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暗殺
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食堂を出たところでナヤスに追いついたイショナは、ナヤスの計画を聞いて驚いた。
「帝国軍を襲撃!?」
イショナが驚くのには理由がある。 ザンス人は魔法は苦手だがマナにより肉体が強化されやすい。 マナの保有量が同じなら、ザンス人は筋力も反射神経もクーララ人の2倍以上である。 ナヤスはザンス帝国の兵1人ですら倒せないはずだ。
「今度ばかりは黙って見ていられない」
「それは私もだけど」
「正面から戦うわけじゃない。 指揮官が死ねば帝国軍はこの町を出て行くだろ」
「どうやって指揮官を殺すの?」
「《水操作》の呪文さ」
「何それ?」
「魔法で作り出した水を思いのままに動かす呪文だ。 これで指揮官を溺死させる」
「《水生成》とも違うのね」
「うちの蔵で見つけた古文書で覚えた」
ナヤスは呪文の理解に関しては頭が良く、難解な呪文書を理解して呪文を習得できる。 某ファントムさんと違って、呪文の習得にスクロールを必要としないのだ。
「事故死を装えば私たちの仕業ってバレないね。 素敵じゃない」
「だろ? 陸上で溺死ってのが不自然だけど」
「尻尾を掴まれなきゃ大丈夫よ。 帝国に一泡ふかせてやりましょ」
2人は帝国軍がマナ石を採集しているという荒れ地へと向かった。
◇
マナ石は不思議と、町中ではなく町の外に形成される。 その理由は不明だが、人が立てる物音を嫌うのだと考えられている。 マナ石が「人嫌いの石」とも呼ばれる所以である。
◇
荒れ地に着いたナヤスとイショナは、帝国軍から100mほど離れた岩陰に身を潜め様子を窺う。
「あいつら、マナ石を壊してやがる! 奪いに来たんじゃないのかよ!」
ナヤスの視線の先では、大勢の人夫が両手用のハンマーでマナ石を壊していた。 マナ石はドラム缶を一回り小さくしたような円柱形の岩で、それが荒野にいくつも立ち並んでいる。
マナ石は簡単に砕けるうえ砕けるとき青い燐光を放つから、人夫たちは面白がって次々にマナ石を砕いてゆく。 石が砕かれる音と人夫たちの歓声が風に乗って聞こえてきて、ナヤスは切歯扼腕し、イショナは悲痛な声を上げる。
「マナ石が! 急いで止めさせよう」
マナ石を壊してもマナ再生能力は損なわれない。 帝国軍はマナ石を運びやすいように砕いているのだが、ナヤスもイショナもそんなことを知るよしもない。
「どれが指揮官だ?」
ナヤスは目をこらすが、どの人物が指揮官なのか見当もつかない。 指揮官を殺すには、まず敵軍の中から指揮官を見つけ出す必要がある。 あまりにも当然のステップをナヤスは見落としていた。
どうしよう? こんな最初の部分で計画に欠陥があったなんて。 ナヤスは頭を悩ますが、良い知恵は浮かばない。 マナ石が破壊される音に心をかき乱されて考えがまとまらない。
ナヤスの焦りに気付いたのか気付かなかったのか、イショナがごく自然に助力を申し出る。
「私に任せて」
そう囁くイショナの声は、まるで天上の楽の音のようにナヤスの耳に響いた。
イショナが静かな声で呪文を唱え出す。
「トゥルルクトゥルークルックー ブラインシュリンプタベミタテイナー 聞かせてちょうだいアナタの秘密 とおみみ!」
《遠耳》の呪文である。 《遠耳》ならナヤスも使える。 しかし、この呪文をこの場面でを使うなど彼には思いもよらなかった。
《遠耳》を発動させたイショナは耳を澄ませ、ほどなくして敵の指揮官を特定した。 敵兵の会話から指揮官を推察したのだ。
「あいつよ、あの黒髪の女性士官」
イショナの指差す先には、なるほど若い女性士官の姿が見える。
「もっと近づきたいな」
◇
岩陰から岩陰へと移動しつつ、ナヤスとイショナは女性士官から50mほどの距離までやって来た。 大きな岩の後ろに隠れ、2人はひそひそ声で会話する。
「ここらで限界か」
「そうね。 これ以上近づくと、耳のいいヤツに呪文の詠唱でバレちゃう」
マナによる肉体強化は知覚系にも作用するから、ザンス人は聴力に優れる者が多い。
「じゃあ、やるぞ」
ナヤスは小さな声で《水操作》の呪文を唱え始める
「ピクルスピクピクリキュウノスヅケ ピュアピュアハートピュアハート カモン純粋オレの水。 アクア・マニピュレーション!」
呪文が完成し、ナヤスが両手を合わせた手の平の上に透き通ったピュアな水が出現する。
「ゆけ、オレの水!」
ナヤスが小声で合図すると「水」はスルスルと手の平を滑り落ち、地面を這って女性士官のいる場所を目指す。
移動する「水」が帝国兵に気付かれれば怪しまれること間違いないが、「水」は音を立てないしコップ一杯程度の量だから気付かれる可能性は低い。
「水」は幾人かの帝国兵の足下を通過して女性士官のもとへ辿り着き、彼女の体を登り始める。 指揮官とは50m離れているが、ナヤスには「水」が女体のどの部分を這っているかが感覚的に分かる。
「よーし、いい調子だ」
「水」は服の上から体に取り付いているので、女性士官は「水」に気付かない。 足から尻、尻から背中へと「水」は女体を登っていく。 周囲の兵士も「水」に気付いていない。
女性士官が「水」に気付いたのは、「水」が背中から頭部に達し頭髪の中に分け入って頭皮に触れたときだった。
「ひゃっ! なに?」
頭皮に冷たいものを感じた女性士官は、驚いて頭を手で押さえる。 しかし押さえた手の下で「水」は移動を続け、彼女の顔を目指す。
周囲の兵士たちは女性士官の妙な声に気付きはしたが、彼女の毛髪に紛れて存在する「水」に気付くはずもない。 のんきな声で尋ねるだけだ。
「どうかされましたか、シェーン少佐?」
しかし少佐は返事をするどころではない。 「水」を手で振り払おうとするのだが、「水」は彼女の頭髪に混ざり振り払えない。
「水」はシェーン少佐の頭髪から顔に達すると、二手に分かれて鼻と口からツルッと彼女の体内に侵入した。 少佐は「水」の意図に気付いて驚愕する。 この液体は私を窒息させるつもり!?
しかし、気付いたときにはもう遅い。「水」は彼女の口中を強引に進んで喉の奥に達し、気管の入り口である声門を刺激する。
「か、かはっ」
女性士官は反射的に咳をして、「水」を喉の奥から吹き飛ばそうとする。 マナで肉体が強化された女性士官は咳も強力で、彼女が咳をするときに喉を通過する空気の速度は音速に達する。 しかし「水」は喉の内壁に薄くへばりついて咳を耐え忍び、肺に入り込もうと再び声門をノックする。
女性士官の異常に危機感を抱いた周囲の者が、今度は切迫した声で尋ねる。
「シェーン少佐! どうしました?」「大丈夫ですか?」
しかし、少佐は「水」のせいで声を出すのはおろか呼吸もままならない。 喉に手を当て、もがき苦しむばかり。
しばらくしてシェーン少佐は動かなくなり地面に倒れた。 「水」に何度も刺激された声門が痙攣を起こし気管をふさいだのが原因で窒息死してしまったのだ。 乾性溺水という現象である。
もちろんナヤスに乾性溺水の知識などない。 彼はひたすら女性士官の肺の奥を目指していただけだ。 しかし「水」にシェーン少佐の強力な声門をこじ開ける力がなかったため、結果的に「水」で声門を何度も刺激することになったのである。
◇
帝国軍の兵士がシェーン少佐の死体の周りに集まり、人夫も作業の手を止めて何事かと様子を眺めている。
その様子を飽くことなく注視するナヤスにイショナが小声で言う。
「早く逃げましょ。 帝国兵に気付かれたら大変」
イショナは帝国軍から視線を引き剥がすようにしてイショナのほうに向き直った。
「帝国軍は撤退するかな?」
「するに決まっているわ。 それより早く逃げるのよ」
◇
イショナの確信に反して帝国軍は撤退しなかった。 副隊長のデホルト中尉がシェーン少佐の不審な死をテレホンで本国に伝えると、上層部は彼を新たな指揮官に任命しマナ採集の続行を命じたのである。
「帝国軍を襲撃!?」
イショナが驚くのには理由がある。 ザンス人は魔法は苦手だがマナにより肉体が強化されやすい。 マナの保有量が同じなら、ザンス人は筋力も反射神経もクーララ人の2倍以上である。 ナヤスはザンス帝国の兵1人ですら倒せないはずだ。
「今度ばかりは黙って見ていられない」
「それは私もだけど」
「正面から戦うわけじゃない。 指揮官が死ねば帝国軍はこの町を出て行くだろ」
「どうやって指揮官を殺すの?」
「《水操作》の呪文さ」
「何それ?」
「魔法で作り出した水を思いのままに動かす呪文だ。 これで指揮官を溺死させる」
「《水生成》とも違うのね」
「うちの蔵で見つけた古文書で覚えた」
ナヤスは呪文の理解に関しては頭が良く、難解な呪文書を理解して呪文を習得できる。 某ファントムさんと違って、呪文の習得にスクロールを必要としないのだ。
「事故死を装えば私たちの仕業ってバレないね。 素敵じゃない」
「だろ? 陸上で溺死ってのが不自然だけど」
「尻尾を掴まれなきゃ大丈夫よ。 帝国に一泡ふかせてやりましょ」
2人は帝国軍がマナ石を採集しているという荒れ地へと向かった。
◇
マナ石は不思議と、町中ではなく町の外に形成される。 その理由は不明だが、人が立てる物音を嫌うのだと考えられている。 マナ石が「人嫌いの石」とも呼ばれる所以である。
◇
荒れ地に着いたナヤスとイショナは、帝国軍から100mほど離れた岩陰に身を潜め様子を窺う。
「あいつら、マナ石を壊してやがる! 奪いに来たんじゃないのかよ!」
ナヤスの視線の先では、大勢の人夫が両手用のハンマーでマナ石を壊していた。 マナ石はドラム缶を一回り小さくしたような円柱形の岩で、それが荒野にいくつも立ち並んでいる。
マナ石は簡単に砕けるうえ砕けるとき青い燐光を放つから、人夫たちは面白がって次々にマナ石を砕いてゆく。 石が砕かれる音と人夫たちの歓声が風に乗って聞こえてきて、ナヤスは切歯扼腕し、イショナは悲痛な声を上げる。
「マナ石が! 急いで止めさせよう」
マナ石を壊してもマナ再生能力は損なわれない。 帝国軍はマナ石を運びやすいように砕いているのだが、ナヤスもイショナもそんなことを知るよしもない。
「どれが指揮官だ?」
ナヤスは目をこらすが、どの人物が指揮官なのか見当もつかない。 指揮官を殺すには、まず敵軍の中から指揮官を見つけ出す必要がある。 あまりにも当然のステップをナヤスは見落としていた。
どうしよう? こんな最初の部分で計画に欠陥があったなんて。 ナヤスは頭を悩ますが、良い知恵は浮かばない。 マナ石が破壊される音に心をかき乱されて考えがまとまらない。
ナヤスの焦りに気付いたのか気付かなかったのか、イショナがごく自然に助力を申し出る。
「私に任せて」
そう囁くイショナの声は、まるで天上の楽の音のようにナヤスの耳に響いた。
イショナが静かな声で呪文を唱え出す。
「トゥルルクトゥルークルックー ブラインシュリンプタベミタテイナー 聞かせてちょうだいアナタの秘密 とおみみ!」
《遠耳》の呪文である。 《遠耳》ならナヤスも使える。 しかし、この呪文をこの場面でを使うなど彼には思いもよらなかった。
《遠耳》を発動させたイショナは耳を澄ませ、ほどなくして敵の指揮官を特定した。 敵兵の会話から指揮官を推察したのだ。
「あいつよ、あの黒髪の女性士官」
イショナの指差す先には、なるほど若い女性士官の姿が見える。
「もっと近づきたいな」
◇
岩陰から岩陰へと移動しつつ、ナヤスとイショナは女性士官から50mほどの距離までやって来た。 大きな岩の後ろに隠れ、2人はひそひそ声で会話する。
「ここらで限界か」
「そうね。 これ以上近づくと、耳のいいヤツに呪文の詠唱でバレちゃう」
マナによる肉体強化は知覚系にも作用するから、ザンス人は聴力に優れる者が多い。
「じゃあ、やるぞ」
ナヤスは小さな声で《水操作》の呪文を唱え始める
「ピクルスピクピクリキュウノスヅケ ピュアピュアハートピュアハート カモン純粋オレの水。 アクア・マニピュレーション!」
呪文が完成し、ナヤスが両手を合わせた手の平の上に透き通ったピュアな水が出現する。
「ゆけ、オレの水!」
ナヤスが小声で合図すると「水」はスルスルと手の平を滑り落ち、地面を這って女性士官のいる場所を目指す。
移動する「水」が帝国兵に気付かれれば怪しまれること間違いないが、「水」は音を立てないしコップ一杯程度の量だから気付かれる可能性は低い。
「水」は幾人かの帝国兵の足下を通過して女性士官のもとへ辿り着き、彼女の体を登り始める。 指揮官とは50m離れているが、ナヤスには「水」が女体のどの部分を這っているかが感覚的に分かる。
「よーし、いい調子だ」
「水」は服の上から体に取り付いているので、女性士官は「水」に気付かない。 足から尻、尻から背中へと「水」は女体を登っていく。 周囲の兵士も「水」に気付いていない。
女性士官が「水」に気付いたのは、「水」が背中から頭部に達し頭髪の中に分け入って頭皮に触れたときだった。
「ひゃっ! なに?」
頭皮に冷たいものを感じた女性士官は、驚いて頭を手で押さえる。 しかし押さえた手の下で「水」は移動を続け、彼女の顔を目指す。
周囲の兵士たちは女性士官の妙な声に気付きはしたが、彼女の毛髪に紛れて存在する「水」に気付くはずもない。 のんきな声で尋ねるだけだ。
「どうかされましたか、シェーン少佐?」
しかし少佐は返事をするどころではない。 「水」を手で振り払おうとするのだが、「水」は彼女の頭髪に混ざり振り払えない。
「水」はシェーン少佐の頭髪から顔に達すると、二手に分かれて鼻と口からツルッと彼女の体内に侵入した。 少佐は「水」の意図に気付いて驚愕する。 この液体は私を窒息させるつもり!?
しかし、気付いたときにはもう遅い。「水」は彼女の口中を強引に進んで喉の奥に達し、気管の入り口である声門を刺激する。
「か、かはっ」
女性士官は反射的に咳をして、「水」を喉の奥から吹き飛ばそうとする。 マナで肉体が強化された女性士官は咳も強力で、彼女が咳をするときに喉を通過する空気の速度は音速に達する。 しかし「水」は喉の内壁に薄くへばりついて咳を耐え忍び、肺に入り込もうと再び声門をノックする。
女性士官の異常に危機感を抱いた周囲の者が、今度は切迫した声で尋ねる。
「シェーン少佐! どうしました?」「大丈夫ですか?」
しかし、少佐は「水」のせいで声を出すのはおろか呼吸もままならない。 喉に手を当て、もがき苦しむばかり。
しばらくしてシェーン少佐は動かなくなり地面に倒れた。 「水」に何度も刺激された声門が痙攣を起こし気管をふさいだのが原因で窒息死してしまったのだ。 乾性溺水という現象である。
もちろんナヤスに乾性溺水の知識などない。 彼はひたすら女性士官の肺の奥を目指していただけだ。 しかし「水」にシェーン少佐の強力な声門をこじ開ける力がなかったため、結果的に「水」で声門を何度も刺激することになったのである。
◇
帝国軍の兵士がシェーン少佐の死体の周りに集まり、人夫も作業の手を止めて何事かと様子を眺めている。
その様子を飽くことなく注視するナヤスにイショナが小声で言う。
「早く逃げましょ。 帝国兵に気付かれたら大変」
イショナは帝国軍から視線を引き剥がすようにしてイショナのほうに向き直った。
「帝国軍は撤退するかな?」
「するに決まっているわ。 それより早く逃げるのよ」
◇
イショナの確信に反して帝国軍は撤退しなかった。 副隊長のデホルト中尉がシェーン少佐の不審な死をテレホンで本国に伝えると、上層部は彼を新たな指揮官に任命しマナ採集の続行を命じたのである。
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