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ガブリュー大佐
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ガブリュー大佐は予定より2日遅れてミザル市に到着した。 ガブリュー大佐はマベルス中尉の上司である。
2週間前にマベルス中尉がエリカをザルス軍に勧誘したとき、エリカは「軍から出された指令を拒否できるか?」と尋ねた。 その判断は上司に委ねよう。 それがマベルス中尉の判断だった。 そこでやって来たのがガブリュー大佐である。
◇
ガブリュー大佐の到来をエリカに告げたのはシバー少尉だった。
「エリカさん、ガブリュー大佐がミザル市に到着しました」
チン。
「明日の午前10時に軍庁舎でお会いしたいとのことです」
チン。
「OKですか?」
チン。
◇
指定された時間の5分前に、エリカは軍庁舎の一室を訪れた。 シバー少尉も一緒だ。 今回に限りエリカは自分の居場所をシバー少尉に知らせる指輪を携帯している。
エリカがチンとベルで合図すると、シバー少尉が部屋のドアをノックする。コンコン。
「お入りください」
ドアを開けて中へ入ると、大きな会議用のテーブルの向こう側にスーツ姿の男性3人が並んで座っていた。 そのうちの1人はマベルス中尉である。
エリカは男性3人の向かい側に並ぶ椅子の1つをテーブルから引き出して座った。
「どうぞおかけになってください」とマベルス中尉。
(そうさせて頂いているわ)
「失礼します」
シバー少尉は会釈しつつそう言って、エリカの隣の椅子に座る。 少尉が緊張しているのはガブリュー大佐がいるからかもしれない。
エリカは3人のうち2人と初対面だったが、2人のうちどちらがガブリュー大佐なのかすぐに分かった。
(真ん中に座ってる銀縁メガネがガブリュー大佐でしょう)
銀縁メガネの男性は50~60代と見られる恰幅のいい白髪の男性で、生気と自信のみなぎる顔つきをしている。 順調にキャリアを積み上げ、充実した生活を送り、上手に年を取っている人間の顔だ。
(こっちの男性は誰かしら?)
エリカの向かって右側に座るのは、色白で黒髪の小柄な男性である。 20代と見られるが、どこか子供っぽい印象だ。 ファントムさんを視覚的に捉えようとしているらしく、エリカの座る椅子の少し上の空間をさっきから色々な目つきで眺めている。
◇
マベルス中尉がエリカと初対面の2人を紹介する。
「ようこそお越しくださいましたファントムさん。 まずは紹介させて頂きましょう。 こちらに座るのが私の上司のガブリュー大佐、その向こうに座るのがメカジキ少尉です」
エリカはベルをチンと鳴らして、初めましてのご挨拶。
ガブリュー大佐が挨拶をする。
「初めましてサワラジリさん。 交渉の機会を与えて頂き感謝する」
大佐の声音は安定しており口調には淀みがない。
エリカはベルで返答。 チィーンィン。 「遠路はるばるご苦労さまです。 1週間もかけて来てくださらなくても良かったのに」 そんな気持ちを込めたつもりだ。
エリカのベルの音から何を読み取ったのかは不明だが、ガブリュー大佐は小さな笑みを浮かべつつ頷いて再び話し始める。
「さっそくですが本題に入りましょう。 結論から申し上げれば、サワラジリさんが軍が出す指令を拒否できるとする契約は不可能ではありません」
(そうなんだ。 アリスちゃんは損しちゃったわね)
「しかし、特殊な人材であるサワラジリさんに与えられるミッションは特別で重要なものばかり。 その点はご理解いただけますね?」
チン。 ええまあ。
「サワラジリさんは我が軍の虎の子であり最後の切り札となります。 サワラジリさんに頼るしか無い、そういうケースにサワラジリさんに指令が出されるわけです。 したがって、サワラジリさんに指令を拒否されると軍は本当に困ってしまう」
ガブリュー大佐の話は続く。
「サワラジリさんの気まぐれでミッションを拒否されるようなことがあってはならない。 そこで、サワラジリさんとの契約には罰金制を導入したいと思います」
(罰金? 感じ悪いなー)
「罰金といっても、何もサワラジリさんが道徳的に悪いとかそういう訳ではありません。 サワラジリさんに気まぐれでミッションを拒否されないための措置です。 サワラジリさんがミッションを拒否する確固たる理由がある場合に、その理由がミッションとどちらが重要なのかを比較するためのモノサシとしての罰金なのです」
(どういうこと?)
「つまり、サワラジリさんが『罰金を支払ってでも、このミッションはやりたくない』と思うのであれば、サワラジリさんがミッションを拒否する理由が十分であると軍も認めましょうということですよ」
(なるほど。 そういう意味でモノサシか。 一理あるわね)
「そこで問題となるのが罰金の金額ですが...」
(いくらなのかな?)
「...一千万ゴールドとします」
(高すぎ。 これじゃあ自由に命令拒否できない)
エリカは抗議の意味を込めてベルを鳴らした。 チンチンチン。
「これじゃあ自由に命令拒否できないと思いますか? それこそが罰金制度の狙いなんです。 自由奔放に命令を拒否されるのでは、月々の手当を支払ってサワラジリさんに軍に在籍してもらう意味がありませんからね」
「指令がめったに出されないこと、そしてサワラジリさんの指令拒否が軍に大きな不利益をもたらすことを考えれば、これでも安い金額です。 軍にしてみれば、指令拒否権を与えるだけでもギリギリの譲歩なんですから」
エリカは大佐の主張の妥当性を認めたが、契約を結ぶ気にはならなかった。 もともとエリカは軍と契約する必要性を感じていない。 軍が望むから交渉に応じただけである、 望ましくない契約を受け入れる理由は微塵もなかった。
ガブリュー大佐はエリカと話すためだけに1週間かけてミザル市まで足を運んだ。 そんな彼に対して、ノーの返事をベルチンで済ますのは失礼である。 そう考えたエリカは、足元に置いていたナップサックから筆記用具を取り出して、断りのメッセージを書いた。
『ご説明には納得しましたが、この契約にみ力を感じません。 この話はお断りさせていただきます。 ご希望にせず申し訳ありません』
エリカのメッセージを読んだ大佐は言う。
「そうですか。 ならば仕方ない。 軍としてもこれ以上の条件は出せませんからな。 サワラジリさんと軍とは噛み合わないということでしょう。 いや、お時間を取らせてすみませんでした。 お引き取りくださって結構です。 シバー少尉、君はここに残りたまえ。 話がある」
(1週間も馬車に揺られて来たわりに、あっさりと私を諦めるのね)
エリカはシバー少尉を残し、1人で部屋を出て行った。
◇
エリカが去った部屋でガブリュー大佐がシバー少尉に尋ねる。
「サワラジリは部屋を出たか?」
問われた少尉は、スマホ型デバイスの画面を眺めながら答える。
「はい。 部屋を出て廊下を南へ歩いています」
少尉が手にするデバイスはエリカの携帯する指輪と連動しているのだ。
マベルス中尉も言う。
「さきほどドアが存在感を失いました。 そのときサワラジリは部屋を出たのでしょう」
「そうか。 マベルス中尉、ドアに鍵をかけておけ。 シバー少尉はそこに座れ。 今から内密の指示を伝える」
そしてガブリュー大佐はシバー少尉に、エリカを《支配》する計画を明かした。
「《支配》の呪文を使うのはメカジキ少尉だ。 シバー少尉には、夜にベッドで寝ているサワラジリに麻痺薬を注射する任務を与える」
「はい。 でもファントムさんに注射なんてして大丈夫なんでしょうか。 祟りとか...」
不安を訴えるシバー少尉。 彼女に同意するかのように、メカジキ少尉も大佐の隣で頷いている。
だが、ガブリュー大佐は落ち着き払っている。
「無用な心配だな。 ファントムさんとやらの正体は人間だ」
「本当ですか? どうして大佐はそんなことを...」
「誰かに聞いたわけじゃない。 頭を働かせればわかることだ。 食事をし、衣服を着用し、睡眠を取る。 人でなくてなんだというんだ? サワラジリはトイレに行くだろう?」
「はい」
「うむ、やはりな。《認識阻害》の魔法が常時発動した状態にあるんだろう。 トリックなのか体質なのかはわからんが。 とにかく、ファントムさんは精霊などではなく生身の人間だ。 落ち着いて各自の役割を果たせ」
2週間前にマベルス中尉がエリカをザルス軍に勧誘したとき、エリカは「軍から出された指令を拒否できるか?」と尋ねた。 その判断は上司に委ねよう。 それがマベルス中尉の判断だった。 そこでやって来たのがガブリュー大佐である。
◇
ガブリュー大佐の到来をエリカに告げたのはシバー少尉だった。
「エリカさん、ガブリュー大佐がミザル市に到着しました」
チン。
「明日の午前10時に軍庁舎でお会いしたいとのことです」
チン。
「OKですか?」
チン。
◇
指定された時間の5分前に、エリカは軍庁舎の一室を訪れた。 シバー少尉も一緒だ。 今回に限りエリカは自分の居場所をシバー少尉に知らせる指輪を携帯している。
エリカがチンとベルで合図すると、シバー少尉が部屋のドアをノックする。コンコン。
「お入りください」
ドアを開けて中へ入ると、大きな会議用のテーブルの向こう側にスーツ姿の男性3人が並んで座っていた。 そのうちの1人はマベルス中尉である。
エリカは男性3人の向かい側に並ぶ椅子の1つをテーブルから引き出して座った。
「どうぞおかけになってください」とマベルス中尉。
(そうさせて頂いているわ)
「失礼します」
シバー少尉は会釈しつつそう言って、エリカの隣の椅子に座る。 少尉が緊張しているのはガブリュー大佐がいるからかもしれない。
エリカは3人のうち2人と初対面だったが、2人のうちどちらがガブリュー大佐なのかすぐに分かった。
(真ん中に座ってる銀縁メガネがガブリュー大佐でしょう)
銀縁メガネの男性は50~60代と見られる恰幅のいい白髪の男性で、生気と自信のみなぎる顔つきをしている。 順調にキャリアを積み上げ、充実した生活を送り、上手に年を取っている人間の顔だ。
(こっちの男性は誰かしら?)
エリカの向かって右側に座るのは、色白で黒髪の小柄な男性である。 20代と見られるが、どこか子供っぽい印象だ。 ファントムさんを視覚的に捉えようとしているらしく、エリカの座る椅子の少し上の空間をさっきから色々な目つきで眺めている。
◇
マベルス中尉がエリカと初対面の2人を紹介する。
「ようこそお越しくださいましたファントムさん。 まずは紹介させて頂きましょう。 こちらに座るのが私の上司のガブリュー大佐、その向こうに座るのがメカジキ少尉です」
エリカはベルをチンと鳴らして、初めましてのご挨拶。
ガブリュー大佐が挨拶をする。
「初めましてサワラジリさん。 交渉の機会を与えて頂き感謝する」
大佐の声音は安定しており口調には淀みがない。
エリカはベルで返答。 チィーンィン。 「遠路はるばるご苦労さまです。 1週間もかけて来てくださらなくても良かったのに」 そんな気持ちを込めたつもりだ。
エリカのベルの音から何を読み取ったのかは不明だが、ガブリュー大佐は小さな笑みを浮かべつつ頷いて再び話し始める。
「さっそくですが本題に入りましょう。 結論から申し上げれば、サワラジリさんが軍が出す指令を拒否できるとする契約は不可能ではありません」
(そうなんだ。 アリスちゃんは損しちゃったわね)
「しかし、特殊な人材であるサワラジリさんに与えられるミッションは特別で重要なものばかり。 その点はご理解いただけますね?」
チン。 ええまあ。
「サワラジリさんは我が軍の虎の子であり最後の切り札となります。 サワラジリさんに頼るしか無い、そういうケースにサワラジリさんに指令が出されるわけです。 したがって、サワラジリさんに指令を拒否されると軍は本当に困ってしまう」
ガブリュー大佐の話は続く。
「サワラジリさんの気まぐれでミッションを拒否されるようなことがあってはならない。 そこで、サワラジリさんとの契約には罰金制を導入したいと思います」
(罰金? 感じ悪いなー)
「罰金といっても、何もサワラジリさんが道徳的に悪いとかそういう訳ではありません。 サワラジリさんに気まぐれでミッションを拒否されないための措置です。 サワラジリさんがミッションを拒否する確固たる理由がある場合に、その理由がミッションとどちらが重要なのかを比較するためのモノサシとしての罰金なのです」
(どういうこと?)
「つまり、サワラジリさんが『罰金を支払ってでも、このミッションはやりたくない』と思うのであれば、サワラジリさんがミッションを拒否する理由が十分であると軍も認めましょうということですよ」
(なるほど。 そういう意味でモノサシか。 一理あるわね)
「そこで問題となるのが罰金の金額ですが...」
(いくらなのかな?)
「...一千万ゴールドとします」
(高すぎ。 これじゃあ自由に命令拒否できない)
エリカは抗議の意味を込めてベルを鳴らした。 チンチンチン。
「これじゃあ自由に命令拒否できないと思いますか? それこそが罰金制度の狙いなんです。 自由奔放に命令を拒否されるのでは、月々の手当を支払ってサワラジリさんに軍に在籍してもらう意味がありませんからね」
「指令がめったに出されないこと、そしてサワラジリさんの指令拒否が軍に大きな不利益をもたらすことを考えれば、これでも安い金額です。 軍にしてみれば、指令拒否権を与えるだけでもギリギリの譲歩なんですから」
エリカは大佐の主張の妥当性を認めたが、契約を結ぶ気にはならなかった。 もともとエリカは軍と契約する必要性を感じていない。 軍が望むから交渉に応じただけである、 望ましくない契約を受け入れる理由は微塵もなかった。
ガブリュー大佐はエリカと話すためだけに1週間かけてミザル市まで足を運んだ。 そんな彼に対して、ノーの返事をベルチンで済ますのは失礼である。 そう考えたエリカは、足元に置いていたナップサックから筆記用具を取り出して、断りのメッセージを書いた。
『ご説明には納得しましたが、この契約にみ力を感じません。 この話はお断りさせていただきます。 ご希望にせず申し訳ありません』
エリカのメッセージを読んだ大佐は言う。
「そうですか。 ならば仕方ない。 軍としてもこれ以上の条件は出せませんからな。 サワラジリさんと軍とは噛み合わないということでしょう。 いや、お時間を取らせてすみませんでした。 お引き取りくださって結構です。 シバー少尉、君はここに残りたまえ。 話がある」
(1週間も馬車に揺られて来たわりに、あっさりと私を諦めるのね)
エリカはシバー少尉を残し、1人で部屋を出て行った。
◇
エリカが去った部屋でガブリュー大佐がシバー少尉に尋ねる。
「サワラジリは部屋を出たか?」
問われた少尉は、スマホ型デバイスの画面を眺めながら答える。
「はい。 部屋を出て廊下を南へ歩いています」
少尉が手にするデバイスはエリカの携帯する指輪と連動しているのだ。
マベルス中尉も言う。
「さきほどドアが存在感を失いました。 そのときサワラジリは部屋を出たのでしょう」
「そうか。 マベルス中尉、ドアに鍵をかけておけ。 シバー少尉はそこに座れ。 今から内密の指示を伝える」
そしてガブリュー大佐はシバー少尉に、エリカを《支配》する計画を明かした。
「《支配》の呪文を使うのはメカジキ少尉だ。 シバー少尉には、夜にベッドで寝ているサワラジリに麻痺薬を注射する任務を与える」
「はい。 でもファントムさんに注射なんてして大丈夫なんでしょうか。 祟りとか...」
不安を訴えるシバー少尉。 彼女に同意するかのように、メカジキ少尉も大佐の隣で頷いている。
だが、ガブリュー大佐は落ち着き払っている。
「無用な心配だな。 ファントムさんとやらの正体は人間だ」
「本当ですか? どうして大佐はそんなことを...」
「誰かに聞いたわけじゃない。 頭を働かせればわかることだ。 食事をし、衣服を着用し、睡眠を取る。 人でなくてなんだというんだ? サワラジリはトイレに行くだろう?」
「はい」
「うむ、やはりな。《認識阻害》の魔法が常時発動した状態にあるんだろう。 トリックなのか体質なのかはわからんが。 とにかく、ファントムさんは精霊などではなく生身の人間だ。 落ち着いて各自の役割を果たせ」
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