能力者は正体を隠す

ユーリ

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幼児編

約束

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「ソラ、どのくらいここにいたの?」
「えっと、7時間くらい、かな。」
「いくつか質問があるんだけど、いいかな。」

質問?なんだろう。
頷くと、カイお兄ちゃんは近くのソファーに座って手招きした。
この家、図書室にソファーまであるんです。
カイお兄ちゃんの隣に腰を下ろした。

「じゃあ、まず一つ目。ソラは、どうして本が読めたの?あの本は平仮名だけじゃなく、漢字もあるし、古い本だから難しい言葉もあったはずだよ。僕だって、あの本を読もうとすれば一冊に二日はかかる。なのに、ソラは六冊をたったの7時間で読んじゃったんだよね。そうやったの?」

あ、そうだった。
すっかり忘れてたけど、私は覚醒したばっかり。
つい昨日まで力を制御できておらず、外に出たことはおろか、起き上がってもいなかったんだ。
つまり、知識で言えば生まれたばかりの赤ん坊同然。
普通に言葉をしゃべっているだけでもおかしいのに、ましてや本をスラスラ読むなんてありえないよね。
どうしよう、なんて言おう。
実は前世の記憶があるんです、って?
いや、絶対信じてくれない。
頭のおかしい子って思われるから、それは言わない方がいい。
あー、どうしよう。

「あ、えと、なんとなく、かな・・・」

思わず口をついて出た答えは誰が聞いてもおかしいだろとつっこみたくなるようなもの。
案の定カイお兄ちゃんはますます困惑したように、なんとなく・・・?とつぶやいている。
おかしいよね、そうだよね、ごめんなさい!!
とりあえず、なんとなくで誤魔化さそう!

「うん、なんとなく。そう読むのかなって思ったの。」

それがどうかした?とばかりに軽く首をかしげてカイお兄ちゃんを見上げる無邪気な子供のフリをする。

「そっか、なんとなく、ね。うん、じゃあ二つ目。ソラは読んだ本の内容がちゃんと分かった?」

さっきまで見せていた動揺を欠片も見せずに二つ目の質問を投げかける。
よし、もうこうなったら押し通そう。

「うん、分かったよ。なんでそんなこと聞くの?」

カイお兄ちゃんは今度は私の答えを聞いても予想していた答えだというように受け止める。

「そっか。いや、ソラはすごいなと思って。で、最後の質問。ソラは、本を読むのが好き?」

これは即答できる。

「うん!大好きだよ。今日読んだ本も面白かったけど、この図書室沢山本あるし、ジャンルをざっと見たけど全部興味あるから、毎日ここに来たいな。」

笑顔で答える。

「じゃあ、ちょっと相談したいことがあるんだけど、こっち来て。」

カイお兄ちゃんは立ち上がって、また移動する。
相談したいことって、なんだろう。
カイお兄ちゃんが立ち止まったのは、参考書の棚の前。

「ソラは五歳でしょ。普通は七歳になる年の四月から小学校に通うんだよね。それで、6年間勉強する。13歳になる年の四月からは中学校に通い、三年間勉強する。計9年間の勉強をもって、義務教育が終わるんだ。本当ならソラも通わなきゃいけないんだけど、きっと今頃、本邸ではソラがいないことに気付いた父がソラのことを探させてる。きっと父は、ソラが覚醒したことに気付くよ。学校に通ったら、ソラのことが父に伝わる可能性が高くなるんだ。だから可哀想だけど、小学校と中学校には通わせてあげられない。ソラが高校生になる頃には捜索の手も緩まるはずだから、高校からは通わせてあげられると思うんだけど・・・」

すごく申し訳なさそうに言うカイお兄ちゃん。
この様子から考えて、きっと今日一日中私のこれからについて考えていたんだろう。
義務教育を受けさせてあげられないっていうのも、考えに考え抜いた結論なんだと思う。
・・・そんなに申し訳なさそうにしなくたっていいのに。

お父さんから逃げるって決めたのは私。
全部、私が決めたことなんだから。
自分が決めたことに対する責任くらい、自分でとる。
学校に通うのが危険だっていうのなら、私は学校に通わない。
通わなくったって、なんとかなる。

「大丈夫だよ、私、学校に通わなくたってなんとかするよ。」

だから、そんな顔しないで。

私、かなりの人見知りのはずなのに、カイお兄ちゃんとリンさんやサキさん達に対して、警戒する気にならない。
ずっと前から知っているような感じさえする。
優しいカイお兄ちゃんには、そんな顔してほしくない。

「カイお兄ちゃんは、あの家から私を助けてくれたよ。なんでそんな顔してるの?」

朱雲家について知れば知るほど、逃げてよかったって思う。
全部、カイお兄ちゃんのおかげ。

「私、この家好きだよ。優しい人ばっかりで。カイお兄ちゃん、この家に連れて来てくれてありがとう。今日会ったばかりだけど、私、カイお兄ちゃんのこと、大好きだ
よ。」

どうにかしてカイお兄ちゃんを笑顔にしたくて、言葉を重ねる。
どうしたら、カイお兄ちゃんは笑ってくれる?
誰かを笑顔にしたいと思うのは、前世を含め、初めてだ。
カイお兄ちゃんは、クシャッと情けなさそうな顔をした。

「ソラは、本当に五歳とは思えないね。自分より年上の人と話しているような気分になる。本当は、僕が年上なのに。」

カイお兄ちゃんの勘、合ってるよ。
精神年齢は私の方が上だからね。

「僕はソラのお兄ちゃんだよ。僕がソラのこと元気にするはずなのに。僕がソラを支えるって、ソラに会った時、決めたのに。」

カイお兄ちゃんは辛そうに目を細めた。

「情けないお兄ちゃん、だね。ソラは、覚醒したばっかりでもこんなにしっかりしてるのに。こんなに前向きなのに。」

お兄ちゃん失格だよね、と弱々しく笑うカイお兄ちゃんに、私は焦った。
違う、そんなふうに思わせたかったんじゃない。
そんなふうに、弱々しく笑って欲しかったんじゃない。
まだ、会ったばかりで、カイお兄ちゃんのこと、よく知らないけどっ!
でも、カイお兄ちゃんの笑顔は、ひだまりみたいにあったかい、やさしいものなの。

なんて言えば、いいんだろう。
下を向いたカイお兄ちゃんの顔をじっと見つめ、私は手を伸ばした。
そのままカイお兄ちゃんの両頬を掴んで、そっと引っ張る。

「ソ、ソラ!?」

突然の私の奇行に困惑するカイお兄ちゃん。
ああ、美形は頬を引っ張っても美形だ。
すべすべの肌を引っ張っていることがなんだか後ろめたい気分になるけど、この際関係ない。
絶対絶対、元気にする。
カイお兄ちゃんが落ち込んでいる時は私が励まして、絶対笑わせてみせるから。

「カイお兄ちゃんは、お兄ちゃん失格なんかじゃない!私、まだカイお兄ちゃんのこと、よく知らないけど、カイお兄ちゃんのひだまりみたいな笑顔が好き!優しい声が好き!ううん、声だけじゃなくて、カイお兄ちゃんは優しいところばっかりなの!カイお兄ちゃんが私のお兄ちゃんだから、私は今安心してここにいられるの。だから、カイお兄ちゃんのこと、情けなく思わないでよ。私の大好きなお兄ちゃんを、ひどく言わないで。」

カイお兄ちゃんの蒼い瞳を見つめたまま一息にそう言い切る。
カイお兄ちゃんの頬をつまんでいた両手を口の端に移動させる。
そして、口角をそっと上げさせる。

「笑ってよ、カイお兄ちゃん。カイお兄ちゃんが今みたいに落ち込んだ時は、私が絶対元気にしてみせるから。だからカイお兄ちゃんは、私が落ち込んじゃった時、今のお返しに私を元気にしてくれればいいの。それでおあいこ、でしょ?」

カイお兄ちゃんの顔から、手を離す。
カイお兄ちゃんの表情からはもう、情けなさや悔しさといった感情が消えていて。
ポカンとしたように目を見開いてこちらを見る顔がちょっと面白くて、笑ってしまった。

「ね、笑って?」

そう促すと、カイお兄ちゃんの顔から驚きが消え、そして、笑った。
ようやく見れた、ひだまりのような笑顔。
ああ、よかった、笑ってくれた。

「ソラ、僕が落ち込んでたら、元気にしてくれるの?」
「うん!」
「ソラが落ち込んでたら、僕が元気にするんだね?」
「うん!」

勢いよく頷くと、カイお兄ちゃんはちょっとくすぐったそうに笑った。

「分かった。じゃあ、約束だよ?」
「約束!」

小指を絡めて指切りをした。

暖かな雰囲気が心地よくて、幸せという言葉の意味が分かったような気がする。
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