オオクワガタを探していたら攫われた王女を見つけた話

ままはる

文字の大きさ
22 / 33

22.チーズケーキ

しおりを挟む

⭐︎

 結局、ノアたちは日中は一歩も宿の外へ出ることは出来なかった。
 それどころか王直々に王女の帰還を報せる会見が行われた為、宿の外には益々人が集まって来ている。

「みんな、暇なのかしら」

 カーテンを閉め切った食堂の窓ガラス越しに、相変わらず『勇者万歳』の歓声が聞こえてくる。ルルは呆れた声で呟き、上質な肉を一切れ口の中に放り込んだ。歯が無くても蕩けそうなくらい肉は柔らかく、ソースも絶妙な塩梅で肉に絡んでよく合う。こんな贅沢なディナーはこれまで口にしたことが無かったが、昨夜も今朝も昼も、ずっと豪華な料理が出てくる為少し飽きてきた。

「そりゃあ、魔物の軍勢を焼き払い、獰猛な竜の翼を折り、地獄の底から蘇った闇の魔王を打ち破った勇者一行となれば、どんな奴らなのか一目見たいと思っちゃうよね」

「何それ?」

 肉をナイフで切り分けながら言ったエヴァンのセリフに、ルルは眉を顰める。

「王様が会見でそう言ったらしいよ? さっき宿の従業員から聞いたんだ」

「あの王様……!」

 発言がエスカレートする癖のある人だと思ってはいたが、まさかそこまでの尾鰭をつけるとは。

「勿体無いけど、別の宿に移動しましょうよ。このまま引きこもっていたら、頭がおかしくなりそうだわ。ねぇ、ノア?」

「確かにここの飯は頭がおかしくなりそうだ。なんだこの見たこともない物体は」

 ノアは不快な顔で、付け合わせの見慣れない野菜をぽいぽいとエヴァンの皿に入れていく。

「これはロマネスコだよ。美味しいよ?」

「俺はルルの母ちゃんが作る、貧相なオムライスみたいなのが食べたいんだ」

「貧相で悪かったわね」

 ここの食事は豪華で美味しい。しかしノアは、呪文のように長い名前の上、見慣れないこの料理たちがどうにも好きにはなれなかった。

「そうだねぇ……これだけ人が集まっていたら暗殺者も近寄り難いかもしれないし、移動するのもアリかもね」

「ちょっと待ってよ、エヴァン。本当に暗殺者を捕まえるつもりなの?」

 信じられないと、目を見開くルル。

「政治が絡んでいるなら、尚更私たちの出る幕じゃないでしょ? スピナ国の陰謀かもしれないって暴いただけでも、大健闘だと思うわ」

「けど勇者たるもの、王女様の涙を見て見ぬふりするわけにもいかないだろ?」

「エヴァン、あんた……」

 異様にキラキラした眼差しのエヴァンに、ルルはそっと頭を抱えた。

(こいつ、『勇者』って言われ過ぎてその気になってる……!)

「目を覚ましなさい、エヴァン! あんた、子供の頃はノアが捕まえたアブラゼミを見て泣くような、肝の小さい男だったでしょ!」

「違う。あれはクマゼミだ」

「僕は勇者だからアブラゼミもクマゼミも、もう怖くないよ!」

「やめて! パーティ内にボケは2人もいらないの! 私のキャパでは捌ききれない!」

 ルルが悲痛な声で訴えた時、キッチンから新たな皿を持って給仕の男がやって来た。

「こちらはデザートでございます。ケアリス産のチーズを使ったチーズケーキに、フランボワーズのソースを添えております」

「あ。ニンジャだ」

 ノアの嬉しそうな声に、一瞬だけ時間が止まった。
 ルルとエヴァンは、ノアの言葉の意味が理解できずにただ瞬きを繰り返し、給仕の男は皿をテーブルに置いた仕草のまま微笑んでいる。

 ノアだけが、いそいそとポケットから紙とペンを取り出した。

「さぁ、約束通りサインを書け。それはニンポーか? 変身の術というやつだな!」

「な……何を仰っているのですか、勇者様?」

 ノアが紙とペンを向けた相手は――給仕の男。
 ようやく理解が追いついたエヴァンは、ルルに目で合図を送る。ルルは頷くと、運ばれて来たデザートの皿に手を翳して魔法式を唱えた。

 ルルの魔法に呼応して、チーズケーキに添えられたソースが薄暗い光を放つ。

「……毒が入っているわ」
「――何故、俺だとわかった?」

 一歩大きくテーブルから下がった給仕は、大きく舌打ちした。

「声が同じだ。あと、目も」

「ノアは一度興味を持ったものには、異様な執着を持つのよ!」

「なるほど……本当に気持ちの悪い男だ」

 少しずつ、少しずつテーブルから距離を取る暗殺者。

「王女様はもうお城に帰ったわ。私たちを殺そうとする理由は何?」

「理由? そんなものは必要無い」

 ルルの問いに、暗殺者は口元に薄く笑みを浮かべた。

「敢えて挙げるなら……俺は一度殺すと決めた獲物は、決して逃がさない」

「ほらね。やっぱり厨二病患者だった」

 得意気に胸をそらすエヴァン。それから周囲に視線を張り巡らせる。
 宿の外には大勢の人がいる。キッチンや廊下にも。暗殺者がこの状況で、派手な攻撃魔法を放ってくるとは考えにくい。

「ノア! こいつ、逃げるよ! 捕まえて!」
「っ! 逃がさない!」

 ノアは慌てて立ち上がり、自身の魔力を右手に集中させた。

 空気が震え、闇色の火花がぱちんと音を立てて弾ける。やがて火花は大きな渦となり、ノアの右手へと収束していく。
 その禍々しい魔力を帯びた右手を天井に掲げると、ノアの頭上に無数の鋭い漆黒の剣が現れた。

「そんな魔法剣の使い方、ありかよ……っ!」
「何なのソレ!? 怖い!」

 暗殺者のみならず、仲間であるはずのルルまでもが声を上げた。エヴァンも、初めて見る力に唖然としている。

 夥しい数の剣が、一斉に暗殺者に向かって迸った。

 ノアの力の正体は『睡魔』――その為、剣は物理的なダメージを与えることはない。暗殺者を捕らえ損ねて床や壁に突き刺さった剣は、霞となって消え失せる。

 暗殺者は迫り来る剣をなんとか躱し、或いは魔法で相殺させ、キッチンを通って逃げて行った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。

灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。 彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。 タイトル通りのおっさんコメディーです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

婚約者が多すぎる

あんど もあ
ファンタジー
器量も知力も魔力も平凡な第三王女アネット。もうじき16歳になるというのに、政略結婚の話も無い。私ってモテないから、と本人は思っているけど、彼女は無自覚しごでき王女だった。

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

処理中です...