おてんば企画のヴィーナスたち

ちひろ

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おてんば企画の経営者・日奈子

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 着ていく服が決まらない。ああああああ。どうすればいいの。服よ、服。どの服を着ていけばいいのかしら。そんなジレンマに襲われながら、日奈子は自分のマンションの部屋で「んもうっ」と苛立ちの声をあげた。
 今夜は駅前のホテルで、おてんば市の商工会議所の集まりがあるのだ。こう見えても(どう見えても?)、かつては「おてんば市ナンバーワンの美人経営者」ともてはやされた日奈子のこと。たとえ四十の声を聞いたとしても、商工会議所の会合メンバーにあっては若手中の若手ということもあり、みんなからは「若くてきれい」と思われていたいのであった。
 もうすぐ春だし、今日は桜をモチーフに、おしゃれしてみようかしら――なんて思いながら、ピンクを基調にまとめあげる日奈子。三十代の頃にあつらえたワンピースなので、ちょっとスカートが短めなのは気になるけど、ま、いいか。着ていく服が決まった時点で、再度メイクをやり直すほどの入れ込みようであった。
 「商工会議所の青年部でトップを務める檀崎社長。桜のイヤリングに気づいてくれるかしら」なーんて。ま、そんな風に意識しているのは私だけで、檀崎社長には奥さんもお子さんもいるので、自分なんかには手が出ない。ていうか出しちゃいけないんだとわかっていても、日奈子にとっては気になる存在だったのである。
 「はぁ、これからも片道切符の恋が続くんだろうな」とため息をつきながら、日奈子はおニューのヒールに足を通すのであった。
 とりあえず「よし」とひとりごとをいうと、有限会社おてんば企画の代表取締役である日奈子は、タクシーをつかまえると、四角いジャングルともいうべき、会合場所であるホテルの会場へと向かった。
 ホテルの会場で受付をしていると、「『おてんばだより』いつも楽しみに読んでいますわよ。おほほほ」といい、作り笑いを浮かべながら同業他社の女社長・辻本が声をかけてきた。噂ではオーバー七十という業界の大御所。生涯独身を貫き(人のことはあまりいえないが‥‥苦笑)、その自由奔放な生き方に惹かれているのか、辻本社長の事務所は社員全員が女子であった。
 季節感を意識してなのか、今日の辻本は萌黄色のスーツを身につけていた。年齢のわりにスカートはちょっと短め。日奈子の事務所が女の園なら、辻本社長のところは女の帝国であった。その昔、映画で「スターなんとか・帝国の逆襲」というのがあったが、へたに逆らおうものなら、いずれは辻本帝国の逆襲に遭うんじゃないかと日奈子は恐れおののいていたのである。
 「あ、辻本社長。いつもお世話になっています。私なんかは経営者とは名ばかりで、毎日がポンコツな生活を送っているだけです。ぜひまたいろいろ教えてくださいね」といいながら、日奈子はニカッと笑ってみせた。
 日奈子 vs 辻本。見た目的には穏やかなのであるが、何を隠そう、両者の間ではとんでもない火花が飛び散っていたのであった。同じ市内でデザインや編集の仕事をしている限り、必ず競合はあるものだが、この日はたまたまなのか、あるいは運命のいたずらなのか、地元の観光パンフレットとポスターのプレゼン結果が届き、日奈子のおてんば企画が、辻本の率いる女帝国に激勝したばかりだったのだ。
 おてんば企画が提案したのは、映(ば)えスポットをクローズアップした遊び心満載のデザインだった。ナビゲーター役として、地元のタレントをモデルに起用したのだが、辻本にいわせれば、「そんなタレントの力を借りるなんて他力本願でしかないでしょ。おてんば市の観光もおしまいね」とかなんとか、ストレートにいうと、かなりおもしろくないようだ。
 きっとライバル意識を燃やしまくるんだろうなぁと思いながら、親睦会の席次表を手にとると、ある丸テーブルに檀崎・日奈子・辻本という順番に並んでいるではないか。憧れプリンスである檀崎が右隣で、業界の皇太后である辻本が左隣。日奈子は心の中で「あちゃ~」という叫び声をあげた。せっかくの桜コーディネイトなのに、よりによって辻本社長が隣とは。さくらどころか、頭がくらくら。
 案のじょう、親睦会の席では辻本からの自慢話攻撃を受け、肝心の檀崎とはほとんど話せずじまいだった。ついさっきまで『おてんばだより』のことをほめちぎっていたと思ったら、お酒が進むにつれ、「あの企画はもう古い」とか「私の会社では、もっと先のことを考えている」とか、結局のところは自慢話に終始するダースベイダー・辻本。
 辻本には三人の娘がいて、そのうち三女が会社を継ぐことになっているらしい。巷の噂では、海外留学の経験もある才女だとかで、おてんば企画のような「ぽっと出」の会社には負けられないという想いがむき出しであった。
 「ところで日奈子社長は、どちらの学校をお出になったの?」という辻本からの問いかけに、日奈子が「おて女です」と答えると、「あら、お嬢様大学のご出身だったのね。人は見かけによらないざますわねー、おほほほ」なんていい、不敵な笑みを浮かべた。「おて女」というのは「おてんば女子大学」の略で、地元ではそれなりに歴史のある地方では有名な女子大学である。
 「そうねー、でも、お嬢様大学という意味では、私(わたくし)も負けていないかしら。わが家では、親子三代にわたって学習院ですの。娘らも学習院ですし、私なんかは皇室にいらっしゃる○✕△□✕〇△◇様ともご学友ざますのよ」。
 ざますざます。おほほほほ。だなんて。「いい加減にしろよ、おい」と呆れ返りながら、ビールを一気飲みすると、もう構っていられないと思い、日奈子は「よっこらっしょ」と口にしながら、すたこらさっさとお手洗いへと逃げるのであった。
 ふ~っ、トイレの方が落ち着く。なーんて思いつつ、入念にお化粧を直すと、「さぁ、これからが勝負」とばかりに、檀崎の隣の席へ戻ろうとした日奈子だったが‥‥にゃ、にゃんと檀崎王子がいない。目の前を通りかかった商工会議所の職員に聞いたら、「檀崎社長は所用で、たった今お帰りになりましたよ」という話であった。
 え~っ、なんだっていうの。辻本のやろー。聞きたくもない自慢話ばかりしやがって。お前のせいで檀崎社長とふれ合えなかっただろ。せっかく新調したての勝負下着で決めてきたのに、すべてが台なし。ざますざます。檀崎社長が帰ってしまったざます(泣)。
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