断が効かなくなってしまう。

「まあ、うちのダメなひとでよければお好きにしてくださいな」

 むう、妹の横槍で私は正気に戻ったぞ!

「あの、妹さん……勝手なことは言わないでくれる?」
「うむ! 好きにするぞい!」
「博士! 乗っからないでください!」
「でもあたし、ダイヤはほしい!」

 まだ言うのか? まあ、紛れたから良いや。よしよし、妹、お説教は加減したげる。

「おし、じゃあいもっちゃんには、何か発明品を贈ろうかの?」

 ……え!?

「発明? どんなの?」
「時間を一気に進めるものとかどうじゃ? 10秒の体感時間で、10年は経っとるようなもんが……」
『やめてください!!』

 私たち二人は声をハモらせて、俄然がぜんやる気になった博士を押しとどめた。
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