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フロスト中尉の説教

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夕食後、アリスは今晩もエリカの家に行こうと考えていた。 

(今日こそエリカさんが帰ってる気がする)

姿の見えないファントムさんを軍がどうやって《支配》するつもりか知らないが、エリカが《支配》の計画を知ってさえいれば、みすみす《支配》されることはないだろう。

本当ならエリカの家に入り浸ってエリカの帰りを待っていたいが、そんなことをすれば軍に怪しまれるに決まっている。 アリスに出来るのは、こうして夜になってから散歩を装いエリカの帰宅をチェックすることだけだ。

(そろそろ行こうかな)

アリスが食後の緑茶を一息に飲み干して湯呑みをテーブルに置いたとき、フロスト中尉が話かけてきた。

「アリスちゃん、話があるからちょっといらっしゃい」

中尉がアリスを先導したのは中尉の自室だった。 中尉はアリスが部屋に入ったのを確認すると、部屋のドアを閉めドアを背にして座布団に座る。

チンチンチン(話ってなに?)

「アリスちゃん、あなた昨晩もエリカさんの家に出かけたけど...」

そうして中尉はわりとどうでもいいことを説教めいた口調で語りだした。 実はこの中尉、特に今晩はアリスを家から出さないようガブリュー大佐から指示されている。

大佐がそのように指示したのは、エリカの《支配》の現場をアリスが目撃しないようにするためだ。 エリカの《支配》が完了しさえすれば、エリカの振る舞いをコントロールすることで、エリカが《支配》されている事実を糊塗ことできる。 しかしアリスがエリカ《支配》の現場に居合わせれば、アリスは軍に不信感を抱きザルス共和国を出奔しゅっぽんしてしまうだろう。 大佐はそう考えたのである。

「...昨日だって寝るのが遅くなっちゃったでしょ? だから今日は...」

(この内容の薄い説教は何なん?)

「...それに先方の迷惑ということも考えないと。 夜の10時までお邪魔するなんて...」

(不自然に長々と続く説教やなー。 まるで説教それ自体が目的みたいな... あっひょっとして!)

アリスは真相を看破かんぱした。 アリスを足止めしようとする大佐の企みが皮肉にも、エリカの《支配》が今晩おこなわれることをアリスに気づかせたのだ。

「...だから、ね? ... だと思うの。 私としても...」

(エリカさんを《支配》するのが今晩である可能性が濃厚である以上、 ちょっと思い切ったことでもやらなあかんな。 どうせこの国から逃げるつもりやし、エリカさんに相談せんと逃げ方がよくわからへんし)

アリスはとりあえず、この部屋から出ることにした。

チーンとベルを鳴らしてフロスト中尉のおしゃべりを中断させ、チンチンと畳み掛けてトイレを要求。

「あら、おトイレ? 本当に?」

アリスは疑われたことを憤慨するかのように、あるいはもうオシッコが漏れそうだと言わんばかりにチンチンチンとベルを連打する。

「わかったから、ベルをうるさく鳴らさないで」

そう言って中尉は立ち上がり部屋のドアを開けた。

部屋の外に出たアリスは考える。 このアパートを出るだけなら、ファントムさんである自分には簡単なことだ。 普通に玄関から出ればいい。 中尉に透明の自分を止める術はない。 だが、それでは...

(すぐに中尉から大佐に連絡がいくやろな。 そしたら大佐になんかなにかされるかもしれへん。 エリカさんの《支配》を急ぐとか私を捕まえようとするとか、そんな感じのこと)

トイレへ向かって歩くアリスの後をフロスト中尉が付いて来ている。 アリスは歩きながら思う。

(いよいよ発信器指輪を逆手に取るときが来たみたいやな)

トイレまで来たアリスはドアを開けて指輪を床に置く。 そして素早くトイレの外へ出てドアを閉めると、玄関を目指して駆け出した。



フロスト中尉にはアリスの姿が見えないしアリスが走る音もドアを開閉する音も聞こえないから、中尉はアリスが今トイレの中に居ると思っているはずだ。 指輪発信器が発するシグナルもトイレの中からである。

しかし、これで何分なんぷん稼げるのか? 5分? それとも8分? しびれを切らせた中尉がトイレのドアを開けようとして施錠せじょうだと判明した時点で、中尉は間違いなくアリスの脱走に気付く。



玄関に到達したアリスは慌ただしく靴を履き、玄関のドアをガチャリと開けて外に出る。 この「ガチャリ」もフロスト中尉には聞こえていない。

アリスは官舎の階段を3階から1階までダダダッと駆け下り建物の玄関から飛び出ると、すっかり暗くなった住宅街の街路を全力で走り始めた。
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