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関所をどう抜ける?

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今宵、幸運の女神様はシャルロッテに満面の笑みを向けているに違いない。
そう思わずにはいられないほど、彼女の脱出は首尾よくいった。
もし月が煌々と照らす夜であれば、いくら顔を俯けて陰にしたからといって見張りに見咎められただろう。
目を慣らしたからといって、真っ暗な庭を突っ切って厩舎まで辿り着けたのも奇跡に近い。
馬を走らせながら目立つ緋色のマントを脱いで地面に放り捨て、下から現れたドレスの惨状にシャルロッテは苦笑した。
枝や棘に引っ掛かってあちこちが破れ、裾は泥だらけになっている。
シャルロッテが庭に逃げたのは自棄ではなく、より助かる可能性が高い選択肢を選んだだけだが、それでも運頼みの要素が強いことに変わりはない。
しかし、あのまま諾々と王子に運命を委ねるぐらいなら、いっそ自分で運命を切り開いてみようかと、そう思っただけだ。
王か王妃が健在であれば、こんなことはしなくて済んだのだが。
シャルロッテは微かに溜息をつく。
王と王妃、つまりドゥム王子の両親であるが、王妃は既に亡く、王は長らく病に臥せっており、実質的な政は事なかれ主義の老宰相が執り行っていた。
婚約破棄を告げられた瞬間、王に懇願するという選択肢を考えないでもなかったが、大広間から逃げて王の寝所に駆け込むまでに取り押さえられるのがオチだろう。
王の寝所までには、庭とは比べ物にならないぐらい見張りの兵士がたくさん配備されているのだから。
「これからどうしましょうね」
ぽつりと呟いた言葉は、思いのほかシャルロッテの心に重く沈み込んだ。
実家のオツェアン侯爵家にはもう戻れない。
実の娘が言うのも何だが、父であるオツェアン侯爵は親子の情愛とは程遠い人物である。
幼い頃から乱暴者だと知れ渡っていたドゥム王子とシャルロッテを婚約させ、庶子のチェルシーも邸に引き取ったは良いものの、王子に婚約を持ちかけられる事態になるまでは公に存在しないものとして扱っていたような人間だ。
そこまで考えたところで、ふと、夜会でのチェルシーの姿が脳裏をよぎった。
王子に連れられ、周囲をきょろきょろと見回していたチェルシー。
一体、二人はいつから恋仲になったのだろう……
次の瞬間、シャルロッテはブンブンと頭を振って思考を追い出した。
今はそれどころではない。
王宮の門から出て行ったマントの人物がシャルロッテだとバレるのは時間の問題だろう。
騎馬の追手が差し向けられる前に、とにかく出来るだけ遠くに逃げなければ。
そのためには、まず今居る王都から街道に出る必要がある。
街道に出るには、関所を通らなければならないが……
シャルロッテはちらりと群青色の夜空を見上げた。
このまま駆ければ、夜が明ける頃には、関所に着くだろう。
領地と王宮を行き来する度に関所を通っているので、関所の兵士はシャルロッテの顔を知っている。
が、夜会で婚約破棄された情報はまだ関所に届いていないだろうし、火急の用で急ぎ領地に戻らねばならぬとでも言えば良いのだ。
やや不本意ではあるが、いざとなれば王子の帯剣を見せて王族に関わる事態だと嘘の匂わせをする手もある。
シャルロッテは頭の中で考えを巡らせ、馬をさらに急がせた。
だが、幸運の女神様というものはいつまでも微笑んではいないものである。

「そこの女! 顔をよく見せろ!」
「馬車の中をあらためろ! オツェアン侯爵令嬢が乗っていないか確認するんだ!」
予想通り夜明け頃に関所に辿り着いたシャルロッテは、付近の人だかりに勘づいて間一髪で馬首を返し、近くの森に潜んで様子をうかがっていた。
どうやら王宮から伝書用の鳥が放たれて全ての事情が事細かに関所に伝わってしまった後らしい。
シャルロッテはその可能性を見逃していた己の迂闊さに臍を噛んだ。
だが、いつまでもぐずぐずと潜んでいるわけにもいくまい。
ここはひとつ、剣を振り回し且つ馬で蹴散らして強行突破するしか……。
剣の柄を握り締め、馬に乗って森から出たところで、シャルロッテは横からいきなり声をかけられた。
「もし、貴方様はシャルロッテ侯爵令嬢ではありませぬか」
ぎくりとして声の方を見ると、そこには高級そうな服を身にまとった人の良さそうな男が立っている。
「ああ、ご安心ください! 貴方様を引き渡すつもりであれば、声などかけず真っ先に関所に駆け込んでおりますよ」
殺気だったシャルロッテに、男は慌てて早口でまくしたてた。
「大体の事情は存じ上げております。わたくし、オツェアン侯爵家にはひとかたならぬ世話になったものでして、それで……」
ここで男は、上目遣いにシャルロッテを見た。
「よろしければ、これまでの恩に報いるために、貴方様が関所を通るお手伝いをさせていただきたいのですが」
シャルロッテはしばらく男をジッと見つめていたが、ややあってこくりと頷いた。
「では、作戦会議と参りましょう」
この時、恭しく頭を下げた男がニヤリと禍々しく笑ったことに、馬上のシャルロッテは気づかなかった。
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