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ナオキ色に萌える蔵王温泉Day
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寝ても覚めても、恋だけしていたいという美央の想いとは裏腹に、美央はいつも寝不足であった。とにかくやってもやっても終わらない。各種広報物のデザインワーク。
美央の平均的な一日を紹介すると、朝は九時を目標に出社(二日に一回は遅刻)し、そのまま忙殺されて、ふと気が付いてみると、夜の九時とか十時とか。オフィスで流しっぱなしのラジオから「ジェットス〇リーム」のナレーションが聞こえると、「もう帰ろ」「さ、飲みに行こ」という想いに駆られ、そそくさと焼き鳥屋さんに出向いていくのが常であった。
誰かさんの歌じゃないけど、これじゃ身体(からだ)にいいわきゃないよ。二十四時間恋だけを追い求めるつもりが、毎日が寝不足で、しかもその半分は二日酔いだったのである。
焼き鳥屋さん通いが長くなり、お金も続かなかった。仕事疲れ。飲み疲れ。金欠状態。化粧品も買えず、おしゃれを楽しむ余裕なんてまるでなし。それでも毎晩のように通い詰めた推しのいるお店。ナオキという男子の匂いを求めて、どうやら女子の本能がフル回転していたらしい。当年とって二十ン歳の美央にしてみれば、狙った獲物は何がなんでも手に入れるしかない年頃だったのだ。
憧れのナオキとの距離が一歩近づいたのは、よく晴れ渡ったゴールデンウィークのことだった。鳥クイーンのスタッフと常連客らで、蔵王温泉の大露天風呂へ遊びに行こうということになったのである。ナオキも行くという情報を聞きつけた美央は、すぐさま「行きます、行きます。私も行くに決まっています」といい、参加を表明したのはいうまでもないだろう。
行楽日和の子どもの日。鳥クイーンの親方が運転するマイクロバス(もちろんレンタカーである)に乗り、従業員六名+常連客八名の計十四名で新緑の蔵王へと向かった。
親方にとっては、スタッフの慰労も大きいのだろう。「今日は無礼講だからね」といい、朝から車内で缶ビールとおつまみを配っていた。「いいから飲みなさいって。たまにはのんびりしてくださいな」なんて、みんなのことを気遣う親方。
従業員の中にはダブルワークのOLもいれば学生もいたが、「女性陣の皆さんはカクテルがいいかな。ほら、たくさん買ってきたから、じゃんじゃん飲んじゃって」なんて全方位気配り型のおもてなしをするあたりは、面倒見のいい親方の真骨頂発揮であった。
南東北を代表する、蔵王国定公園の大自然をバックに、癒しの一日が始まった。バスに乗るタイミングをうまく見計らって、美央は偶然を装いながら、ナオキの隣の座席をゲットすることに成功した。
「あら、ナオキ君、ここに座ってもいいかしら。私、通路側が落ち着くのよね」とかなんとか、テキトーなことばかり。ナオキの隣だなんて、胸がはちきれそう。なんてったって、今日の勝負服はナオキのために奮発したようなものだしね。いつもは、よれよれの編集ルックだけど、今日はいつもと違う。今っぽさと品のよさを両立させた春コーデby美央。ずっと金欠ではあったけど、清水の舞台から飛び降りるつもりで買ってよかった。もっと私を見て。私に触(さわ)ってなんていいたくなっちゃう。朝からビールでほろ酔い気分の美央は、アルコールの力を借りながら、精一杯の女子を演じるのであった。
「ねーねー、最近ナオキ君は何か映画観た!?」とか「プロ野球も始まったわね。東北楽王スターズの試合、今年は観に行きたいわ」とか、遠巻きに「私を誘って」といわんばかりのアプローチに打って出た美央だったが、年上女のまき餌(え)にナオキが食いついてくることはなかった。
「そうですよね。行きたいですよねー」とかなんとか口にしつつも、決して本題に迫ることのない王子様。これはもう「ノー」と答えているようなものであった。
美しい緑に包まれたワイディングロードを駆け登って行くと、一度に二百人は入れるのではないかという名物露天風呂が、鳥クイーンの一行を歓迎してくれた。混浴があるわけではないので、お目当てのナオキとはしばしのお別れ。
「ナオキ君は何分ぐらい入るの?」なんて試しに聞いてみたが、「何分ぐらいでしょうね」と笑いながら、ナオキは男湯という異次元の世界へ消えていった。相変わらず気のない王子様。
美央としては、早めにお風呂からあがって、ナオキとお茶でもしたかったが、こともあろう、男湯の中では親方の人生訓が始まり、それにつき合わされたナオキが半分のぼせながら、ようやく長湯からあがってきたのは、時間にして二時間十五分も経ってからのことであった。
ああ、かわいそうに。ナオキったら。よりによって親方につかまるなんてさ。親方の処世訓なんかより、大人の女性との恋のゲームの方がいいに決まっているわよね。もちろん親方の面倒見のよさが、ナオキへの処世訓につながったわけだが、いずれ就活を控えているナオキにとっては、それなりに勉強になったというのだから、美央にとっては、ほんのちょっと残念なような。
ちょっと遅めのランチは、蔵王温泉名物のそば屋さんへ足を運んだが、今度は美央が親方の奥さんにつかまってしまい、お目当てのナオキとは一秒たりとも話せずじまいであった。親方の奥さんというのが、これまた面倒見のいい女性で、「残業はお肌に毒よ」とか「早く結婚して子どもを産みな」とか、あげ句の果てには「誰かいい男性(ひと)紹介しようか」とか、やかましいのなんのって。はっきりいって、ありがた迷惑。親方といい、奥さんといい、アットホームなところは大きな魅力なんだろうけどね。
人数的に決して多くないとはいえ、団体の日帰り小旅行というしがらみの中で、意中の男子・ナオキと“ふたりきりの時間”を過ごすのは難しいと痛感させられた美央。もちろん二十四時間恋をしていたいという美央の気持ちに変わりはなかったが、残念ながら蔵王温泉では、ふたりきりになって告(こく)るタイミングはつくれなかったのである。
でも、まー、勝負はまだまだこれから。帰りの車の中でも缶チューハイ飲みまくりの美央は、半分は単なる酔っ払い女、あとの半分は恋する女の顔で、意中の年下男子の横顔(プロフィール)に見とれていたのであった。ナオキ、だーい好き。
美央の平均的な一日を紹介すると、朝は九時を目標に出社(二日に一回は遅刻)し、そのまま忙殺されて、ふと気が付いてみると、夜の九時とか十時とか。オフィスで流しっぱなしのラジオから「ジェットス〇リーム」のナレーションが聞こえると、「もう帰ろ」「さ、飲みに行こ」という想いに駆られ、そそくさと焼き鳥屋さんに出向いていくのが常であった。
誰かさんの歌じゃないけど、これじゃ身体(からだ)にいいわきゃないよ。二十四時間恋だけを追い求めるつもりが、毎日が寝不足で、しかもその半分は二日酔いだったのである。
焼き鳥屋さん通いが長くなり、お金も続かなかった。仕事疲れ。飲み疲れ。金欠状態。化粧品も買えず、おしゃれを楽しむ余裕なんてまるでなし。それでも毎晩のように通い詰めた推しのいるお店。ナオキという男子の匂いを求めて、どうやら女子の本能がフル回転していたらしい。当年とって二十ン歳の美央にしてみれば、狙った獲物は何がなんでも手に入れるしかない年頃だったのだ。
憧れのナオキとの距離が一歩近づいたのは、よく晴れ渡ったゴールデンウィークのことだった。鳥クイーンのスタッフと常連客らで、蔵王温泉の大露天風呂へ遊びに行こうということになったのである。ナオキも行くという情報を聞きつけた美央は、すぐさま「行きます、行きます。私も行くに決まっています」といい、参加を表明したのはいうまでもないだろう。
行楽日和の子どもの日。鳥クイーンの親方が運転するマイクロバス(もちろんレンタカーである)に乗り、従業員六名+常連客八名の計十四名で新緑の蔵王へと向かった。
親方にとっては、スタッフの慰労も大きいのだろう。「今日は無礼講だからね」といい、朝から車内で缶ビールとおつまみを配っていた。「いいから飲みなさいって。たまにはのんびりしてくださいな」なんて、みんなのことを気遣う親方。
従業員の中にはダブルワークのOLもいれば学生もいたが、「女性陣の皆さんはカクテルがいいかな。ほら、たくさん買ってきたから、じゃんじゃん飲んじゃって」なんて全方位気配り型のおもてなしをするあたりは、面倒見のいい親方の真骨頂発揮であった。
南東北を代表する、蔵王国定公園の大自然をバックに、癒しの一日が始まった。バスに乗るタイミングをうまく見計らって、美央は偶然を装いながら、ナオキの隣の座席をゲットすることに成功した。
「あら、ナオキ君、ここに座ってもいいかしら。私、通路側が落ち着くのよね」とかなんとか、テキトーなことばかり。ナオキの隣だなんて、胸がはちきれそう。なんてったって、今日の勝負服はナオキのために奮発したようなものだしね。いつもは、よれよれの編集ルックだけど、今日はいつもと違う。今っぽさと品のよさを両立させた春コーデby美央。ずっと金欠ではあったけど、清水の舞台から飛び降りるつもりで買ってよかった。もっと私を見て。私に触(さわ)ってなんていいたくなっちゃう。朝からビールでほろ酔い気分の美央は、アルコールの力を借りながら、精一杯の女子を演じるのであった。
「ねーねー、最近ナオキ君は何か映画観た!?」とか「プロ野球も始まったわね。東北楽王スターズの試合、今年は観に行きたいわ」とか、遠巻きに「私を誘って」といわんばかりのアプローチに打って出た美央だったが、年上女のまき餌(え)にナオキが食いついてくることはなかった。
「そうですよね。行きたいですよねー」とかなんとか口にしつつも、決して本題に迫ることのない王子様。これはもう「ノー」と答えているようなものであった。
美しい緑に包まれたワイディングロードを駆け登って行くと、一度に二百人は入れるのではないかという名物露天風呂が、鳥クイーンの一行を歓迎してくれた。混浴があるわけではないので、お目当てのナオキとはしばしのお別れ。
「ナオキ君は何分ぐらい入るの?」なんて試しに聞いてみたが、「何分ぐらいでしょうね」と笑いながら、ナオキは男湯という異次元の世界へ消えていった。相変わらず気のない王子様。
美央としては、早めにお風呂からあがって、ナオキとお茶でもしたかったが、こともあろう、男湯の中では親方の人生訓が始まり、それにつき合わされたナオキが半分のぼせながら、ようやく長湯からあがってきたのは、時間にして二時間十五分も経ってからのことであった。
ああ、かわいそうに。ナオキったら。よりによって親方につかまるなんてさ。親方の処世訓なんかより、大人の女性との恋のゲームの方がいいに決まっているわよね。もちろん親方の面倒見のよさが、ナオキへの処世訓につながったわけだが、いずれ就活を控えているナオキにとっては、それなりに勉強になったというのだから、美央にとっては、ほんのちょっと残念なような。
ちょっと遅めのランチは、蔵王温泉名物のそば屋さんへ足を運んだが、今度は美央が親方の奥さんにつかまってしまい、お目当てのナオキとは一秒たりとも話せずじまいであった。親方の奥さんというのが、これまた面倒見のいい女性で、「残業はお肌に毒よ」とか「早く結婚して子どもを産みな」とか、あげ句の果てには「誰かいい男性(ひと)紹介しようか」とか、やかましいのなんのって。はっきりいって、ありがた迷惑。親方といい、奥さんといい、アットホームなところは大きな魅力なんだろうけどね。
人数的に決して多くないとはいえ、団体の日帰り小旅行というしがらみの中で、意中の男子・ナオキと“ふたりきりの時間”を過ごすのは難しいと痛感させられた美央。もちろん二十四時間恋をしていたいという美央の気持ちに変わりはなかったが、残念ながら蔵王温泉では、ふたりきりになって告(こく)るタイミングはつくれなかったのである。
でも、まー、勝負はまだまだこれから。帰りの車の中でも缶チューハイ飲みまくりの美央は、半分は単なる酔っ払い女、あとの半分は恋する女の顔で、意中の年下男子の横顔(プロフィール)に見とれていたのであった。ナオキ、だーい好き。
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